青くどこまでも澄んだ空が、頭上に限りなく広がっている。
 風の通り道にある小高い丘に、少年はいた。色彩豊かな大地の上に腰を下ろし、空を見上げている。あの空の向こうには、いくつも の星がある。そこにはやはりいろいろな人がいて、物があって、争ったり、仲良くしたりしているのだろうか。
「こんな所にいたのか、アーサー」
 聞き慣れた声に、少年――アーサーは振り返る。視線の先には大好きな兄・ゼットの姿があった。
「兄さん!!」
 ゼットは弟に隣に座ると、その頭を撫でる。
「空を見ていたのか?」
「うん!」
 アーサーはくすぐったそうな、それでいて、嬉しそうな顔で頷いてみせた。ゼットはそんな彼を静かに双眸に映す。少し見ない間に、何だかずい分と弟が大きくなったような気がした。
 兄の瞳に映る自分の姿を見つめ、アーサーは小首を傾げた。一体どうしたのだろうか。本人はいたって真面目だが、まだまだ幼い身ゆえ、その姿はとても愛らしい。
「兄さん……?」
「ん? いや、何でもない……大きくなったな、アーサー」
「そうかな? でも、そうだとしたら、僕、嬉しい。僕、早く大きくなって兄さんみたいな強い戦士になりたいんだもん!」
 と、元気よく言ったかと思うと、少年は眉をひそめ、うつむく。
 今度はゼットが小首を傾げる番だった。幼い弟の顔を覗き込み、「どうした」と尋ねる。
「でも兄さん……本当になれるかな? 僕も、強く……?」
 アーサーは小さな小さな声で問いかけた。
 それがゼットの耳に達した瞬間、彼は弾けたように笑い出した。そして白い頬を上気させてうつむいている弟の肩を、軽くたたく。
「ハハ…ハ……そんな心配していたら、なれるもののなれないぞ。大丈夫だ。アーサーはきっと強くなる。兄さんが保証する」
「本当? 兄さん?」
「兄さんが嘘をつくと思うか?」
 アーサーは勢いよく首を横に振った。それは兄への絶大なる信頼を表している。
 ゼットは自分を信頼してくれている弟の頭を優しく撫でた。と、その表情が真剣なものへと変わる。
「……アーサー、お前はきっと強くなる。だが、その強さの使い方を、決して間違えるなよ」
 先ほどまでとはうって変わった兄の様子に、アーサーはきょとんとした表情で見上げた。
「使い…方……?」 
 ゼットは視線を遥かな空へと向ける。
「強さには、二種類ある。ひとつは、何かを傷つけ、悲しませるためのもの、そしてもうひとつは、何かを護るためのもの……アーサー、お前がこれから得る強さは、何かを護るために、そして、自分のために使え」
「自分のためにも?」
「そうだ、アーサーが生きていくために使うんだ。お前が将来護るものはきっと、お前が生きることを、何よりも望むはずだから」
 完全には理解できないのか、少年は複雑な表情をした。が、やはりまだ子供である。真剣さよりも愛らしさが勝り、妙におかしい。
 ゼットは笑いを噛み殺して言う。
「今はまだわからなくてもいい。いずれわかるさ。アーサーに何か『護りたいもの』ができた時、きっと兄さんの言っていたことがわかるだろう」 
「俺もそうだったから」という言葉は、胸中で発した。『護りたいもの』……それができた時、ゼットは強さを求め、戦士になることを決意したのである。

 アーサー、お前は俺が護るよ、必ず……。

「ゼット!」
「――ソロモン……」
 声のした方へ視線を転じれば、親友がこちらへと歩み寄ってくる。
「こんにちは! ソロモンさん!」
 アーサーが元気よく挨拶すると、兄の友人は口元をほころばせた。
 軽くかがんで彼の頭を撫でてやる。
「何かあったな? ソロモン?」
 立ち上がりつつ、ゼットが問うた。心なしか口調に厳しいものが混じっている。
「――北の星系で、不穏な動きがあるそうだ」
 ゼットの双眸が眇められた。表情はすでに兄のものではなく、幾多の修羅場をくぐりぬけてきた戦士のものとなっている。若いながらも、すでに歴戦と言っていいゼットであった。
「奴らか?」
「それはわからん。だが、用心するにこしたことはないだろう」
「そうだな」
「兄さん!? またどこかに行っちゃうの!?」
 年長者たちの会話を不安げに聴いていたアーサーは、思わず声を上げた。大好きな兄さんがどこかに行ってしまう。ソロモンも一緒に。
 兄たちがが重要な何かをしていることは、幼いながらもアーサーはわかっていた。が、心の奥にある想いは、やはり抑えられない。

 兄さんたちには、ずっと傍にいてほしい。傍にいて……。

 ゼットとソロモンは、互いの顔を見合わせた。目の前にいるこの小さな少年が、自分たちに何を望んでいるか、彼らにはわかっていた。
 が、その望みを今の自分たちがかなえてあげられないことも、二人にはわかっていたのである。
 ゼットは弟と目線があうように地面に片膝をつく。
「兄さんたちも、できることなら、アーサーと一緒にいたい。でも、俺たちには、やらなければならないことがある。わかってくれ、アーサー」
 アーサーは小さな身体を兄にしがみつかせた。兄の腕がそれを優しく包み込んでくれる。
 ソロモンは親友たちの姿をどこか微笑ましげに見つめるのだった。


 アーサーは目を覚ました。視界に地球からみた空が飛び込んでくる。
 ミクロアースから見るのとはまた違った、それでも美しい空だ。
「眠っていたのか、私は……」
 何とはなしに周囲を見回す。スーパーミクロベース内の自室だ。窓に寄りかかって考えごとをしているうちに、そのまま眠ってしまったらしい。
「……『護りたいもの』…か…」
 ミクロアースが崩壊し、この地球へとやってきた。故郷に負けないくらい美しい星。そこで出会った友人たち。今度こそ護りぬきたい。
 この手で。
 アーサーは口元に微笑をたたえると、独語した。
「――兄さん……今なら兄さんの言っていたこと、わかる気がするよ……」
 その日の空は、どこかあの丘から見たそれにとてもよく似ていた。   



                        −Fin−


    <あとがき>

    ・ミクロマン小説・・・・・・はっきり言って設定がかなり好き勝手になっております(−−;)
     アーサーは子供の頃も、ゼット兄さんやソロモンさんの性格も全て想像です。
     でもゼット兄さんはきっとアーサーに優しかったんだろうなぁ(^−^)


                                       2001.9.6     風見野 里久


                             

いつかわかる日まで……