――――ゆらゆら揺れる、光の波。
真っ白な日だまりの中、少し淋しくなって。
あなたの『影』を探したい――。
白昼の夢
気持ちよく晴れた真昼の青空。
朝のうちに水撒きを終えた、家の庭の木々は、枝葉に残る雫がきらきらと陽の光に反射する。
まるで、真昼の星のようだ。
暖かな陽射しから、程良く木陰をつくっている木の下に、長い黒髪の少女は座った。
「大石先輩……もうすぐ、かな……」
ほんのりと頬を朱に染めて、少女――はつぶやく。
――幼い頃、心臓の手術を控えて震えていたの心を、救って支えてくれた人。
心の恩人とも呼べる大石と、想いを結ぶことができた。
今日は休日で、大石がの家へ来ることになっているのだ。
朝から家の掃除や料理の支度なども、いつも以上にこなして。
庭の片隅で、時間が来るまで待つことにした。
――風が柔らかく吹いて、葉が揺れる。
零れてくる陽射しも、光の波となって、ゆっくり揺れた。
(気持ちいい……)
風と光と緑に包まれて、の心が穏やかさに満ちる。
やがて暖かな木漏れ陽は、を夢の中へと誘い始めた――。
――優しい微風がそよぐ、緑の野原。
眩しい陽射しが、空から降りそそいでいる。
がふいに後ろを振り返ると、の大好きな人が居た。
(大石先輩!)
穏やかな笑顔の、その人の元へ走り出す。
しかし――空からの陽射しが、どんどん強くなって。
地上にあふれた白い光に、景色も、の大好きな人も溶け込んでしまう。
(先輩……!? 大石先輩!)
は大きな声で叫んだつもりだった。
けれどその声すら、白い虚空へと消えていく。
がどれだけ走っても、どれだけ瞳をこらしても、あるのは白い闇だけだった。
誰かの、何かの『影』さえ無い、光の闇の中。
はひとり、取り残されてしまった――。
青学テニス部副部長であり、の想い人である彼――大石が家を訪れると、の弟が元気よく出迎えた。
「いらっしゃい、秀兄!」
大石は「やぁ、波輝くん」と、爽やかに笑って挨拶する。
「姉なら、庭の方に行ってるよ。あ、噴水がある方!」
「わかった。じゃぁ、行ってみる」
人懐っこい子犬のような少年の頭を優しく撫でてやって、大石は庭へ向かった。
庭と一言で言っても、家の庭は広い。
波輝に言われた『噴水のある方』の庭まで歩く。
そんなに大きいものではない、シンプルな噴水がある庭まで来ると、大石は一本の木立の下に、想い人の少女を見つけた。
大石は「ちゃん」と呼びかけようとして、けれどふと、思いとどまる。
そばまで来て、見てみると――は、木に寄りかかるようにして、眠っているのだ。
大石は音をひそめて、傍らに片膝をついた。
(ちゃん……いつも毎日大変だから、きっと疲れてるんだろうな)
家のこと、学校のこと、そして部活のこと。
すべて自分がやりたくて、自分で選んだことだからと、は笑って言った。
「ちゃん……」
空気に消えるような小さな声で、大石は彼女の名前をつぶやく。
少女は琥珀の色をした瞳を閉じて、微かな寝息を繰り返す。
微風が通り抜ける度に、長い黒髪の先や前髪がさらさらと揺れた。
やがて大石は、くすっと、まるで苦笑するような笑みを零す。
(まったく……無防備だなぁ)
いくら自分の家の庭だからと言って、と、少々心配になってしまう。
確かにこの家にはしっかりとした塀と門がある。
外部からの侵入など、滅多にされることはないだろうが、もしも忍び込んだ者が居て、たとえその目的が金銭だったとしても、
こんな無防備に眠っているを見たら――と、考えるとかなり怖いものがある。
――まぁ、それはともかく、と大石は頭を振って考えを変える。
(このままじゃ、風邪を引いてしまうかもしれないし……)
かと言って、大石はを起こすことなど出来なかった。
(何かかけるものがないか、波輝くんに訊いてくるか)
そう思い、大石は立ち上がって歩き出し、その場を少し離れた。
「――……大石先輩!!」
少女の琥珀の双眸が開かれると同時に、声が上がる。
(えっ……!?)
大石は、突然名前を呼ばれて驚き、振り返った。
目覚めたの視界に入ってきたのは、自分の家の庭の風景。
「……ゆめ?」
ぽつりと、つぶやく。
一旦は、夢だったことに安堵する。
「でも……なんて…夢……!」
大好きな人が――大石が、自分の前から居なくなってしまう、夢。
「そんなことあるわけ……ないのに……」
おかしな夢、と笑おうとした。
けれど、小さな笑みと共に零れてきたのは――涙。
琥珀の瞳から、透明の雫があふれ始めた。
の心に込み上げた淋しさが、涙と嗚咽になって零れてくる。
「大石…先輩……!」
堪らなく淋しくなって、は俯き、両手をぎゅっと握りしめた。
「……どうしたの? ちゃん?」
が泣いてることを悟った大石が、後ろから問いかける。
「…っ!?」
は、ハッと顔を上げ、琥珀の瞳を見開いた。
――大好きな、優しい声。
背中から聴こえてきたその声に、は恐る恐る振り向いてみる。
そぉっと振り返った背中越しに見えたのは――の、大好きな人。
「……大石…先輩……?」
が呆然とするようにつぶやくと、大石は傍らに歩み寄って、「ん?」と、再び片膝をついた。
普段と変わらない彼の優しい表情と声が、安堵と共に、新たな涙の理由をに与えた。
「先輩……大石先輩!!」
は泣きながら、大石の胸元にしがみつく。
先程の夢が、本当に夢であることを確かめるように。
「ちゃん……!?」
大石は一瞬驚いたが、すぐに表情を和らげた。
ふわっとを両腕で包み込み、頭を優しく撫でる。
「……どうしたんだ? 怖い夢でも見たのかい?」
「え……あっ…!」
落ち着けるような大石の声で、は我に返ることが出来た。
かぁっと頬を朱に染め、「ご、ごめんなさい…!」と、慌てて離れようとする。
しかし、大石の腕が解かれることはなくて。
「ちゃんと落ち着くまで、こうしてていいから。話してごらん?」
一度は戸惑ってしまうだが、ここで大石から離れると、紅くなっている顔を見られてしまうし――何より、安心出来るから、
彼の言葉に甘えることにした。
「あの……笑われてしまうかもしれませんけど……」
おずおずとが言葉にし始めると、大石は「笑わないよ」と穏やかに言う。
「怖い、と言うか……悲しい夢を、見てしまったんです」
「悲しい夢?」
「大石先輩が……私の前から、居なくなってしまう…夢です」
それを言ったら、あの刻の淋しさがよみがえってしまって、はまた、ぎゅっと大石にしがみついた。
「おかしいですよね、そんなの。でも、悲しくて、淋しくて……」
「ちゃん……」
再び泣き出しそうになるを、大石はしっかりと抱きしめる。
「先輩……?」
「……大丈夫だよ、ちゃん。俺はどこへも行かない。ちゃんの前から、居なくなったりしない。ちゃんのそばから、
離れたりしない」
そこで一旦区切り、ぎゅっと強く腕に力を込めて。
「ちゃんを、放したりしない」
確かな想いをも、真っ直ぐな声に込めた。
「お、大石先輩……」
の頬が、更に真っ赤に染まる。
すると、大石も少し照れたように笑って、腕の力を緩めた。
「だからちゃんも、俺から離れたりしないでくれよ」
「はい……!」
ようやくから笑顔があふれる。
優しく髪を撫でてくれる大石の胸に、は嬉しそうに頬を寄せた。
――ふたりの想いは同じで、本物だから。
その優しい微笑みがあるから、きっとそばに居られる。
白昼のまぶしい光の中でも、そして、夢の中でも――。
end.
《あとがき》
大石くん&二の姫ドリーム第三弾です。お付き合いが始まった途端、これ(笑)
まぁ、仲良さそうなのでよしとして下さい(何のこっちゃ/苦笑)
このお話は、一応、里久ちゃんと決めたお題『11・昼寝』の創作でもあります。
今回は様がお昼寝しましたが、今度は大石くんを休ませてあげたいですねぇ(笑)
って、それはいいとして……「怖い夢でも見たのかい?」と大石くんが言った刻……
「お、お母さんみたいかも……;」とか思ってしまいました(汗)
「お兄さん」に見えなくもないんですが、何故か大石くんだと、初めに「お母さん」が
出てきてしまうんですよね〜。さすが『青学の母』(笑)
なんて、言ってる場合じゃないですね;(「お兄さん」か「お母さん」じゃ困る/苦笑)
でもこの二人の場合、ゆっくりとしたお付き合いになるんじゃないかなぁと思います。
あ、けど大石くんって言う時は言うし、やる時はやる人だし……?(笑)
どうなるかわかりませんけど、まだ続けていきたいと思いますv
written by 羽柴水帆
