世界で一番のPure Heart
青学三の姫より〜越前リョーマ編〜
引退した三年生たちと共に過ごした、バレンタインパーティーが終わった後。
青学一年生エースと三の姫は、夕暮れの帰り道を一緒に歩いていた。
出逢った当初は、揃って気が強く、素直になれない、よく似た性格のため、ケンカが絶えなかったふたり。
長い道のりの果てに、想いを結んだものの、未だに本人たち曰く『とりあえずつき合っている』状態だ。
――心の底では、きちんと互いを想い合っているにも関わらず。
「すごいチョコの量だよね〜。それ全部どうするの?」
リョーマがテニスバッグを担ぐのとは逆の手にしている紙袋を見ながら、が問いかける。
それを全部ひとりで食べるのか、という意味で。
「……わかんない」
「え?」
「親父とか、家族にでもやるかな」
「りょ、リョーマくん??」
いつも以上に素っ気ない声で紡ぐリョーマに、は面食らったような顔をした。
「オレがもらってもいいと思ったのは、や先輩や先輩とか……あとは顔見知りの『義理』ぐらい。
他のはいくら『本命』とか言われても、興味ないね」
淡々と喋るリョーマは、一度もへ視線を向けずに、ただ前だけを見据えている。
「リョーマくん……」
よく考えれば、彼はこうゆう性格なのだけれど。
――内心、ホッとしてしまったけれど。
彼のことを好きでチョコレートを贈った人たちを思うと、悪い気がしてならない。
でも、彼がそう言ってくれたのは――嬉しかった。
本当は、他の女の子たちが、リョーマにチョコレートを渡しているのを見ていて、穏やかな気持ちではいられ
なかったから。
「……っていうか、『本命』はひとつしか、欲しくないし」
やはり前を向いたままのリョーマの言葉。
彼の横顔を見ていたは、ドキッとした。
「あ、あのさ、リョーマくん! ちょっと、そこの公園、寄ってかない??」
「……別にいいけど」
ようやく横目だけ三の姫に向けて、リョーマは短く答えた。
「……で、何?」
夕映えに包まれた、冬枯れの公園の中で、ベンチに腰をおろしたふたり。
リョーマの素っ気ない態度は変わらない。
「う、うん、あのね……これ、受け取って!」
カバンの中から取り出したものを、は勇気と共に差し出した。
銀の紙袋に、赤いリボンがかけられたそれは――見るからに、手作りのもの。
リョーマは、薄い金の瞳を二度ほど瞬きさせる。
「……何これ?」
「何って、バレンタインのプレゼントだよ!」
はがくっと肩を落とし、ぎゅっと閉じていた黒い瞳を開いて言った。
「さっきくれたじゃん」
テニス部の仲間たちと一緒に、やだけでなく、からのも受け取った。
「さっきのは、お姉ちゃん達と私から、マネージャーからテニス部のみんなへのプレゼントだったの! で、
これは、私個人からのリョーマくん専用!」
かぁっと頬を朱に染めて言うを見つつ、リョーマはようやく手を伸ばす。
「……ふーん。ま、もらっとくけど」
相変わらず素直じゃない声と言葉で受け取り、それに視線を落とした。
(も、もうちょっと喜んでくれたって……!)
そう思うだが、悲しくもそんな彼を想像することすら出来ないのが現実だ。
暫くラッピングされた袋を見ていたリョーマは、早速開けてみることにした。
すると、中に入っていたのは――普通のチョコレートでは、ない。
確かにチョコレートの色をしてはいるのだが、ふわっと丸っこいお菓子である。
「……何これ? まんじゅう?」
まじまじと見ていたリョーマが、眉間を寄せて問うた。
はまたしても、がくっと肩を落とす。
「チョコ蒸しパンよ!!」
予想もしていなかったリョーマの反応に、は悲しいのを通り越して腹が立った。
「チョコ……蒸しパン?」
何でまた、と、彼の薄い金の瞳が問いかけている。
「だ、だって……リョーマくん、いっぱいもらうだろうし、普通のチョコばっかりだと飽きちゃうかなって
思って……!」
なりの、気遣いだった。
「……ふーん」
特に表情も変えずに、リョーマはチョコ蒸しパンの一つを手に取って口に運ぶ。
「ど……どう、かな…?」
一応味見はしたのだが、彼の口に合うかどうかまでは判らなかった。
はドキドキしながら、リョーマからの返事を待つ。
「……結構うまいじゃん」
口の中のものを食べ終えたリョーマが、小さく言った。
はぱぁっと表情を輝かせて、「ホント!?」と訊こうとする、が。
「このチョコまんじゅう」
ニッと笑って言われ、彼女の中で稲妻に似た衝撃が駆け抜けた。
「チョコ蒸しパンだもん!!」
「でも、まんじゅうにしか見えない」
「蒸しパンだってば!!」
「いいじゃん、まんじゅうでも」
「やだ! 蒸しパンなの!!」
――そして、お菓子の名称言い合い合戦が始まる。
最初はをからかうようだったリョーマだが、彼女と言い合いになると、条件反射の如く、退けなくなって
しまっていた。
そのまま暫く、「まんじゅう」、「蒸しパン!!」と言い合う声が続くと、
「蒸しパン」
「まんじゅう!!」
『――あっ……!?』
大きな瞳を見開いたふたりの表情は、しまった、と物語っている。
互いにつられて、お菓子の名称が入れ替わってしまった。
は慌てて、口元を両手で押さえる。
が、薄い金の瞳の少年はすぐさま、再び気の強い笑みを浮かべた。
「やっぱ、まんじゅうでいいんだ」
「ち、違うもん! 蒸しパンなんだってば〜!!」
顔を真っ赤にして、「わ〜ん、つられた〜っ!」と悔しがる。
しかしすぐに、つられたのは自分だけではなかったと気づく。
「リョーマくんだって今、蒸しパンって言ったじゃない!?」
「仕方ないから、言ってやっただけ。でも、それをがまんじゅうって、思いっ切り言い直したじゃん。やっぱ、
まんじゅう決定」
と、リョーマが勝ち誇った態度を崩すことはなかった。
「う〜っ! 違うもん、蒸しパンだもん〜〜〜っ!!」
は悔しげに、ぽかぽかとリョーマを叩く。
けれども彼は、右腕でそれをいとも簡単に防ぎながら、左手で残りのチョコ蒸しパンorまんじゅうを食べていた。
――と、幾度めかの叩いてくるの手を、リョーマが右手で受け止める。
「えっ……??」
それまでずっと受け流しているだけだったのに、突然止められて、は驚いた。
「……仕方ないなぁ。百歩譲って、蒸しパンってことにしといてあげるよ」
「ひゃ、百歩もぉ??」
ようやく認めてくれたが、その言われ方には渋々な顔をする三の姫。
「――」
「な、なに?」
ふいに真剣な声で名を呼ばれて、の鼓動が跳ねた。
「これって……『本命』?」
「あ、当たり前でしょ!」
そう言ったじゃない、と続けようとしたのを、遮られる。
次の瞬間、はリョーマの右腕に引き寄せられ、包まれた。
「……サンキュ」
すぐ近くで、零れてきた言葉。
リョーマはそれを言う自分の顔を、彼女に見られたくなかった。
「ど、ど……どういたしまして」
急に抱き寄せられたことで心臓が忙しいには、彼の心の内など知る由もなかった。
照れと焦りから、三の姫の言葉が辿々しくなると、リョーマは小さく噴き出して笑う。
「なっ、何で笑うのよ!?」
「だって可笑しいんだから、しょうがないじゃん」
「もう〜っ、リョーマくんのいじわる!」
赤面して悔しがるは、再び騒ぎ出そうとする。
が、そのすぐ後、朱に染まった三の姫の頬に、温かな感触が触れた。
「――っ??」
の時が、一瞬だけ止まる。
黒い瞳を瞬きさせる彼女に、リョーマはまた強気な笑みを見せた。
「とりあえず、お礼」
「りょ、リョーマくん…〜〜〜っ!?」
冷たい冬の空気に包まれた公園。
それでもの頬が冷めるのには、まだ時間がかかるようだ。
真っ赤な顔でひとり、百面相をするを、リョーマは面白げに見ていた。
冷たい風が吹き抜ける、冬の季節。
黄昏の空に、月と星が白く冴え始める中で。
そっと優しく届いたのは、世界で一番のあたたかな想い。
end.
《あとがき》
テニプリバレンタインドリーム、リョーマくん&三の姫編でした。
面白いけど、何なんだろう…?; 元ネタというか、原案は汐にもらいました。
出逢った頃からケンカが絶えなかったリョーマくんと様。お付き合いすることに
なっても、やっぱりこんな感じみたいです(^^;)
でも……三年生たちはともかく、マネージャーと同級生な一&二年トリオ――つまり、
桃くん、海堂くん、リョーマくんの中では、ゴールイン後の、恋人としてのリードは
リョーマくんが一番うまいんじゃないかなぁと思います(今はともかく/笑)
とにかく、読んで下さってありがとうございましたv
written by 羽柴水帆
