朝の扉






 東の空から眩しい陽射しがのびてくる。

 電線の上に並ぶ雀が囀る朝。

 昨日まで降り続いていた雨が、ようやく上がり、木々の葉から雫が零れ落ちる。

「おいで、! お散歩行こう」

 朝の準備をすべて終えたは、庭でのびをしているゴールデンレトリバーの愛犬・に呼びかけた。

 愛くるしい茶色の瞳を輝かせて、嬉しそうに走ってきた愛犬の首輪に散歩用のロープを繋いで、家を出た。



 春になったとはいえ、この時間はまだ少し空気が冷たい。

 昨日までの雨を吸い込んだ、おとなしい風景。

 は、こんな朝も好きだった。

 雨のせいで何日ぶりかの散歩であるは、上機嫌での先を歩く。

 と、住宅街を曲がって、公園が見えてきた刻だった。

「あっ、、待って…!」

 突然、にストップをかける。

 一応その場でおすわりをしたは、「何?」というようにを見上げた。

 は、の陰に自身を隠すように座り込む。

 そして、そぉっとから顔を覗かせた。

 は「何なんだろう?」というように、が向ける視線の先を追ってみる。

 するとその先には――公園の中で自主トレをする、海堂 薫の姿があった。

 今日はスネイクの練習をしているらしい。

「海堂くん、今日もこんな朝早くから練習してるんだ……」

 がマネージャーを務める青学男子テニス部のレギュラーであり、クラスメートでもある海堂。

 彼が朝早くからランニングやトレーニングをしているのを、との散歩で、幾度となく見たことがあった。

 邪魔をしては悪いから、はその度に彼と遭遇しないようにしてきた。

(えらいなぁ、海堂くん)

 そう思いながら、今日も邪魔しないように、静かにこの場から離れようと思った。

 ところが――。

 海堂がラケットをおろし、「ふしゅー」と一息ついたのを見たが、一目散に走り出した。

「え!? ちょ、ちょっと!?」

 彼が目指すは、海堂 薫である。

 も、ランニング&自主トレをしている海堂を見てきた。

 いつもは彼の練習中に、に連れて行かれてしまうから叶わなかったが、今日はチャンスとばかりに駆け出した。

 ――どうやら構ってもらいたいらしい。

 がうっかりロープを離してくれたおかげで、は海堂の元へ到着する。

「あ……?」

 海堂は、突然走ってきたゴールデンレトリバーに面食らったような顔をした。

 辺りを見回すが、誰も居ない。

 それもそのはず。

 が走って行ってしまった後、は咄嗟にしゃがんで、公園を囲む茂みに身を隠してしまったのだ。

(ど、どうしよう…〜〜!?)

 どうしたらいいか判らず、混乱気味になる

「……どこから来た? お前」

 暫くして、海堂の声が聴こえた。

 はそっと公園の中へ琥珀色の瞳を向ける。

 すると――海堂が、の頭を撫でていた。

(え……)

 その光景がすごく意外で、はただ驚き、琥珀の瞳を瞬きさせた。

 ――海堂の第一印象は、『怖そうな人』だった。

 目つきが鋭くて、他人と喋ろうとも、関わろうともしない。

 挨拶や、ちょっとした用で声をかけたりするだけで、ぎろっとした睨みが返ってくる。

 けれど、彼が青学テニス部のマネージャーになるキッカケをくれてから、少しずつその印象が変わってきていた。

 そして今、愛犬の頭を撫でてくれているのを見ると、また違う印象を覚える。

 が見つめる中で、海堂は何度かテニスボールを投げたりして、と遊んでやった。

 は投げられたボールをくわえては、海堂の元へ戻ってくる。

 その度に、海堂から頭を撫でてもらった。

 海堂の表情が、心なしか穏やかに見える。

(……海堂くんって、動物好きなんだ……)

 から自然と笑みが生まれる。

 しかし、そろそろ帰らなければいけない時間が迫ってきた。

 は決意をして立ち上がり、公園の中へと歩き出す。

「…!」

 やや緊張した声で、を呼んだ。

 返ってくるのは愛犬の鳴き声と、海堂の鋭い視線。

 は「やっと来た」というように、の元へ走っていく。

「あの、おはよう、海堂くん」

 はつとめて普通に挨拶をしたつもりだった。

 が、海堂からはその返事は返ってこない。

 いつもの鋭い、睨まれるような視線だけ。

「あ、あの……」

 どうしたらいいのか判らなくなって、は俯く。

「……お前の犬か? こいつ」

 暫くして、海堂の声が返ってきた。

「え…? あ、うん、そうなの。突然走って行っちゃって……ごめんね、邪魔しちゃったよね?」

 は申し訳なさそうに言ったが、海堂はさして気にしている様子はなかった。

「こいつ、っていうのか?」

「う、うん」

 がこくんと頷くと、海堂はまたそばへ寄ってきたを撫でてやる。

 はしっぽを振って、「ク〜ン」と嬉しそうに鼻を鳴らした。

「……海堂くんって、動物好きなの?」

 は思い切って訊いてみる。

「あ?」

 と返ってきた視線が、に向けられるのとは明らかに違うようには感じた。

 訊かない方がよかったかな、と後悔し始める。

「……まぁ、嫌いじゃねぇ」

 しかしちゃんと、海堂なりの答えが返ってきた。

「…そうなんだ。よかった」

 はそれだけで嬉しくなって、にこっと微笑む。

「っ!?」

 すると海堂は、凄まじく驚いたような顔をした。

 たったそれだけのことで、笑顔を返してくるとは思っていなかったらしい。

 元々人付き合いが苦手な上、周りから怖がられているのを自覚しているだけに、その驚きは大きかったようだ。

 今まで自分に笑いかけてくる者など、特に女子では居なかった。

 は「ど、どうしたの?」と、不思議そうに訊ねる。

 私、何かしたかな、と違う方へ考えてしまう。

 と、が時報を知らせるように「ワンワン!」と鳴いた。

 はそうだった、と思い出すと、のロープを拾い上げる。

「じゃぁ、海堂くん。またあとで、学校でね」

 笑顔を向けて、軽く手を振って、と共に公園から出て行く。

 海堂は特に返事を返さなかったが、その姿が見えなくなるまで、視線を送っていた。




(海堂くんって、そんなに怖い人じゃないみたい……)

 帰り道をと一緒に走りながら、は思った。

 人は見かけで判断できない、というのが何となく頷ける。

「よかったね、。遊んでもらえて」

 少し前を走る愛犬にそう言うと、「ワン!」と喜んでいるような元気な鳴き声が返ってきた。



 ――は、海堂の新たな一面を知ることができた。

 それは、今まで固く閉ざされていた扉が、ゆっくりと開かれたように。

 その向こうから射し込んできた、朝の光のように、感じた。




               end.




 《あとがき》
 海堂くん&二の姫ドリームでございます(笑) 如何だったでしょうか?;
 まずは、海堂くんがニセ者ですね。すみません; 海堂くんが難しいっていうのは
 解りきっていたのですが、実際挑戦してみてもやっぱり難しかったです(←当たり前)
 でも海堂くんって、私にとっても微妙で不思議な位置に居る人なんですよね。
 海堂くんドリームでは、様にとっても、彼はそんな存在になっていくと思います。
 読んで下さって、ありがとうございましたm(_ _)m

            written by 羽柴水帆