このままずっと、ココにいられたら――――。

            このままずっと、同じ道を歩けたら――――。

        その星が流れた時、ぼくらは心の中でそう願ったんだ……。





                  流れる星を道にして





 だいぶ陽が長くなったとはいえ、さすがに夜の七時をまわると辺りは薄暗くなる。気温ばかりが先走って、初夏というよりも真夏に近い日中に比べると、少しだけ過ごしやすい時間帯だ。どこからともなく聞こえてくる、風鈴の涼しげな音色が、心地よく耳元を撫でていく。
 部活が終わった後、手塚と大石は今後の練習等について色々と話し合った。おかげですっかり遅くなってしまったが、久々に二人きりで話せたことで、胸の内はすっきりしていた。互いに何かと忙しい身であるから、話したいことも相談したいことも、かなり溜まっていたのである。
「こうして歩いていると、色々と思い出すなぁ」
 川沿いの道に影を落としながら歩いていると、ふいに大石が感慨深げに呟いた。手塚は切れ長の双眸を親友に向ける。
「急にどうした?」
「いや、ここを歩くのも、もう三年目なんだな、と思って。はやいよな」
 思えば、初めて全国への夢を誓いあったのが、この辺りであった。落日色に染まる世界で、大石は手塚に大きな夢を示された。いつか二人でそれを現実にしようと、今日まで歩き続けてきた。そして、今年――中学最後の『夏』がこようとしている。
「……そうだな」
 短い言葉であったが、手塚も大石と同じ気持ちだった。初めて夢をわかちあった時からいままで、確かにあっという間だった気がする。あれから掌は大きくなり、背は伸び、多少うぬぼれてもよいならば、テニスも上達したといえる。同じようで、実は少しずつかわっていく日常の中で、あの誓いだけはかわらず自分たちの中にある。
 と、テニス部副部長は、何かに気づいたような顔をする。
「あれ?」
「どうした?」
 今度は何だ、とばかりに、手塚は問うた。が、大石はそれには応えず、小走りで土手の方へと寄っていく。内心で首を傾げながらも、テニス部部長もそれに倣った。
 土手の斜面に、複数の人影がある。草の上に寝転ぶ者、座り込んでいる者、川の側に佇む者……思い思いの場所で、ゆったりとくつろいでいる少年たちを、大石も手塚もよく知っていた。
「おっ、大石に、手塚、お疲れー!」
 やってくる友人たちに目ざとく気づき、声を上げたのは菊丸である。彼の声に、他の者たちの視線が動き、自分たちの部長と副部長の姿を認めた。口々に挨拶の言葉が発せられる。菊丸に不二、河村、乾、桃城、海堂、、七海、そしてリョーマ……新たにやってきた二人を加えると、青学男子テニス部の主だった者が、約一時間ぶりに揃ったことになる。
「一体どうしたんだ、みんな? てっきりもう帰ったかと思っていたのに」
 仲間たちの顔を見回し、大石は素直な感想を口にする。
「えっと、何となく、かな」
 軽く首を傾げる仕草とともに、河村が言った。部内では二番目の長身の持ち主だが、こういった動作もどこか似合う。ちなみに同じ動作をどこかの誰かがやれば、憎たらしいことこの上ない、というのが、ほとんどのテニス部員の意見だ。誰とはいわないが。
 何となくで、こうも全員が集まるものだろうか。大石も手塚もそう思ったが、口にする機会はなかった。菊丸が二人を手招きをしたからである。
「ほらほら、二人とも、そんな所に突っ立ってないで、こっちきなよ」
 部長と副部長は一度視線をあわせ、どちらからともなく微笑の欠片をこぼした。断る理由もないし、「何となく」につきあってみるのも悪くない。時間を無駄につかうことを嫌う手塚も、この時はその誘いにのった。
 バッグを置いて、適当な場所に腰を下ろせば、やはり草の上に両足を投げ出していた不二が、空を仰ぎつつ言った。
「ここね、夜になると星がよく見えるらしいよ」
 夜色に染まりつつある空に、ちらほらと星の光が灯り始めている。
「よく知っているんだな」
 通い慣れた道ではあるが、そこまでは知らなかった。感心する手塚に、淡い色の髪の三年生は小さく笑って片手を上げた。細く白い指が、自分たちから少し離れた場所を示す。部長である少年がそれを追ってみれば、そこには一、二年生たちがかたまっている。
「知ってたのは、僕じゃないよ。が教えてくれたんだ」
「そうか……」
 納得したように頷き、手塚は青緑の双眸を持つ後輩に視線を投げた。日課のように空を見上げている彼ならば、星のよく見える場所を知っていてもおかしくはない。と、向けられる視線に気づいたのか、がこちらを見やった。にこりと微笑みかけてくる。
 青緑の双眸が別の場所を映していることに気づき、桃城は軽く首を傾げた。
「ん? 、どうかしたのか?」
「ううん、何でもない。でも、何か珍しいよね、部活とか以外でこうしてみんなで集まるのなんて」
「そうだよなぁ」
 最初は桃城とが、練習で疲れた身体を土手に横たえていただけだった。空を眺めながら話していると、リョーマがやってきて、次に海堂と七海がきた。そのまま通り過ぎることもできただろうに、彼らはそうしなかった。それは三年生たちも同様だった。何故か、と問われても、答えようがない。河村の言ったとおり、本当に「何となく」集まったのだから。
「なあ、、今日は星、たくさん見られるかな?」
 と、これは朱色の双眸を持つ二年生である。つい二瞬ほど前まで、海堂と石投げを競いあっていたのだが、どうやら区切りがついたようだ。暗がりに沈む川面に向け奮闘する二年生レギュラーを見ると、軍配がどちらに上がったのかは明らかだ。
 青緑の双眸が藍色の空を見上げる。
「そうだね……たぶんよく見えるよ。雲の影も見えないから、雨の降る心配もなさそうだしね」
「確かに、今朝の天気予報では、降水確率は〇パーセントだったな」
『うわっ!?』
 と桃城が左右に飛び退き、七海が数歩後退する。分厚すぎるほど分厚い眼鏡をかけた顔が、二年生たちの間に突然割って入ってきたのだ。驚かない方がおかしい。テニス部一の長身を誇る三年生は、愛用のノートをぱらぱらとめくる。
「この辺りには街灯の類も少ないから、街中よりは確実に星が見える。しかも今夜は雲が少ない。観賞にはもってこいだろうな」
 つい先ほどまで、この三年生は不二たちの方にいたはずだ。いつの間に、どうやってここまで接近したのだろうか。頭の中を疑問で埋め尽くす後輩たちをよそに、淡々とした解説は続いている。
 の隣に寝そべり、心地よいまどろみに心身を預けていたリョーマであったが、この乾の突然の出現に一気に睡魔が吹き飛んでいた。無意識のうちに栗色の髪の先輩にしがみつきながら、乾の耳にはとどかない音量でささやく。
「……妖怪かと思った」
 最高の気つけ薬を味わった少年の、あまりにも辛辣な感想に、たちは全力で笑いを堪えねばならなかった。
「……どうかしたのか、桃城」
 半ば以上笑いの衝動をおさえることに失敗していた二年生レギュラーに、乾は不気味な光沢を放つ眼鏡を向ける。
「へ? あ、いや、その、何でもないっスから!」
 そんなわざとらしい言葉で、青学一のデータマンを騙せるわけがない。練習中には決してかくことのない汗を、滝のように流す桃城から、海堂は双眸をそらした。これ以上見ているのが忍びなかったのか。それとも呆れているのか。おそらくは両方であろう。
「嘘を吐いている確率、百パーセント」
「ご愁傷様」
 死刑宣告にも似た声に、事の次第のきっかけとなったリョーマは、まるで他人事のように呟いた。いや、彼にとっては充分他人事だったが。
「……ごめん、桃」
 明後日の方向へ視線を放ち、は心の中で頭を下げた。こればかりは助けようがない。できることといえば、せいぜい口直しに何か用意してやることぐらいだろう。
 水筒の残りを確かめ始めた先輩の横で、青学のルーキーは大きく伸びをした。まだどこか欠伸を噛み殺したような表情に、の双眸が優しく細められる。ひとたびラケットを握れば、数々の強豪選手相手に臆することなく戦う少年も、こんな時は年相応に見える。いや、実際の年齢よりももっと幼く見える。
「いい夢、見られた?」
 あいている方の手で頭髪についた草を払い落としてやりながら、が笑いかける。何とも愛おしげで、優しさのあふれた表情だ。
「……わかんない。さっきので、全部吹き飛んだから……」
 琥珀の瞳が、いささか恨みがましい視線をテニス部一の長身に突き刺す。その乾は、というと、ドリンクボトルを手に桃城に詰め寄っているところだ。と、救いを求めて彷徨っていた二年生レギュラーの双瞳が、空の一角を認めて見開かれた。
「あっ!!」
 意識の全てが藍色の天上へと注がれ、直前までドリンクから逃れようと奮闘していた腕が、半ば反射的に動いた。迫りくるドリンクの脅威ごと、乾の身体を突き飛ばす。テニス部一の長身も、部で一、二を争う桃城のパワーにはかなわない。もんどりうった長身が土手を転がり落ちる。
「うおおーっ!?」
「い、乾ーっ!?」
 真っ先に動くことができたのは、一番近くにいた河村であった。慌てて友人のあとを追って、土手を駆け下りていく。他の者たちは、というと、桃城が声を発した理由に気をとられていた。藍色に染まった空に、銀色の軌跡が描かれる。
「流れ星だっ! 大石、見えた? 星が流れた!」
 右頬に絆創膏を貼った三年生は、隣に座るパートナーの力任せに肩を叩く。じっと目を凝らしていた大石であったが、苦笑混じりに首を横に振った。
「ごめん、ちょっと見えなかったよ」
「えぇーっ、不二は?」
「うーん、何となく、かな。手塚はどう?」
 夜闇に沈む、深い色の眼差しに、手塚は無言で頭を振ってみせる。いくら街灯が少ないとはいえ、地上の明るさが星影の大部分を圧倒していることにはかわらぬ。流れ落ちる星の光を、人工の灯りの中に見出すのは容易ではない。これが山奥などならば、もっとはっきり見えただろうが。
 と、の瞳が星影を弾いた。
「見て!」
 十一本の視線が一斉に動く。今度こそ、見えた。人工の光にも負けず、夜の空へと降る銀色の輝きが。一筋の軌跡を描いて、星が流れて消える。
 夜風が翻り、少年たちの頬と髪を撫で上げる。誰もが言葉もなく、空に視線を縫い止めたまま微動だにしなかった。自分たちの頭上を駆け抜けていった光に、久しく忘れていた感情が胸の中に転がり落ちてくる。
「……綺麗だったなぁ、いまの」
「ああ……」
 七海が呟けば、海堂が頷いてみせた。話しかけられたわけでもないのに、珍しく相づちをうっている。それほど数瞬前にみた光景が、印象深かったのだろう。
 と、声にならぬ声が上がった。今度の声の主は、菊丸である。
「しまった、お願いするの忘れてた……!」
「そういえば、俺も……!」
 桃城も残念そうに顔を歪めた。すると乾が河村の手を借りて、土手をのぼってくる。先ほどまでのやりとりは、流れ星が持っていったのだろう。開かれた口から洩れたのは、怒りでも恨み言でもなく、好奇心にあふれた問いだった。
「ほぅ……英二も桃も、一体何を願うつもりだったんだ?」
 学生服の各所に草を飾り、土で汚れてはいるが、怪我はなさそうだ。気のせいか、少々眼鏡が斜めになっているが。
 常に明るい菊丸の顔に、滅多にみせることのない色がよぎった。ややあってから、曖昧な笑みを口元に飾る。
「……んー、ナイショ」
「俺もっス。こういうのは、自分の中にしまっておくものでしょ」
 桃城は右頬に絆創膏を貼った先輩を一瞥し、やはり曖昧に唇を歪める。
 テニス部の頭脳ともいうべき少年は、わずかに落胆したようだが、この程度であきらめるような性格ではない。しつこく食い下がるが、二人の少年はどこまでもはぐらかそうとする。
 その様子を横目に、他の者たちは心の内で同じことを考えていた。流れ星に願いをのせる――どこか夢物語のようで、ひょっとしたら、という気にさせてくれる行為。仲間たちが何を願おうとしたのかも気になるが、自分たちならばどうするだろうか。
「たぶん……桃や英二先輩と、同じことを願うんじゃないかな……」
 が半ば独り言のように呟けば、菊丸たちの巻き添えをくらわぬよう移動してきていた不二が、耳ざとく聞きつける。
は、英二たちが何を願おうとしたのか、わかるの?」
「ええ……確証はありませんけれど」
 これには、やはり移動してきた手塚や大石、河村たちも思わず瞳を交錯させた。一瞬全国大会等に関することかと思いかけたが、二瞬目にはその考えを自分たちで否定する。青学の全国制覇は、確かに皆の悲願ではあるが、星の力を借りるほどのことではない。自分たちの努力次第で、充分に掴めるものだと思っているし、それでこそ価値のあるものだ。もっとも、時に人の力ではどうにもならないこと――「全員怪我もなく」といった類のことならば、星にでも頼まないとならないだろうが……。
 夜闇に沈む青緑の双眸が、わずかな切なさをはらんで遠くを見やる。
「……ずっと、みんな一緒にいられたら――――たぶん、そう願いたかったんじゃないかと思います……僕も、きっとそう願うだろうから……」
 夜気が透明な針となって、一同の胸を突いた。特に三年生たちは息を詰め、それぞれの色彩豊かな双眸を瞠らせる。自分たちは、この『夏』が終われば引退し、来年には慣れ親しんだ中等部を離れ、それぞれの道へ進むことになる。そうなった時、自分たちはどこにいるのだろうか。少なくとも、ココにはいない……。
「でもこれは本当に、僕の勝手な推測ですけれどね」
「いや、たぶん、の考えは、当たっているよ。俺だって……みんなと会えなくなるのは、寂しいからな。英二や桃は、あのとおりの性格だから、余計に寂しく思っているんだろう……」
 と、これは大石である。もそうだが、彼もまた気づいていた。「ナイショ」と言った時の、大事なパートナーの顔によぎった、寂しそうな色に。

 ――――ずっと、みんな一緒にいられたらいいのに。

 だが、それは無理だと皆が知っている。自分たちはかわらないと思っていても、少しずつかわっていくものがある。それは容姿だったり、年齢だったり、周りの環境だったりするけれども、いつまでも同じ道を歩くことはできない。いつか、それぞれの分岐点がくる。
 どんなに願っても、どれほど想おうとも。時間は――決してとまることをしない。それは、人の力では、どうにもならないことだ。
「わかっているけれど、そういうのは、それこそ理屈じゃないだろ」
 まるで乾のような台詞だな。大石はほろ苦く笑う。優しげな目元に、部員たちのことを案じる時とは違う翳りがさしている。
「…………そうっスね」
 あらぬ方へ視線を落とし、青学のルーキーが頷いた。思えば、最終的にココに残るのは、いや、残されるのは、この場では彼しかいない。たった一、二年の差が、実は決定的なものであることを、嫌でも痛感させられる。
「――ねぇ、お願いしてみない?」
 おずおずと河村が声を上げた。浴びせられる視線に長身を縮こまらせ、仲間たちの面上を上目遣いに眺めやる。
「今度、星が流れたらさ。お願いしてみない?」
 河村の声は決して大きくはなかったが、皆の意識を集めるのには充分であった。押し問答を繰り返していた桃城たちも、いつの間にか三年生レギュラーを凝視している。
「みんなでお願いすればさ、ひょっとしたら、星も力を貸してくれるんじゃないかな……?」
 まるでそこだけを切りとったかのように、静寂が満ちた。誰も何も言わぬ。が、それは決して悪い意味のものではない。それぞれの色彩豊かな双瞳が見かわされ、それぞれの心を無言のうちに伝えあう。
「うん……そうだね」
 淡い色の髪をかき上げて、不二が微笑む。
「みんなでお願いすれば、かなえてくれるかもしれないよね」
 自分たちは、夢と現実に明確な線をひけるほどに、何かを失ってしまったけれども。
 願っている。
 ずっと、ココにいることはできなくとも――。
 想っている。
 ずっと、同じ道を歩いていくことはできなくとも――。
 せめて。
 ――――少しでも長く、みんなで一緒にいられるように。
 それだけを、ただひたすらに、願っている……。
「そうだな……」
 薄い微笑とともに大きく頷いた人物に、周囲の者は驚かされた。テニス部部長は、何ともいえない仲間たちの顔を見、微笑とも苦笑ともつかぬものを口元に刻む。
「そんな顔をするな。俺にも――眼に視えない何かに、願いたくなる時はある」
 テニスにしろ学業にしろ、ぶつかってくる物事を、常に自身の力と努力で成し遂げてきた少年の言葉は、わずかな切なさを含んでいるようだった。彼が、「眼に視えない何かに願いたくなる時」は、おそらく残酷なまでに「現実」を突きつけられた時ではないだろうか。そしておそらく、それを何度か経験してもいるのだろう。
「じゃあ、はりきって流れ星を探さないといけないっスね!」
「馬鹿か、てめぇ。流れ星は、探せばみつかるもんじゃねぇだろうが」
 拳を握って言う桃城に、海堂が言葉の冷水を浴びせかける。桃城の顔から陽気なものが消え、かわりに怒気が満ちた。普段の数倍は低い声が、唇から洩れ出す。
「あぁ? てめぇ、喧嘩売ってやがんのか?」
「……本当のことを言ったまでだ」
「それを喧嘩を売ってる、って言うんだろうが!」
 また始まった。青緑と朱色の双眸が見かわされ、軽く肩をすくめあう。喧嘩する二人の間に、仲裁する二人が入っていく「いつもの光景」に、他の者たちは微苦笑する。
「桃、海堂、こんな所で喧嘩はやめようよ。危ないから」
の言うとおりだぜ。ここから転がり落ちでもして、怪我したらどうするんだよ。俺は嫌だぞ、流れ星に『怪我の早期完治』なんて願う羽目になるのは」
「そうは言うがな、、七、先に喧嘩を売ってきたのは、海堂だぞ!」
 唾を飛ばさんばかりに桃城が言えば、もうひとりの二年生レギュラーは冷静に応じた。
「俺はただ、探す必要はねぇ、と言っただけだ」
 そこで一度言葉を切り、何故か視線をそらす。気のせいか、若々しい頬が上気しているようだ。
「…………ねっ、願いをかなえる星は、空にではなく、心に降るものだから…………」
 だから、探す必要などない。いつだって、望めば心に降ってくる星があるのだから。
 ぼそぼそと発せられた言葉は、一同の耳に余すことなくとどいた。とどいた瞬間、誰もがぽかんとした顔で、発言者を凝視する。
 ――この人は、本当に海堂薫なのだろうか。
 ある意味で失礼極まりない考えが、天使とも悪魔ともつかぬ団体をひきつれて、何人かの脳内を通過していく。いまだかつて、海堂の口から、こんな詩的めいた台詞が聴けたことがあっただろうか。いや、なかったはずだ。というよりも、絶対にない。
「……海堂……」
 どこまでも深い青緑が、口下手で照れ屋な少年に注がれる。
「お、俺はただ、ただ母親が昔教えてくれたことを言っただけで――!!」
「ありがとう。とても素敵なことを、教えてもらったよ」
「桃城の馬鹿野郎が、馬鹿面をひっさげて、馬鹿なことを言いやがるから、つい成り行きで――って、はぁ!?」
 素っ頓狂な声を上げる海堂に、はにっこりと笑ってみせる。やたらと「馬鹿」呼ばわりされた桃城は、怒りに肩を震わせていたが、口に出しては何も言わない。時と場合をわきまえるほどには理性が残っている。それに何より、先ほどのライバルの台詞は、他の者同様彼の心にも染み入っていたのだ。
 せいぜい笑われるか、茶化されるかのどちらかだろう。そう信じて疑わなかった海堂は、仲間たちの思いがけない反応に、やたらと双瞳を瞬かせた。そんな表情がどうにもおかしくて、たちは笑いを堪えるような表情になる。
 と、緑がかかった黒髪を夜風に遊ばせつつ、リョーマは琥珀の双眸を細めた。
「――降るといいっスね。俺たちの願いをかなえてくれる、俺たちだけの流れ星……」
 視線の先にあるのは、数多の名もない輝きだ。彼に倣うように、少年たちの瞳が、星々の満ち始めた空を仰ぎ見る。



 ひとりひとりの心に、音もなく降ってくる小さな光たち。
 心に描かれたその軌跡を道にして、ぼくたちはいまを歩いていく――――。



                      ――Fin――



 <あとがき>

・今回は時空界の三周年とリニューアル記念を兼ねて、青学の皆さん(マネージャーちゃんたち、ごめんね;)でのお話となりました。水帆ちゃんの息子さん、架橋七海くんと、くんをあわせて、総勢十一人です(笑) 人数とお話の都合上、人によっては台詞が少なかったり、存在感が薄くなってしまったりと、申し訳ない部分が多々あります。すみません; 人数が多いのは、そういう部分で大変ですが、にぎやかなので楽しいです。
 風見野は流れ星を実際に見たことがないので、お願いとかは当然したことはないのですが、一度やってみたいなぁ、と思っています(でも、いざとなったら見惚れてしまって、きっとお願いどころではないのでしょうけれど)。最近は地上の光に負けてしまって、見ることのできる星は限られてしまっていますが、それでも綺麗ですよね。あの輝きだったら、願いをかなえてくれるかもしれない、とそう思わせるものを感じます。特に人の力ではどうにもならないことだと余計に――。
 ここまで読んで下さって、ありがとうございました。



                               2005.12.11    風見野 里久


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