銀の残照





 ――背中で衝撃が弾けた。
「アーサァァァーッ!!」
 そう叫んだのは、耕平だっただろうか。確かめようにも、視界と意識が闇に侵食され、できなかった。


「……サー……アーサー……アーサー、アーサー……!!」
 沈んだ意識に、声が滑り込んでくる。
「――ん……? あ、ユーク……リッド……?」
 徐々にはっきりとしてくる視界に、暮れなずむ空と幼なじみの少年の姿がおさまる。
「熟睡しているところを起こして、ごめん。でも、もう日が暮れてきたし、そろそろ起きた方がいいと思って」
 少年――ユークリッドの言葉を聴きながら、アーサーはとりあえず上体を起こしてみた。
 周囲を見回せば、そこは時間ができた時によく訪れる丘だとわかる。吹き抜ける風が頭髪を揺らすと同時に、眠気も運び去っていく。
「目は覚めた?」
 アーサーが状況を把握し終えたのを見計らって、ユークリッドは声をかけた。
「あ、ああ……!」
 頷きながら幼なじみの顔を見た途端、アーサーの脳裏に閃くものがあった。今日は久しぶりにできた時間を利用して、ユークリッドと海岸の方へ遊びに行く約束をしていたはずだ。待ち合わせの時間まで少しあったので、それまで、と思い、この場所に寝転んだ。そこまではよかったが、待ち合わせの時間どころか、空が落日色をおび始めているではないか。
「ごめん! ユークッ! もうこんな時間……!?」
 弾かれたように謝るアーサーに、ユークリッドはまるで怒った様子もなく、軽く手を振ってみせた。空いている方の手で、風に流れる長い髪を押さえる。
「気にしなくていいさ。起こさなかった、僕だって悪いんだから」
「本当にごめん……」
 アーサーは、心からすまなそうに言うと、双眸を伏せる。どこまでも真面目な幼なじみの姿に、ユークリッドの口元は自然とほころんだ。
「だから、気にしなくていいって。海には、また今度いけばいいさ。それより――」
 ユークリッドはそこで言葉を切ると、アーサーの顔を覗き込んだ。一見すると少女のように綺麗な顔立ちの友人の、その唐突な行動に、アーサーは小首を傾げながらも内心驚く。
「な、何?」
 幼なじみの少年は、傾けていた上体を元の位置に戻すと言った。
「アーサー、疲れているんじゃないか?」
「え?」
 突然持ち出された話題に、アーサーは一瞬反応が遅れた。ユークリッドは構わず語を続ける。
「何だか、疲れた顔をしてる。最近、頑張りすぎなんじゃないか?」
 アーサーもユークリッドも、正式にはまだ戦士ではなく、訓練生という立場にある。だが、すでに実戦に参加しているのが現実だ。それには、アクロイヤーとの戦闘が激化してきたことに原因がある。アーサーの兄・ゼットや、彼の親友・ソロモンといった、ミクロアースの誇る主だった戦士たちは、当然激戦地へと赴くため、どうしても手薄な場所ができてしまうのだ。そこでとられた対策が、訓練生の中から優秀な者を派遣し、戦力不足を補おうというものであった。実戦投入されたとはいえ、年齢や経験等から、アーサーたちの仕事は見習程度だ。が、それでも神経と体力をすり減らすには、充分である。そこへ普段の訓練が加わっては、疲労しない方がおかしい。
「まぁ、気持ちはわかるけどね……」
 ユークリッドは胸中で呟いた。
 早く一人前の戦士になって、兄たちの手助けがしたい。そう思い、アーサーは訓練にも実戦にも、できるだけ参加している。彼の日々は、それだけで忙殺されているといってよい。彼の心中は察していたが、それでは身体が保たないだろう、とユークリッドは危惧しているのだ。
 アーサーは、何でもなさそうな表情をつくろうとして、失敗した。実に曖昧な顔になる。
「――そんなことは……ないんだけど……」
 長い銀色の髪を風に遊ばせながら、ユークリッドはわざとらしくため息をついた。
「キミは嘘をつくのが下手だよ」
「…………」
 どこか照れたような顔で、少年は沈黙した。その背を軽く叩いて、銀髪の少年は笑う。
「何もキミひとりが、焦って強くなることはないさ。チームには僕も――僕でダメなら、他のメンバーだっている。みんなで戦えばいいじゃないか。ひとりじゃないんだから」
「――ユーク……ありがとう」
「どういたしまして」
 そう言って、ユークリッドはにっこりと笑ってみせた。
 と、その笑顔が急速に遠のいていく。
「……? ユーク……?」
 アーサーは手を伸ばした。が、伸ばされた手は、友人の身体を、そして銀の髪をすり抜ける。
「!? ユーク……!! ユークッ!!」
 悲痛な叫びが木霊する中、アーサーの意識は白光に包まれた。


 次にアーサーが気がつくと、そこは故郷の星・ミクロアースではなく、地球の、ミクロベースの中であった。開いた双眸に、心配そうに自分を見ている仲間たちと、目元に涙を浮かべた耕平の顔が映る。
「よかった、アーサー、気がついたか」
 真っ先に口を開いたのは、イザムであった。声にも表情にも、安堵の色が滲み出ている。その横でウォルトが肩の力を抜いた。
「一時はどうなるかと思ったぜぇ」
「全くなのである。どこか痛むところはないであるか?」
 エジソンが問いかけてくるが、アーサーは答えられない。状況が全くといっていいほど、わからないのだ。とりあえず、治療台から上体を起こした。するとたまりかねたように、耕平が抱きついてくる。
「こ、耕平……?」
「よかった、アーサー……僕、心配したんだから……」
「耕平……私は、一体……?」
 嗚咽を洩らす少年の背を軽く撫でてやりながら、アーサーは言った。イザムたちは互いの顔を見合わせると、アーサーの記憶が混乱しているらしいことを悟る。
「アーサー、キミはアクロイヤーの攻撃を受けて、吹き飛ばされたんだ」
「……僕をかばったせいだよ……ごめん、ごめん、アーサー……」
 イザムがあえて省略した部分を、耕平が涙混じりにつけ足した。相当責任を感じているらしい。
 アーサーの中で、記憶が繋がっていく。学校帰りに、アクロイヤーの姿を見かけたという耕平の知らせを受け、その場所に駆けつけたアーサーたちは、近くにあった簡易基地を急襲した。その際、アクロイヤーの放った攻撃が、物陰に隠れていた耕平の方へと飛んだのである。防げないと悟ったアーサーは、その攻撃に自分の身体をさらし――現在に至るわけだ。
「なかなか目を覚まさないから、心配したぞ」
 と、これはオーディーンである。口にこそしないが、彼の言葉がこの場にいる者たち共通の気持ちであるのが、それぞれの表情からわかる。
「すまない、みんな、心配をかけてしまった。――耕平、私はこのとおり大丈夫だ。だから、もう泣かないでくれ」
「うん……」
 アーサーの優しい声を受けて、耕平は彼から身体を離した。手の甲で涙を拭う。
 その様子を見、安堵しつつ、アーサーはぼんやりと夢に見た幼なじみのことを考えた。耕平の姿が、そうさせたのだ。控えめなところもあったが、芯に強いものを持っていた。ミクロアースの崩壊直前までともに戦ったが、その後の生死は不明である。
 と、耕平がアーサーの手をとった。
「来てみてよ、アーサー、凄い夕焼けだって」
 少年の笑顔につられて、アーサーの口元にも穏やかな笑みが浮かぶ。治療台から降りると、微かに足元がふらついた。それは本当に微かなものであったから、耕平は気づいていない。が、傍にいたイザムには見抜かれたらしかった。無言で身体を支えられる。
「ありがとう、イザム」
「どういたしまして」
 何気なくイザムが発した言葉に、アーサーは敏感に反応した。驚いたようにイザムの顔を見やる。これにはイザムの方も驚いた。自分は何かおかしなことを言っただろうか。
「どうかしたのか? アーサー?」
「い、いや、何でもない。ちょっと懐かしいことを思い出したんだ」
 イザムは小首を傾げたが、それ以上問おうとはしなかった。
 窓の外に広がる落日色の空と世界に、アーサーたちはそれぞれ見入った。夕日が視界から消えた後、アーサーは銀色の閃きが瞳をかすめたような気がした。
「……ユーク……!?」 
 軽く目を見開いて、アーサーは小さくその名を口にした。

『――みんなで戦えばいいじゃないか。ひとりじゃないんだから』

 そう言って笑ってくれた、幼き頃の友人の顔が呼び起こされる。いつも自分を気にかけ、ともに戦ってくれた。ひとりで行動したり、無茶をして怪我をした時などは、ひどく怒られたものだ。
「誰かを巻き込みたくない気持ちはわかるけれど、それでキミに万が一のことがあったら、僕たちはどうすればいいんだ!?」
 怒りながら、ユークリッドはいつも泣いていた。涙を拭っていた耕平の姿が、彼のことを考えさせた理由もここにある。
「また私は、キミを泣かせてしまったのかもしれないな……すまない、ユーク……」
 胸中でアーサーは友人に詫びた。ひょっとしたら、先ほどあのような夢を見たのも、無茶をした自分を心配した、ユークリッドが見せてくれたのかもしれない。
「もし、もし生きていてくれてるなら……もう一度逢いたい。キミはいま、どこでどうしているんだ……? ユーク……」
 深みを増していく空に向け、アーサーは声なき声で問いかけるのであった。



                       ――Fin――



 <あとがき>

・ミクロマン短編小説第二弾です。今回は風見野のオリジナルキャラ・ユークリッド(愛称・ユークですv そのまんまですが;)が登場しております。またも設定を好き勝手にしてしまい、すみません; 
 アーサーはいつもひとりで無茶ばかりするので、見ているこっちは気が気じゃありません; イザムくんたちはもっと切実に思っていることでしょう(^−^;)だから「ひとりで戦おうとしないでよ」と、言いたくて、このような作品ができたわけです。アーサーにうまく伝わっているかどうかは不安ですが; 
 ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。



                                                2002.10.13    風見野 里久