――――それは、『命』有るものに、必ず訪れること。
       突然だったり、想いを遂げられた後だったり、様々だけれど。
           絶対に、必ず迎えてしまうこと――。




                     翼になれ




「――ん? あれは……」
 スパイヘリに乗ってパトロール中のオーディーンは、ふと視界を掠めたものに気づいてそれを止める。
じゃないか」
 見間違えるはずのない、碧い髪の少女。
 ミクロレディとして協力してくれている彼女は、普段は地球のひとりの少女だ。
 とても素直で優しく、こちらに分けてくれるほど暖かい笑顔を見せてくれる彼女だが……今、
オーディーンの瞳に映っているは、どこか浮かない顔をしている。
 漆黒の服に身を包み、俯いて歩いている彼女は、明らかにいつもと様子が違った。
!」
 オーディーンは、スパイヘリをの目線の高さまで降下させて、呼びかけた。
「あ……オーディーンさん…」
 は、ゆっくりと顔を上げてオーディーンの名を紡ぐ。
「どうした? 浮かない顔をして」
 オーディーンがそう問いかけてみると、色が無かったの表情が変わってゆく。
「……オーディーンさん……私……!」
 段々と悲しそうに翳りを帯び、栗色の瞳を涙ぐませたのだ。
「ど、どうしたんだ? 一体…!?」
 オーディーンは、ぎょっとしながらも事情を聞こうとした。
 が、その前にと、あることに気づく。
、取りあえずミクロ化して後ろに乗ってくれ。場所を変えよう」
 こんな道端では、誰に見つかるとも限らない。
 もそれに気づいて、「は、はい」と返事をして、目元を擦る。
 左右を見渡し、誰も居ないことを確認してから、ミクロッチのスイッチを押した。



「この辺ならいいだろう」
 そう言ってオーディーンがスパイヘリを降ろしたのは、とあるビルの屋上だった。
「大丈夫か? 
 スパイヘリを降り、屋上の地に座り込んだの隣りへ座りながら、問いかける。
 ミクロ化しただけで、服装はそのままのは、「はい…」と小さく頷く。
「ごめんなさい、急に泣き出したりして」
「いや、それは構わん。何かあったんなら、俺でよければ話してくれないか?」
「え…?」
 オーディーンの言葉に驚いたのか、は涙の溜まる瞳をぱちくりと瞬かせる。
 ――ここへ来るまでの間、オーディーンの背に掴まっていたの手は震え、微かだが涙声も響かせていた。
 オーディーンにとって、はただの『地球の少女』ではない。
 アクロイヤーとの戦いに巻き込んでしまった、自身達を助けてくれた、いわば『恩人』である少女だ。
 少しでも恩を返すためにも、出来るだけ力になってやりたい。
「勿論、俺でよければの話だぞ」
 苦笑するように笑いながら続けたオーディーンに、はすかさず「よければなんて、とんでもないです!」と首を横に振った。
 そして、「ありがとうございます…」と礼を言ってから、事情を話し始めた。
「実は……今日、私の同級生のお葬式に行って来たんです」
「…葬式?」
「はい。私の同級生の子が……この間、交通事故で亡くなってしまったんです」
 の表情が悲痛に俯く。
 オーディーンは、ようやく今日のの様子と、服装の理由を理解できた。
「知らせを聞いた時、色んな思いが巡って……ショックでした。同い年の子が亡くなるなんてこと、初めてだったし……」
 様々なことを思い返しているのだろう、は両手をぎゅっと握りしめる。
 更に俯いて――さらっと流れた碧い髪が、の顔を隠した。
「……すごく親しかったわけじゃなかったんです。あんまり話したこと無くて……でも、だからこそ、それが…悲しかった…!」
 ついに、の限界を突き抜けた。
 栗色の瞳から、ぼろぼろと涙が零れてゆく。
「彼女の家で、彼女の小さい時からの写真を見せてもらって…! バレエとかピアノの発表会の写真があって…! 私もやってたから、きっと、そのことで色々話が出来たはずなのにっ……! 仲良くなれたかもしれないのに……!!」
 ――何故いつも、後悔する刻になって、気づくのだろう。
 失われてから、出来なくなってから、そのものの大切さに気づくことが多い。
 嗚咽を漏らしながら、はハンカチを取り出して、ごしごしと懸命に目元を拭う。
 段々と強くなる彼女の手を、オーディーンが止めた。
「…オーディーンさん…?」
「無理に抑えることはない。泣きたい時は、思い切り泣いていいんだ」
「……っく……オーディーン…さぁん……!!」
 今まで、まるでコップに溜まった水が少しずつ零れているようだった、の涙。
 それが今、コップが倒れてしまったかのように、一気にあふれ出す。

 ――こんなに泣いたら、いけないと思っていた。
 そんなに親しかったわけじゃないくせに。
 仲良くしていなかったくせにと、そう思っていたから。
 彼女の親類、親友である人達に悪いんじゃないかと、思っていたから。
 でも――やっぱり、悲しかった。
 泣きたかった。

「同年の子が……一度は同級生となった子が死んでしまって、悲しみを感じるのは当然だ。何も間違っていない。泣いて悪いことなんかないぞ」
 ぽんぽん、と軽くの頭に手を置くオーディーン。
「オーディーンさん…」
 は、また驚いたように瞳を瞬きさせる。
「私……甘えてるって言われると思ってました」
「どうしてだ?」
「だって……オーディーンさん達は、『戦士』だから。私なんかよりも、もっとたくさんの『悲しみ』を経験して、乗り越えて来た人達でしょう?」
 戦士故に経験する、命が失われる『悲しみ』――。
 と、今度はオーディーンの方が驚いたようだった。
 が、そんなことを考えているとは思っていなかったらしい。
「そうかもしれないが……それとこれは違う。命の尊さは、誰のものも同じだ。失われた刻の悲しみもな」
 苦みというよりは、淋しさを含んだような笑みを、オーディーンは浮かべた。
「だが、確かに乗り越えることは必要だぞ。生きている限り、失われた命の分も生きなければならない。俺も今、そのために生きているとも言えるんだ」
「え? そのため…?」
 オーディーンは「ああ」と頷く。
 無言の内に、オーディーンが話をする番になった。
「俺には、アーサー達の他に、親友と呼べる戦士の仲間が居たんだ。とても強い奴だった。だが、アクロイヤーに利用されてしまってな……」
 オーディーンは、『親友』のことを話した。
『最強の戦士』と謳われた親友・ブリザークのことを――。
 彼は宇宙を漂流中、デモン・ブルーに掴まり、宇宙催眠を施されて地上を凍らせようとした。
 しかし、アーサー達と共に駆けつけたオーディーンが、必死にブリザークの意識を取り戻させ、地上凍結を阻止したのだ。
 けれど――それと引き替えに、彼の命は尽きてしまった。



「オーディーン…。俺は、お前の親友だな…?」
 横たわりながら、そう問いかけてきた『親友』に、「勿論だ」と答えると、
「そうか……」
 彼の顔に、薄らと光が射したような気がした。
 そして、『お守り』である半分に欠けたミクロジウムを手に。
「じゃぁな、親友……――――」
 自らの意志ではなかった凍結を溶かすために、力を使い果たしたのだ。



「昔、ブリザークにもらった『お守り』のおかげで、俺は、アクロイヤーから『親友』を取り戻すことが出来たんだ」
 ブリザークのことを思い出しながら話すオーディーンは、いつの間にか両の双眸を閉じていた。
「……『お守り』だけじゃないですよ。オーディーンさんの強い思いが、ブリザークさんに届いたんですね……よかった」
 涙を浮かべた瞳のまま、は両手を合わせて微笑んだ。
……」
 驚いたオーディーンが、再び双眸を開ける。
「あっ、ごめんなさい! ブリザークさん、亡くなってしまったのに…っ! あの、そうじゃなくてっ、ブリザークさんが元に戻ってくれたのが、よかったって言いたかったんです…!!」
 ハッとしたの必死の言葉に、「ああ、解っている」とオーディーンは深い笑みを零した。
 しかし、は後悔しているのか、未だ困惑したような表情をしている。
 そんな彼女を見たオーディーンは、もう一度、ぽんとの頭に手を置いて。
「お前はいい子だな、
 更に深く暖かい笑みを浮かべた。
「え…??」
 は、まるで父親か先生のような錯覚を起こし、目を丸くする。
 けれど、オーディーンがそれに気づくことはなかった。
「どうしてああなる前に、助けてやれなかったのかと……俺は自分を責めた。ブリザークを失った刻の悲しみは、今でも計り知れない……。だが、彼と出逢えたことを、彼と思い出を築けたことを、俺は誇りに思う。そして、ブリザークが命懸けで守り切ったこの星を、これからも守っていこうと……そう思うことで、乗り越えられたんだ」
 言葉を紡ぎ終えたオーディーンは、やはりひとりの『戦士』で、強い『人』だと、は思った。
「そう…だったんですか……。そうですよね。私も、彼女の分まで生きなきゃ」
 少し淋しそうな色を残しているが、雨上がりの虹のような微笑みを浮かべて。
 は、もう一度ハンカチで涙を拭った。
「ありがとうございます、オーディーンさん。話を聞いてくれて……お話してくれて。私ひとりだったら、きっとまだ悩んで悲しんで、泣いてばかりだったと思うから」
「なに、大したことじゃない。少しでも力になれたんなら、よかったよ」
「オーディーンさん……。――オーディーンさんって…」
 笑顔が戻ったに、オーディーンは「何だ?」と訊き返す。
「……いえ、すごく強くて優しい人だなぁって思っただけです!」
「…? そうか?」
 不思議そうな顔をするオーディーン。
 は「はい!」と頷いて、微笑を繰り返す。

 ――オーディーンさんって、お父さんみたい。

 何とか飲み込んだ、本当のそれを、心で呟きながら。



 ――下に広がる、七王子の街。
 埋め尽くすように立ち並ぶ、ビルの森。
 その彼方には、緑の山々。
「……今でもこの地球では、たくさんの『命』があふれて……生きているんですね」
「ああ、そうだな。そして…地球だけでなく、宇宙の星々に生まれた『命』一つ一つが、いつかは空へ還り、また新たな『命』として生まれてくるんだ」
「空へ……」
 オーディーンの言葉の一部を繰り返すようにして、は空を見上げる。
 晴れ渡った、何もかもを包み込む、青い空。

 ――――『命』有る者には、必ず訪れる終わりの刻。
 時を迎えた『命』は、身体を脱ぎ捨て、『魂』となって、空へ旅立つ。

「今の私に出来ることは、精一杯生きることと……『想い』を送ることぐらい、かな……」
 ぽつりと呟いたのそれに、オーディーンが力強く頷く。
「そうだな。『絆』がある限り、『想い』は空の彼方に居る彼女の元へ、届くだろう」
「はい…!」
 はしっかりと返事をして、祈るように両手を握り合わせた。

 ――たとえ、命が失われてしまっても。
 出逢えたこと、同じ時を過ごしたこと、絆を結べた『事実』は、『記憶』と共に、永遠に消えはしないのだから。



 ――――私の想い、翼になれ。
 遠い空の彼方へ届くように。
 羽ばたけ、飛び立て。

 翼になれ、翼になれ。

 想いよ、命よ、魂よ、翼になれ。
 光ある世界へと、再び生まれくる時のために――――。




              end.




 《あとがき》
 オーディーンドリーム第一弾……ですが。わっけ解んなくてすみません!(汗×2)
 実は去年の十月に、私と里久ちゃんの中学高校時代の同級生が、交通事故で亡くなって
 しまいまして…。その時に思ったことを、私なりに追悼も込めて書いてみました。
 バレエの発表会の写真のことなどは実話です。悲しかったです、すごく…。
 私もバレエをやってたので、話せばきっともっと仲良くなれたと思うんです。
 私なんかより、何でも積極的にこなし、一生懸命輝いて生きていた彼女……。
 彼女の分も、負けないぐらい精一杯生きていこうと思います。
 で、このお話のお相手に、何故オーディーンを選んだかと言うと…(笑)
 まぁ、一番『似合ってるから』というか…ブリザークさんのこともあったからですね。
 マグネパワーズ中、一番男らしい(と思う)オーディーンは難しかったです;
 水帆にとってある意味で難敵です(苦笑) イメージ崩してたらすみません(><;)
 お話のタイトルや、文章の最後の部分は、岩男潤子さんの『翼になれ』という歌を元に
 かじらせて頂いたものです;(←おいこら)
 本来は、歌っている本人がこれから旅立つ…という内容なんですけどね;
 何はともあれ; 読んで下さった様、ありがとうございましたm(_ _)m

 最後に――空の彼方の希ちゃんへ。今はどうか、安らぎの中にありますように。
 そして生まれ変わった刻は、希ちゃんらしく、またいっぱい輝いて下さい。

                              written by 羽柴水帆