どこまでも続く、蒼い海。
 輝く太陽と青い空が見守る中、うねりを上げては砕け散り、また波に溶けてゆく。


 ――ビートローダーが白い飛沫を上げながら、蒼い海原を駆け抜ける。
ちゃん、大丈夫かい? しっかり掴まっててくれよ!」
 快活な笑顔を向けてくるウォルトに、は「うん!」と頷いて、彼の背にもう一度掴まり直す。
 その仕草が伝わってきた瞬間、ウォルトは微かに頬を紅くして、
「……何かいいよな、こうゆうのって」
 独り言のようにぼそっと呟いた。
「え? なに?」
「いや、別に何でもねぇさ♪」
 言葉の割には楽しそうな表情で、ウォルトはビートローダーのスピードを上げた。


 この日、いつものようにミクロマン基地へ来たは、丁度パトロールに出掛けるというウォルトに出会った。
 行く先を訊けば『海』だと言う。
「海? 海にもパトロールに行くの?」
「ああ。奴らはどこで何をしでかすか、判んねぇからなっ」
 素直に「そうなの…」と言うを、ウォルトは暫し見つめた後。
ちゃんも一緒に行くかい? イルカの友達に逢わせてやるぜ?」
 茶目っ気を含んだ笑顔で、誘ってみた。
「え? イルカ…!?」
 と、栗色の瞳を輝かせたの答えは、当然『行く』に決まっていた。



 ウォルトが「この辺だったよな……」とビートローダーを止めた海面で、暫く漂っていると、一頭のイルカが嬉しそうに泳いできた。
「よっ、久しぶり! 元気にしてたかっ?」
 勢い良く海へ飛び込んで泳いでいくウォルトに、イルカは「きゅいっ」、と実に可愛らしい声で答える。
「わぁ…本当だ、イルカさんだぁ…!」
 サイズは大きいが、イルカをこんな至近距離で見るのは初めてだったは、頬を紅潮させて感激した。
 に気がついたイルカは「きゅい?」と、まるで「だれ?」と訊くように近寄る。
 ウォルトは「オレ達の新しい仲間の、ちゃんっていうんだぜ」と紹介した。
 すると、「きゅい〜」と嬉しそうに身を擦り寄らせる。
「きゃ…! どうしよう…? 触ってもいいのかな…?」
 どこか不安そうなに、ウォルトは「だーいじょうぶだって!」と笑って言った。
 そ…っと手を伸ばして触れてみると。
 ――濡れたイルカの肌は、とても温かかった。
「わぁ…可愛い…!」
 イルカの温かさが手から心まで、身体中に伝わってきて、表情がほころぶ。
 当のイルカは、に撫でてもらえて喜んでいるようだ。
「ウォルトのお友達なの? この子」
「ああ。前にアクロイヤーとの戦闘でさ、この海でオレがピンチになった刻に、こいつが助けてくれたんだ」
 ――その一瞬、ウォルトの表情からいつもの明るい笑みが薄れた気がした。
(え?)
 がもう一度よく見てみた刻には、ウォルトは「な〜?」とイルカに笑いかけていて――いつもの彼に戻っていた。
 見間違えだったのかは判らないが、イルカと海に戯れるウォルトから、は何故か目が離せなかった。



 イルカが仲間の元へ帰った後も、ウォルトとはそのまま帰る気になれなかった。
 泳ぎ終えたが、ビートローダーに上がる。
「ひゃっほぅー!」
 光る水飛沫と一緒に、ウォルトは元気よく海から飛び出した。
「やっぱり海は最高だぜ!」
 サニーブラウンの髪に含まれた水分を、振り払うようにしながら言うウォルト。
 その仕草が犬や猫もよくやるなぁと連想したは、思わず笑みを零す。
ちゃんは、海は好きかい? 泳げる方?」
 ウォルトは身体の半分を海に浸したまま、ビートローダーの上に座るに尋ねた。
「うん。得意とは言えないけど、泳ぐのも海も大好きよ」
 微笑みながら答えると、ウォルトは安堵したような笑みを満面に広げる。
「そっか、よかった! やっぱいいよな、海は!」
 ウォルトは空を仰ぐように後ろ向きのまま、再び海の中へ身を放り込ませた。
 海の中で充分に『海の音』を聴いてから、ゆっくりと水の上へ戻る。
 青い双眸を閉じて、静かな波に身を浮かばせる。
「こーやって、波に揺られてるだけってのもいいしなぁ」
「…そうだね。私も、決まった泳ぎ方をするより、水の中へ自由に任せるのが好きな時もあるよ」
「あぁ、あるよな、そーゆう時! って、うわっ…!」
 がばっと起き上がろうとしたウォルトは、その弾みで海へ沈みそうになる。
 それがおかしくて、ふたりはどちらからともなく笑い合った。
「何だか楽しいね。パトロールなのに」
 のそれにウォルトは一瞬ぎくりとしながらも、
「いーんだよ、たまには息抜きしねぇとさ!」
 と、笑って取り繕う。
ちゃん、いつも頑張ってくれてるだろ?」
「え…?」
 ウォルトのその青い瞳がとても優しくて、の胸の奥が小さく高鳴る。
「絶対的なピンチの中にあったオレ達を助けてくれて……今も、一緒に戦ってくれてる。本当は、ちゃんがそうしなくてもいいようにするのが、オレ達の役目なのにな」
 最後に残ったミクロジウムに選ばれるまでは、という、地球のひとりの少女だったのに。
 いきなりアクロイヤーとの戦闘に巻き込んでしまい、助けてもらった挙げ句、今もその道を歩んでもらっている。
 自分達は、アクロイヤーからこの星と、そのすべての命を守るために来たのに――。
「ウォルト……私は大丈夫よ。だって、私が自分で決めたことなんだもの。そんな、深く気にしないで」
 は、少し淋しそうな顔をしているウォルトに微笑みかけた。
「でも、ありがとう。今日ここに……海に連れて来てもらって、すごく楽しかったし、嬉しかった」
「ほ、本当!?」
「うん! イルカさんにも逢わせてもらったしね」
 ウォルトの表情が、段々と輝き――彼らしさを取り戻していく。
 と、は「そうだ」と何か思いついたような顔をした。
「今度お礼に、何かお菓子でも作って持ってくるね」
ちゃんのお菓子!?」
「うん。今度はゼリーにしようと思うんだけど、それでもいいなら」
「やったぜ! オレ、ちゃんのお手製お菓子大好き!」
 無邪気に喜ぶ彼の様子に、は「よかった」と微笑む。
「サンキュー、ちゃん!」
 凄まじく喜んだウォルトは、海から上がった勢いのままに抱きついてしまう。
「きゃっ、ウォルト…!?」
 は予想もしなかった彼の行為に驚いた。
 頬が一気に紅く染まってゆく。
「――ッ!?」
 その刻、ウォルトが気づいたのはの複雑な心境ではなく、近づいてくる不穏な気配だった。
 身動きせずに視線を下へ向けると――蒼い海面の下に無数の赤い光。
「……ウォルト…?」
 何の反応も返してこないウォルトの名を、は小さく零す。
「――
「え…!?」
 今までとは違う、真剣で少し低い声。
 そして何より名前そのものを耳元で呼ばれたはドキッとした。
「まずい、囲まれてる」
「え…――!?」
 その言葉を聞いたも、視線だけを海へ向けてみる。
 波間にどんどん増えてゆく赤い光を見た途端、身を強張らせた。
、今から一緒に海の中へ入るぞ。オレが海の水で奴らを倒す。マグネスーツ着てるから呼吸は大丈夫だろ?」
「…うん!」
 は一つ頷いて、ぎゅっとウォルトに掴まる。
「行くぞ…ッ!!」
 鳥獣のマスクを装着し、ウォルトはを抱えたまま海の中へ飛び込んだ。
 ザバァンという水音と飛沫が上がった後、底へ沈んでいくウォルトとの周りに、赤い目をした魚型のアクロイヤーが迫り来る。
 今にも食いつこうとするその様はまるでピラニアだった。
『超磁力っ、スピン・トルネードッ!!』
 を抱えたのとは逆の左腕に装着したマグネアームから、マグネパワーを解き放つ。
 海水で造り出された巨大な渦巻きが、アクロイヤー達を殲滅していく。
「――…っ!?」
 激しい水の流れに巻き込まれないよう、ウォルトにしっかりと抱えられていたは、ふと顔を上げて、あるものを視界に捕らえた。
「ウォルト、あれ!」
 の声がして、ウォルトは上を見上げて彼女と同じ方向に視線を重ねる。
 すると、砕けていくアクロイヤー達より二回りほど大きな魚の姿をしたそれが、海面の上にあった。
「あいつが親玉か!?」
「ウォルト、さっきのもう一度やって! あいつは私が…!!」
 一瞬「…!?」とウォルトは驚くが、彼女の芯の強い瞳を見て、
「…わかった! 行くぜっ!!」
 彼女の身体を腕から解放した。
『スピン・トルネードッ!!』
 そして再び、水を操るマグネパワーを全開させる。
 ウォルトの左腕から巻き起こる海水が、を押し上げていく。

 激しい水流は、飛沫と共に、を海から空へ解き放った。

 勢いのまま飛来するの左腕に、マグネアームが現れる。
『超磁力マグネ・ホイッパァ―ッ!!』
 のマグネアームから繰り出された磁力の鞭が、アクロイヤーを打ちのめす。
 磁力の鞭に分断されるように、魚型アクロイヤーは海の上で爆炎した。
「きゃぁっ!!」
 は突然の烈しい熱風に吹き飛ばされ、海の中へ投げ込まれる。
 呼吸は出来る筈なのにそれも忘れて、強く瞳を閉じて息を止めた。
 自分の身が沈んでいく故に起こる水音が聴こえてきた後――海の中で、誰かにぎゅっと受け止められる。
(え…――?)
 そっと瞳を見開くと――それはやはり、彼だった。
 抱えられたまま、太陽が揺れる水面の上へと、ゆっくり上昇する。
 射し込んでくる陽射しはまるでオーロラのように揺れて。
 上昇するほどに、海は蒼から碧になってゆく――。
 ――やがて、ウォルトとは水の上へ出て、太陽の光を浴びる。
「やったな! すごかったぜ、!」
 鳥獣のマスクを解除したウォルトが、降り注ぐ陽光の如き笑顔で言った。
「そ…そう…?」
「ああっ、何かさ、こう……が海の中から空へ飛び上がった刻――」

 彼女の後ろへ飛び散る水飛沫が、太陽に煌めいて。
 光り輝く、翼に見えた。

「すげぇ綺麗で……海の天使って感じだったぜ」
「え…? え??」
 の頬が、段々と朱に染まってゆく。
「ハハッ、何言ってんだろうな、オレ」
 さすがに照れてしまったウォルトは「アクロイヤーも片づけたことだし、そろそろ帰ろうぜ!」と焦ったように言う。
「ああっ!?」
 ――振り返って、気づいた。
 海面上にほったらかしだったビートローダーは、本来の潮とウォルトが造り出した水流によって、遙か流されていたのだ。
「うわぁ〜! 何かあったらまぁたエジソンにどやされるぜ!」
 待ってくれとばかりに、ウォルトは未だ流され続けるビートローダーに向かって泳ぎ始める。
 その姿はまるで魚のようだった。
 は頬を染めたままぽかんとして、泳いでいくウォルトを見送るしか出来なかった。


 ――碧い海と同じ色の髪をしている君は。
 水の翼を纏った君は。
 あの刻、間違いなく海の天使で。
 きっとこれからも海の――きっと、オレにとっても、天使――。




               end.




 《あとがき》
 ウォルトくんドリーム第一段…です…が。ごめんなさい、別人っぽくて(苦笑)
 しかも「海って、これ今の時期?」って感じですよね;
 思いついたのは八月頃だったんですけどね(笑) 取りあえず書き終えられました。
 水帆がウォルトくんを好きな理由はたくさんありますが(声とかあの性格とかv)、
 一つのそれとして、彼が水を操る戦士で、水と海が大好き! というのがありますv
 なので今回は思いっ切り趣味に走り、好きに書かせて頂きました;
 ウォルトくんのイメージを壊してしまっていたり、もしも様が、泳げなかったり
 海が好きでもなかったりしたらすみません;
 本編中のイルカさんは、ウォルトくんがエンデバーに乗ったまま海底に置き去りっぽく
 なった刻(苦笑)に助けてくれた、あのイルカさんですv
 あのまま「ぱくん」とされなくてよかったと思いつつ(笑)、ウォルトくんがみんなの
 元へ駆けつけてくれた刻は嬉しかったし、カッコよかったと思いました…v

             written by 羽柴水帆




                    


海色天使