とどかない不思議――遠い呼び声――
<第二日目・終>
――――これで二日目……。
求める結果の出ない日を、もう二回も数えてしまった。
「…………勘弁してよ」
クールで生意気なはずの青学のルーキーの口から、重い嘆息がこぼれ落ちる。
時刻は放課後。今日はもう帰らなければ、病院の予約に間に合わない。いとこの菜々子がいればよかったのだが、彼女は大学の講義が夕方まであるとかで、帰宅するのは夜になる。母は仕事でやはりおらず、父に至っては論外だ。つまるところ、リョーマしかいないのである。
昇降口にまできたところで、何となく二年生の下駄箱を覗いてみる。自分でも悪足掻きだとは思ったが、ここまできた以上、足掻けるところまで足掻いてみるしかない。
だが――。
「何だ、越前じゃねぇか。今日ははやく帰る日じゃなかったのか?」
「…………何で、桃先輩…………」
「……何でときたか」
半眼になる黒髪の二年生の周りには、誰の影もない。泳ぐ琥珀に倣い、桃城も周囲をぐるりと見回し――何かに気づいた表情をする。
「おい、越前。まさかと思うが――」
「……先輩は、まだ教室っスか?」
「いや、HRが始まる前に帰ったぜ。今日は通院日なんだと――って、お前らまだ会えてねぇのかよ……!?」
何をやっているのだ、一体。心底呆れた風情で言い放つ先輩を、リョーマは憮然とした表情で睨めつける。
「仕方ないでしょ。何か、すれ違っちゃうんっスから」
第三者的に見れば、さぞ滑稽なことだろうが、こちらとて何も遊んでいるわけではないのだ。一生懸命やっている。焦燥を隠せない琥珀を、少なからず意外そうに見直し、桃城は表情を改めた。
「悪かった。そうだよな、お前もも、遊んでいるわけじゃねぇよな」
わしゃわしゃと緑がかかった黒髪を掻き混ぜ、素直に詫びる。リョーマはふいと顔をそむけただけで、返事をしない。これは憤っているというよりも、率直に詫びを入れられて、単に照れくさかったのだろう。幼さの残る横顔には、ほのかに朱が差していた。
と、一年生レギュラーは腕時計へと視線を落とす。
「やばっ、俺、もう帰ります……!」
「は? あ、そうか、今日は用事があるんだったな」
「はい! じゃあ!」
テニスバッグを背負い直し、慌てて一年の下駄箱の方へとリョーマは駆け出した。そうかと思いきや、数歩いったところで片足を軸に痩身を反転させ、再び二年の下駄箱に顔を覗かせる。
「あの、桃先輩!」
「何だ?」
まさか戻ってくるとは思っていなかった桃城は、何事かと瞬きした。小さな後輩はわずかに言いよどんだが、やがて意を決したように口を開いた。
「先輩、明日もきますか?」
二年生レギュラーはもう一度瞬きし、それから唇の端をつり上げる。
「――ああ……」
確かな首肯を受けて、リョーマはほっとしたように笑った。そして今度こそ駆け去る。遠ざかってゆく慌ただしい足音を聞くとはなしに聞きながら、桃城は薄く微笑んだ。
「慕われてるなぁ、慕われてるぜ――――……」
笑みを含んだ眼差しが、下駄箱の一点を映す。そこに記された持ち主の名は、「」と読めた。
……To be continued.