月と太陽に煌めく絹糸





 空から、明るく暖かく、照らされる地上。
 雲を運ぶ風も、空へ向かって伸びる木々も、穏やかで優しく、輝いている。
 アースジェッターと呼ばれる、小さな薄紫基調のマシンが、空と大地の間を飛んでゆく。
 七王子市から少々離れた、高尾根山に差し掛かった所で、一本の樹の枝に降りてくる。
「この辺で、少し休憩しようか? 
 白いマグネスーツのミクロマン――イザムは、美しく整った横顔を、後ろに乗せているミクロレディに向けた。
 彼の背にしっかりと掴まっているミクロレディ――は、「うん、そうだね」と頷いて、笑顔を返した。



「いいお天気だし、気持ちのいい日だね」
 が「うーん」と伸びをしながら言った。
「そうだな。風も空も、緑も、生き生きとしている」
 白い雲が浮かぶ青い空や、周りの樹々へ向ける、穏やかなイザムの群青の瞳。
 声も、表情も、すごく優しい。
 そんな彼に軽い心の高鳴りを感じたは、自身の瞳に、傍らの青年を映した。
 レモン・イエローの髪が、陽の光を受けて、更に輝いて見える。
 まるで月の色みたいだ、とが思った刻だった。
「あ、あの……ね、イザム」
 何かを思い立ったように、声をかける。
 イザムは「ん?」と、双眸を向けて訊き返した。
「えっと……やっぱり、いい! ごめんね」
「何だ? どうしたんだ? ?」
 言いかけたが、急にやめて謝ってくるに、イザムは群青の瞳を瞬きさせる。
「何か、言いたいことがあるんじゃないのか?」
「言いたいことっていうか……お願いってことになると思うんだけど……」
「別に構わないよ。何なんだ? お願いって」
 たとえどんなことでも、この少女の願いなら、イザムは叶えてやりたいと思っていた。
 彼の優しい声に、は暫し戸惑った後、『お願い』を口にする。
「あの、あのね。イザムの髪……とかさせてもらっても、いい?」
「……え?」
 ――それは、ちっとも予想していなかった『お願い』だった。
「や、やっぱり駄目だよね! ごめんね、急に。いいよ、忘れて!」
 イザムから返事が返ってこないので、は慌てて両手をぱたぱたと振る。
 心なしか頬が紅くなった気がした。
「いや、駄目とかっていうことじゃないよ。ちょっと驚いただけさ」
 ハッとイザムは我に返って、答える。
「え……じゃぁ、いいの?」
 は力一杯振っていた手を、ぴたりと止めた。
「女の子って、時々面白いことを言うんだな」
 くすくすとイザムは笑みを零す。
「構わないよ」
 承諾の言葉と共に、柔らかな笑顔を手渡した。
「あ、ありがとう、イザム!」
 の表情が一気に明るくなる。
 まるで、陽の光を受けて咲いた花のようだと、イザムは胸中で思った。



 学校帰りの途中でアースジェッターに乗せてもらったは、携帯しているブラシを鞄の中から取り出した。
「わぁ〜……やっぱりイザムの髪って、綺麗…!」
 軽くとかしただけで、さらりと流れるイザムの髪。
 はキラキラと、瞳も表情も輝かせる。
「そうかな?」
「うん、そうだよ! いつかチャンスがあったら、とかさせてもらいたいって思ってたの!」
 力を込めて言うに、イザムはまた笑みを零した。
 お菓子作りの他に、また彼女の少女らしい一面を見つけたようだ。
 ――ブラシの間を、さっと通る檸檬色の髪。
 それはやがて、紫を帯びた青色の後ろ髪へと移り変わっていく。
「イザムの髪って、不思議な色合いをしてるよね」
 素直に思ったことを口にしたは、その刻、前を向いているイザムの表情に一筋の翳りが差したことなど、気づかなかった。
「……まぁね。今までにも何度か……珍しがられたことがある」
「え? 他の星でも珍しいの?」
 小首を傾げて、は訊ねた。
 果てしなく広い宇宙の中には、様々な進化を遂げた星があるのだから、他にも色んな髪を持つ人が居るものなのだろうと、は無意識に思っていたのだ。
「少なくとも、オレが訪れたことがある星では、そうだったな」
 苦笑を含んだような、切なげな微笑みと声。
 表情はともかく、その声で、はイザムの様子を察した。
「イザム……?」
 彼の髪を梳くの手が、ゆっくり止まる。
(私、何かいけないこと、言った……?)
 瞬時に、は自分に問いかけた。
 そしてすぐに気づく。

『……珍しがられたことがある』

 イザムは、に気を遣わせたくなかったから、そんな言い方をしたのだろう。
 けれど、少し考えたら判る。
 珍しがられた、というよりも――偏見を受けたのかもしれない。
(私ったら、イザムの気持ちも考えずに……!!)
 は深い後悔に陥った。
「あ、あの、イザム! ごめんなさい…!」
 胸が苦しくなるのを感じながら、は謝ることしか思いつかなかった。
 ――いつだって、イザムは優しくしてくれたのに。
「え?」
 突然謝ってきたに、イザムは驚いた。
「私、イザムの気持ちも考えないで、無神経なこと言っちゃった……本当にごめんなさい!」
「いや、、そんなことは……」
 そんなことはないから気にするなと、伝えようとしたイザムに、彼女は気づかない。
「でも!」
 今、イザムの顔を見上げたら、堪えている熱い涙が零れてしまいそうだから。
 彼の顔を見れないまま、俯いたまま、言葉を送り出す。
「私、イザムの髪ってすごく綺麗だと思うし、好きだよ」
 ――心の底から、そう思っている。
 碧い髪の少女の言葉を受け止めたイザムが、群青の瞳を見開く。
 彼女が堪えている綺麗な雫に洗われた、純粋な想いが――今、届いた。
「……ありがとう」
 あたたかな想いの光が灯り、イザムはこの上なく優しい微笑みを浮かべる。
「え、あ、その……どういたしまして」
 驚いて顔を上げたは、安堵と共に、淡い鼓動を感じ取った。
 これ以上直視できなくて、視線をずらした少女の言葉が辿々しくなる。
「でも、オレは……」
 イザムは軽い笑みを零すと、そっと手を伸ばし――の髪を一房、指に絡めて。
の髪の方が、綺麗だと思う」
 彼の想いを、柔らかな声に乗せた。
 ――海の碧さと、森の緑を溶け込ませたような色。
 そして微かな陽の香りがする彼女の髪を、本心で綺麗だと思っていた。
「えっ……!? あ、そ、そんな……!?」
 一瞬時を止めてしまったは、かぁっと頬を朱に染め上げる。
 イザムもさすがに照れたようで、少女の碧い髪をそっと放す。
「……本当だよ」
 今の言葉と想いは真実だから。
 それだけは伝えたくて、イザムは静かに言った。
 暫くの間、高鳴る鼓動と火照る頬のせいで何も言えなかっただが――。
 やがて風の合間に、「ありがとう」と小さくつぶやいた。

 月の色をした彼の髪と、陽の香りを含んだ彼女の髪。
 まるで絹糸のように、優しく吹く風に、柔らかに揺れた。




                    end.




 《あとがき》
 有佐様に、キリ番7000でリクして頂いた、イザムくんドリームです;
 大変長らくお待たせしてしまって、申し訳ありません(><;)
 エピソードは割とすぐに思いついたのですが、タイトルが中々決まらなくて…(汗)
 水帆の場合、タイトルが決まらないと書けないんです(泣) すみません;
 イザムくんの髪は、色も含めて「すごーく綺麗だなぁ」といつも思っていたので、
 今回、こんなお話にしてみました。いかがだったでしょうか?;
 有佐様、きちんとキリ番の申告とリクをして下さったのに、大変お待たせしてしまって
 本当にすみませんでした(滝汗)
 そして、こんな私にリクして下さってありがとうございましたm(_ _)m

                      written by 羽柴水帆