心の繋がり――だからキミは傍にいる――



 青いはずの空が、燃えるように紅い。そうかと思えば、立ち上ってくる黒煙に、今度は黒く染められていく。
 遠くから微かに爆音が聞こえてくる。何かが誘爆したのか、それとも誰かが戦っているのか、それは定かではない。が、後者の確率は、ほとんどないだろう。この星の者は、そのほとんどが宇宙へ避難するか、あるいは――。
 ――終わりの時が迫っている……。
 口にはしなくとも、誰もがそう感じていた。
 アーサーは悲しみとも、怒りともつかぬ色に染まった双眸を、ゆっくりと動かす。映るのは、無慈悲な攻撃の跡だけだ。握り締められた拳が震える。
「――アーサー……」
 気遣わしげな声に振り向けば、銀の髪の幼なじみが立っていた。少々疲れた顔をしていたが、ともに激戦を生き抜くことに成功したのである。自然のものではない、滅びを知らせる風が、彼の長い髪をなぶる。
「……ユーク……私は……」
 どうすることもできなかった。そう言おうとしたアーサーに、ユークリッドは首を横に振ってみせた。
「それは僕も同じだ……」
 と、ユークリッドの視界の片隅を、何かがかすめた。銀の髪の青年は何かに気づいたように、一瞬そちらに瞳を向けた。が、それは本当に一瞬のことで、すぐさま視線を友人に戻した。
「アーサー、もうすぐ避難船が発進するらしい」
「――避難船……」
 この星にはもう安住の地がないことを意味する、重く苦い言葉を、アーサーは小さく繰り返した。
 ユークリッドには、友人の気持ちがよくわかっていた。自分たちの生まれ育った故郷が滅びようとしているなど、そう簡単に認めたくはないだろう。それはユークリッドとて同じだった。が、彼はあえて微笑を口元に刻んだ。悲しみも怒りも、そして憎悪も、決して表にはだすまい。そう思った。表にだせば、きっと彼は自分を責めるだろう。正義感と責任感が強く、心優しい幼なじみのために、ユークリッドは微笑した。
「――この星はダメでも、生きてさえいれば、またどこかにミクロアースを再興できる。そうだろう?」
「ユーク……そうだな。すまない、いまの私たちにできることは、ひとりでも多くの人を宇宙に逃がすことだったな」
 アーサーの言葉に、ユークリッドはそのとおり、とばかりに頷いた。
「よし、空港にいこう。避難船を護るんだ」
「それはキミに任せるよ」
「え……?」
 ユークリッドは黒煙の立ち上る街の方に視線を向ける。
「僕は、逃げ遅れた人がいないかどうか、もう一度見てこようと思う」
「なら、私も一緒に――」
「何を言ってるんだ。それじゃあ、避難船の方の護りが手薄になってしまうだろ。街を見てくるぐらい、僕にもできるさ」
 銀糸のような前髪をかき上げ、ユークリッドは笑った。アーサーは少々不審そうな瞳を、幼なじみに向けた。友人の様子に、何やら不吉な予感を覚えたのである。
「ユーク……お前……」
「ん? どうした?」
 問うてくる友人の顔は、あまりにも自然だった。自然すぎて、かえって不自然なくらいだ。が、それをアーサーは見抜けなかった。それだけの心理的余裕が、この時のアーサーにはなかったのだ。
「い、いや何でもない。わかった、こっちはお前に任せる。ただし、決して無理はしないでくれ。危ないと思ったら、すぐに撤退すること。いいな?」
「わかった――死ぬなよ、アーサー。生きてくれ」
「お前もな、ユーク――」
 ユークリッドは笑った。幼き日に、幾度となくみせてくれた、あの笑顔だ。
「できる限り、そうする」
 アーサーも笑顔になる。少年時代に戻ったように、二人は笑いあった。滅びゆく星には、不似合いな光景かもしれなかったが、それでも二人は笑った。
 それがミクロアースで二人がかわした、最後の笑顔となったのである。そして――別離の始まりであった。



 アーサーが空港の方へと、その姿を消すのを見届けたユークリッドは、鋭く視線を動かした。
「――出てきたらどうだ?」
 彼の声が完全に大気に溶け去る前に、瓦礫の向こうからひしめくように、アクロイヤーの戦闘兵たちが姿を現す。その数は数十にも及ぶだろう。
「やれやれ、僕ひとりに大げさなことだな」
 ユークリッドは唇を皮肉っぽく歪めた。
 先ほどアーサーと会話をしている時、アクロイヤーの掃討部隊にみつかったことに、ユークリッドは気づいていた。だからこそ、嘘をついてアーサーをいかせたのだ。銀の髪の青年は、ここにいる全てのアクロイヤーをたったひとりで迎え撃つ気であった。
「……すまない、アーサー。ひとりで戦おうとするな、といつも言っておきながら、当の本人が、これじゃあな。でも、キミには生きてほしいんだ――赦してくれ……」
 苦みを含んだ微笑を浮かべ、ユークリッドは胸中で呟いた。が、すぐに表情を改め、自分をとり囲んでくる戦闘兵たちを、恐れる様子もなく眺めやる。おそらくこれが、この星での最後の仕事だろう。生き残れればの話だが。
「お前たちの狙いは避難船か。そうだろうな、もう空港に続く道は、ここしか残されていないからな。さしずめ僕は、そのついでか」
 戦闘兵たちは殺気立つと、じりじりと包囲の輪を狭めてくる。それに応えるように、ユークリッドは身構えた。
「――こいっ!! お前たちの誰ひとり、ただではいかせない!!」
 双方がほぼ同時に動く。ユークリッドは真っ向から立ち向かった。圧倒的な数を誇るアクロイヤーに――迫りくる自身の運命に――。

「――アーサー、キミは必ず生き延びろっ……!!」




「……!?」
 アーサーは足をとめ、きた道を振り返った。その背後では、避難船がいまにも飛び立とうとしている。自分もいかなければならない。それはわかっていた。だが、振り向かせるだけの何かがあったのだ。
「……ユーク……?」
 声が聞こえたわけでもないのに、何故か友人に呼ばれたような気がした。
 避難船がゆっくりと上昇を開始する。その音を背中で聴きながらも、アーサーはなかなか動けなかった。いまいけば、幼なじみとの繋がりが断ち切れてしまう。そんな不安が彼の中に押し寄せる。
 いま私のするべきことは――。
 唇を噛んで考え込んだ末に、アーサーは避難船を追って地を蹴った。



 ……爆炎の中に避難船は消え、故郷の星の内側から光が洩れ出す。
「――!! ――!!」
 声にならぬ声でアーサーは叫んだ。故郷と思い出と人々を、引き止めるように――。
 やがて轟音とともに生じた光が、全てを飲み込み、砕け散った……。



 アーサーが休眠から目を覚ますと、隣では同じように起き出した、イザムとウォルトの姿があった。
 ――夢か。そう思いつつ、アーサーは上体を起こした。
 アーサーに気づいたウォルトが、挨拶の言葉を投げかけようとして、目を丸くした。
「ど、どうしたんだよ? アーサー? 泣いてるぜ?」
「え……?」
 言われて初めて、アーサーは自分が泣いていることに気づいた。
「……すまない、何でもないんだ」
 そう言って目元を拭ったものの、また新しい涙がこぼれてくる。自分はリーダーなのに、仲間たちを心配させてはいけないと思うのに、何故か涙はとまらなかった。
 と、アーサーの隣に腰を下ろしたウォルトが、その肩を軽く叩いた。
「無理すんなよ。理由はわからねぇけど、泣きたい時は泣けばいいじゃねぇか」
 ウォルトの向かいにイザムが座る。こちらは何も言わないが、その視線はとても優しい。
「ありがとう、二人とも。――実は、夢を……見たんだ」
「夢?」
 と、イザムが訊き返した。
 ひとつ頷いて、アーサーは語った。ユークリッドという名の、幼なじみのことを。どんな時も、自分のものも含めた命を最優先に行動していた彼だったが、たった一度だけ犠牲をだした。自分という犠牲を――。
「……あの時の私は、自分のことに手一杯で、ユークが何をしようとしているのか、わからなかった。わかったのは……ミクロアースが崩壊してからだ……遅すぎたんだ」
 もしあの時、引き返していれば。そう思うと、やりきれなかった。呼ばれたと思ったのは、気のせいなどではなかったのだ。自分は友人と避難船を天秤にかけ、結局後者を選んでしまった。自分で彼との繋がりを断ち切ってしまったようなものである。
「……彼は……どうなったんだ……?」
 それまで口を挟むことなく話を聴いていたイザムが、静かに問うた。
 アーサーは首を横に振った。どこか寂しげなものを、若々しい顔に浮かべる。
「わからない。あれから……一度も逢っていない……繋がりは切れたままさ……」
「――馬鹿、何言ってるんだよ」
 いままで何を言おうか考えていたらしいウォルトが、ようやく口を開いた。アーサーだけでなく、イザムも彼を見やる。
「確かに、そのユークって奴は、いまここにはいねぇけど、『ここ』は繋がってるじゃねぇか」
「ここ」とウォルトが指し示したのは、胸のミクロジウムの辺りだ。それが『心』を示していることを、アーサーとイザムは瞬時に理解した。
 ウォルトは器用に片目を閉じてみせる。
「『ここ』の繋がりは、そう簡単に断ち切れるもんじゃねぇぜ。切れてなんかいねぇよ。そいつはいまもアーサーの傍にいる」
「……私とユークは……まだ……繋がっている……?」
「ああ、きっと繋がっているぜ。これから先、俺たちもどうなるかわからねぇけど――あぁ、俺は勿論負ける気はねぇぜ。でもよ、何かあった時、それでお互いの繋がりが切れちまうなんて、思いたくねぇじゃねぇか。たとえ死んじまっても、さ」
 どこか遠くに視線を投げかけながら、ウォルトは言った。脳裏に浮かぶのは、いまここには存在しない者たちの顔。彼らと自分は、きっと繋がっている。この心が――。
 イザムが唇を微笑のかたちに歪める。
「たまにはいいこと言うな、ウォルト」
「たまには、はねぇだろう!?」
 ウォルトの表情と口調に、いつもの調子が戻る。
 そんなやりとりを聴きながら、アーサーは再びこぼれてきた雫を指先で払った。今度のものは先ほどとは理由が違った。嬉しさからくる涙だった。自分と幼なじみの繋がりが、まだ切れていない、と言ってもらえたことが、アーサーには嬉しかった。ひょっとしたら、自分は誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれない。
「……ありがとう、イザム、ウォルト」
 イザムとウォルトは、会話を中断するとアーサーに微笑みかけた。彼らがいてくれてよかった、とアーサーは心から思う。彼らと繋がりを持てたことに、深く深く感謝した。


 たとえ遠く離れていても、互いの姿は見えなくとも、繋がりは切れない。
 心が繋がっていれば、それは一緒にいるのと同じ――。


 ――だからキミは傍にいる。



                     ――Fin――



 <あとがき>

・随分久しぶりな、ミクロマン創作第三弾です; しかもまたも夢のお話です; すみません、ユークはこの場にいない者なので、彼を絡めて書こうと思うと、夢の話にするのが手っ取り早いんです; 上記の話で、すでに死んでいる者のように扱ってしまいましたが、ユークは生きております。おそらく宇宙を漂流していることでしょう(^_^;) 彼が地球にくるかどうかは、現段階ではまだ未定です。ですが、ひょっとしたら、長編にでもして書くかもしれません。その時は、どうぞよろしくお願いします。
 ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。



            2004.3.12    風見野 里久