青空のランチタイム





 太陽が東の空から西の空へ、そして時は、午前から午後へと移り変わってゆく。

 丁度その頃に、青春学園のチャイムが暖かな昼時を告げた。

 各々の教室から、生徒達があふれ出してくる。

 二年生の教室が並ぶ階から、ふたりの少女が三年生の教室へと向かった。

 一人は、青学男子テニス部の一の姫と言われる

 もう一人は、同じく二の姫の

 揃って、青学男子テニス部の優秀なマネージャーである。

 お互いに想い人が同じクラスなので、共にそこへ――三年六組へと向かう。

「あれ? 教室のドア閉まってる……」

「まだ授業、やってるのかな?」

 が三年六組へ着くと、まだ授業が長引いているようだった。

 暫くすると、ドアが開いて、生徒達のにぎやかな声が飛び出してくる。

「あの、不二先輩と菊丸先輩は…?」

 が、ドアのそばに居た三年六組の男子生徒に訊ねようとする。

 ――青学男子テニス部のレギュラーである、不二周助と、菊丸英二。

 彼らがの想い人だ。

「あ〜っ! ちゃんとちゃん!」

 訊ねかけられた男子生徒が答えるよりも早く、菊丸が二人を発見した。

「会いたかったよ! ちゃ〜ん!」

 朝練以来の――約四時間ぶりの再会を果たした菊丸は、俊速の早さで二人の元へ駆けつけ、がばっとに抱きつく。

「きゃ! え、英二先輩…っ!?」

 見つけるなりダッシュして来て抱きつくのが、彼の常とはいえ――ここは教室を出たばかりの廊下。

 しかも昼休みなので、そこら中に生徒が居る。

「あ、あのっ…! 英二…せんぱい〜…っ!?」

 かぁっと頬を朱に染めて、困惑した声を出す

 懸命にもがいているようだが、菊丸に余程強く抱きしめられているらしく、恥ずかしそうに焦っている様子しか窺えない。

「ちょ、ちょっと、英二先輩! もう放してあげて下さい。、困ってます」

 さすがに見かねたが、に助け船を出した。

 が、菊丸はにこにこ顔で「やだ〜♪」と返してくる。

「無理ないよ。英二は、ちゃんが可愛くて仕方ないんだから。――僕と同じで」

 更に、背中から聞こえてきた声の主に、もぎゅっと抱きしめられてしまった。

「ふ、不二先輩…〜〜っ!?」

「よく来てくれたね、ちゃん。待ってたよ」

 クラスの者に言わせれば、今日一番だろうという笑顔を浮かべて、不二は愛しい少女を後ろから包み込んだ。

 は、振り向くに振り向けない状況である。

「は、はいっ、あの…! 不二先輩、は、放して…くれませんか?」

「嫌だよ。僕も君が可愛くて仕方ないんだ」

 にっこりと優しい微笑みのまま、あっさりと言い切った不二。

「ね〜? そーゆーもんだよね〜、不二♪」

「うん」

 互いに『可愛くて仕方ない』少女を抱きしめたまま、菊丸と不二は頷き合う。

『せ、先輩〜〜〜っ!?』

 一方の抱きしめられたままである少女達は、揃って抗議の声を上げた。

 さすがに生徒の数も増えてきた故、菊丸と不二は名残惜しそうに少女達を放す。

「もぉ……先輩ったら…」

 ようやく解放されたが、未だ恥ずかしそうな

 と、菊丸は彼女の手に持たれている物に気づいた。

「あ! それ、ちゃんのお手製お昼!?」

「は、はい」

「よっしゃぁ、やったぁ! んじゃ、今日は天気いいから屋上行こっ!」

 菊丸は変わらない元気のよさで、の手を取って走り出す。

「え、英二先輩…!?」

 あっという間に、は英二によって屋上へと連れて行かれてしまった。

 そのあまりの素早さに、はぽかんとしてしまう。

「じゃ、僕達は中庭にでも行こうか? ちゃん」

「は、はい。不二先輩」

 優しい微笑みと声を向けられたは、同じように微笑みを返して。

 一緒に中庭へと歩き出した。





 気持ちのいい風が吹き抜ける、日だまりの屋上で。

 菊丸は至極ご機嫌な様子だった。

「はい、これ! オレの弁当!」

 持ってきた包みを広げ、菊丸は差し出してみせた。

 ――青学テニス部のレギュラーとマネージャーという関係から、想いを告げ合って特別な仲に進展した、菊丸と

 昼食を一緒に摂るのはもちろん、互いにお弁当を作ってきて交換することにしていたのである。

「わぁ……英二先輩、やっぱりお料理上手ですね」

 は素直に思ったことを口にした。

 が、菊丸はぱたぱたと手を振る。

「んなことないよぉ! ちゃんの方がすごいじゃん。オレなんて、家で作らされるから慣れちゃっただけだもん」

「そんな、私も似たようなものですよ。あ、それで……これなんですけど……」

「うわぁ……すっげぇ!」

 が遠慮がちに開いた包みの中からあらわれたものに、菊丸は表情を輝かせた。

「さっすがちゃん、どれもおいしそー! 早速食っていい?」

「ええ、どうぞ」

「いっただきまーす♪」

 顔の前で、箸を挟んだ両手を合わせてから、嬉しそうに食べ始めた。

「んーっ、うまーい! めちゃうまいよ!」

 エビフライをまず頬張った菊丸がそう言うと、

「よかった……たくさん食べて下さいね」

 ホッと息をついて、も嬉しそうに微笑んだ。

 こんな風に柔らかな笑顔と雰囲気を醸し出すが、菊丸は好きだった。

「うん、さんきゅ!」

 次のおかずに移ろうとした菊丸は、ハッと気がついて、「ちゃんも、こっち食べてね!」と弁当箱を指した。

 はお弁当を食べる菊丸を見ているだけで、にこにこと幸せそうで。

 それはそれで嬉しくもあるのだが、このままだと自分ばかり食べてしまうことになりそうだったのだ。

「あ、はい、ありがとうございます。いただきますね」

 やはり、美味しそうに食べてくれる菊丸を見ているだけで幸せに浸っていたは、彼の言葉で我に返ったように頷き、箸を取った。

「英二先輩、この卵焼き、すごくおいしいです」

「マジ? よかった〜。卵料理は結構得意なんだ、オレ!」

 得意の卵焼きを褒められた菊丸は、「えへへ」と照れたように笑う。

「それに引きかえ、ちゃんはすごいよね〜。こんなに……――?」

 こんなに色々作れて――と、褒めようとして、大きな瞳を瞬かせた。

 エビフライに、オムレツ風卵焼き、フライドポテトに、チキンライス、そしてプチトマトとレタスのサラダなど。

「……オレの好きなもんばっかだ……」

 と、気づいたのだ。

 を見ると、彼女は少しはにかむように微笑む。

「本当は栄養面のことを考えた方がよかったのかもしれないんですけど……今回初めてだったし、英二先輩のお好きなものをつめたかったんです。それで、大石先輩や不二先輩に、教えて頂いちゃいました」

 ――まるで、お子様ランチみたいですね。

 そう言うと大石も不二も頷いて、「そうゆうのが好きなんだよ」と可笑しそうに、微笑ましそうに笑っていた。

 の言葉を聴いた菊丸は、瞳を丸くする。

「……わざわざ? 大石や不二に訊いてくれたの? オレの好きなもの?」

「は、はい」

 詰め寄るように問うと、は少し驚きつつ、こくんと頷いた。

 菊丸の胸に、嬉しさが温かく染み渡っていく。

 弁当箱の上に箸を置いて、長い黒髪の愛しい少女を抱き寄せた。

「え、あの、英二先輩……!?」

 菊丸に抱きつかれたり、抱きしめられたりするのは、言ってみればしょっちゅうなのだが、ちっとも慣れない。

 驚いて、頬を紅くして慌てる

 そんな反応も可愛く思えて、菊丸はぎゅっと強く抱きしめた。

「ありがと、ちゃん。すっごい嬉しい。やっぱりオレ、ちゃん大好き!」

 素直な菊丸の想いと言葉が、明るい声に乗って届く。

 は鼓動が高鳴るのと同時に、胸がきゅっと軋むのを感じた。

「わ、私も……英二先輩が…大好き……です」

 恥ずかしいのを堪えるように菊丸の胸に顔を埋めながら、想いを返す。

「やっぱちゃん、可愛いにゃ〜!」

 感激したように、菊丸はの黒髪の頭に頬をすり寄せた。

 は益々、菊丸の腕の中へ沈んでいき、中々顔を上げられなくなる。

 同時に菊丸も放す気が無かったので、暫くが解放されることはなかった。





 真昼の空から、光のかけらが降り積もる。

 穏やかな木漏れ陽の下で、不二とは昼食のお弁当を広げていた。

「不二先輩、おにぎりは何がいいですか? 鮭とおかかと鱈子と、あと、先輩がお好きかと思って、明太子のがあります」

 そう言ってが笑うと、不二も「ありがとう」と言って、くすっと笑う。

「じゃぁ、せっかくだから明太子から頂こうかな」

 は「はい、どうぞ」と、不二ご要望の明太子おにぎりを手渡した。

「こっちはサンドイッチだけど、ちゃんは何がいい? タマゴとツナと、ハムレタス、ハンバーグサンドがあるよ」

「わぁ、迷っちゃう。う〜ん……じゃぁ、タマゴサンド、頂けますか?」

 目移りするようなを微笑ましく見つめていた不二は、「もちろん」とタマゴサンドを渡す。

 ほぼ同時に「いただきます」と言ってから、ふたりはそれぞれを口に運んだ。

「うん、すごくおいしいよ、ちゃん」

「本当ですか? よかったぁ……あ、このタマゴサンドもおいしいです!」

「それはよかった」

 暖かな陽射しが降りそそぐ、穏やかな時間。

 普段から笑顔を絶やさない不二だが、この刻は心の底から安らぎを感じていた。

「あ、不二先輩、おかずもどうぞ」

 その原因であるは気づいているのかいないのか、笑顔で弁当箱を持ち上げる。

 ――おそらく、気づいていないだろう。

 この子は無意識に、それを相手に与えられる子だから。

 そう思いながら、不二は弁当箱に視線を落とす。

 中には鶏の唐揚げと、鮎の塩焼き、そして甘い香りの卵焼きがある。

「ありがとう。こんなに作ってきてくれたんだ。大変じゃなかった?」

「いえ、大丈夫です。実は、今日から兄達が遠征試合で出かけたので、母と一緒にいっぱい作ったんです」

「え? お兄さん達が?」

 それを聴いた不二は、青の瞳を見開いた。

「あ、あの、はい……」

 はハッとして、口をつぐみ、俯いていく。

 別に言ってはいけないことではないのだが、言ってしまったらきっと――心配をかけてしまう。

 学校や部活の刻は、いつも必死にしっかりしていようとする自分。

 けれどその奥には、自分でもどうしようもない淋しさが膝を抱えていて。

 ――父親が居ないにとって、二人の兄達が支えだったから、二人が家に居ない刻は、途端に淋しさを感じてしまうのだ。

 柔らかな微風がそよいで、不二との髪を揺らす。

 ――不二の澄んだ青い瞳に映る、

 やがて、不二の手がの髪に触れた。

「不二先輩……?」

 が少し驚いて顔を上げると、不二はとても穏やかに微笑んでいた。

 そしての頭を軽く撫でて、自分の肩に寄り掛からせるように、引き寄せる。

「ふ、不二先輩、あの……!?」

「――今日部活が終わったら、一緒に帰って、ちゃんの家にお邪魔してもいいかな?」

 不二の肩にもたれ掛かるような体勢に焦ってしまったの耳元に、彼特有の優しい声が流れてきた。

「……はい」

 の緑の瞳が僅かに揺れる。

 無意識のうちに、不二の制服の胸元にしがみついた。

「あの、不二先輩」

 の呼びかけに、「ん?」と訊き返す不二の声も表情も優しい。

「その……ありがとうございます」

 そんな彼にドキドキしながら、礼を言った。

 すると不二は、くすっと笑って、いつものようににっこりと微笑む。

「お礼を言うのは僕の方だよ。それに、ちゃんのためなら、何でもするよ、僕は」

「不二先輩……!」

 心底嬉しそうに、微笑む

 そんな可愛い顔をするから、不二はまた自然にを腕の中に閉じ込めていた。




 温かくて、柔らかな、穏やかな時間。

 恋人達の幸せなランチタイムは。

 果てしない青空と、流れる雲と、降りそそぐ陽射しの下で。




                end.




 《あとがき》
 不二くん&様、英二くん&様のドリームですv
 3−6コンビ、またはドリームペアと呼ばれる不二くん&英二くん。
 恋愛ごとには最強ですね、この二人は(笑) 学校だろうがお構いなし(苦笑)
 照れる刻もあるんだろうけど、滅多にないでしょうね(^^;)
 今までにないほどのラブラブ度です(笑)
 青学レギュラー中、一番か二番に、展開が早いんでしょうね〜。
 読んで下さってありがとうございました!

             written by 羽柴水帆