信頼のカタチ





 地球の平和を守るために宇宙からやって来た、小さな身体に大きな力を秘めた戦士達。
 彼らが拠点としている七王子市は今日、よく晴れたとてもいい天気だった。
 ――ところが。
「もう完全に頭にきたのであーるっ!!」
 晴天に似合わない、苛立った声が上がる。
 そう叫んだ、宇宙一の天才科学者(自称)は、怒りながらミクロマン基地を飛び出した。




「まったく、結局いつもこーなるのである…!」
 何やらぶつぶつと文句を言いながら、エジソンはクラブドーザーで七王子市内の街を巡回する。
 特に行く宛もなく、パトロールでもなく、ぐるぐると回っていた。
「あら? エジソンさん?」
 ――とある民家の塀の上を走行中、ふと少女に声をかけられる。
「へ?」
 クラブドーザーを止め、振り向いてみると、そこにはミクロレディとして協力してくれている少女――が居た。
 どうやら学校帰りのようだ。
君…」
「パトロールですか? でもそれにしては何だか、前ばっかり見てるようでしたけど…」
 小首を傾げるに、エジソンは「い、いやぁその何と言うか…」とあさっての方を向く。
「……よかったら、今から家に来ませんか? 私、これからクッキー焼くんです」
 少しエジソンの様子を見ていたは、にっこりと笑って誘ってみた。
「それは楽しみなのである! ではお言葉に甘えて、お邪魔させて頂くのであーる」
 これ以上一人で苛立っていても仕方ないし、とも思い、エジソンは上機嫌になって彼女の後をついて行くことにした。



 と共に彼女の家へやって来たエジソンは、取りあえずクラブドーザーを彼女の部屋のベランダに置く。
「はい、どうぞ、エジソンさん。ちょっと待ってて下さいね」
 淡いピンクのエプロンをつけたは、エジソンに紅茶を出してからクッキーづくりに取り掛かった。
 エジソンは「すまないのである」と言いながら、ティースプーンを使って紅茶を飲む。
 しかし、が台所で作業を始めるなり、溜め息を零して考え事をするようにふけってしまうのだった。

「――で、一体どうしたんです? 何かあったんですか?」
 ふいにそう問いかけられて、エジソンは「え?」と顔を上げる。
 いつの間にか時間が過ぎていたらしい。
 はもう、クッキーの生地をオーブンに入れ終えたところだった。
「エジソンさん、ずっと何か考え事してたみたいだし……怒ってたみたいだから、どうしたのかなって思って」
「はぁ……そうなのである。君、聞いてくれるであるか?」
 盛大な溜め息を零したエジソンに、は「ええ、もちろん。私でよければ」と快い返事を返す。
「実は……――」



 ――ガシャーンッ!!
 エジソンが基地内のコンピューターのメンテナンスをしている最中、突然物凄い音が響いた。
「どうしたのであるか!? ウォルト!?」
 その音の発生源が、格納庫からであると判ったエジソンは、即現場に駆けつける。
 今日ウォルトは、故障してしまったビートローダーを、珍しく「自分で直してみる!」と張り切って修理に当たっていたのだが…。
「いや〜、悪ぃ悪ぃ。ここんとこの部品がどーしてもはまんねぇから、つい力入れちまってさぁ…」
 勢いあまって部品は飛び散り、当初よりひどく破損してしまったようだ。
「ウォルト〜〜〜! いつもいつも言っているのである! マシンは耕平達のプラモデルとは訳が違うのだから、ハメりゃいいってもんじゃないのであると!!」
 くどくどと始めたエジソンのそれを、ウォルトは「あ〜もう、だから悪かったって!」と聞き流そうとする。
「こーなったら、オレじゃどーしよーもねぇや。なぁ、エジソン。何とかしてくれよ」
 くるっとこちらを振り向いて頼んでくるウォルト。
「なっ、何であるかそれは…!?」
 調子のいいウォルトに、エジソンが何かを言い返そうとする。
「おい、今すごい物音がしたが、何があったんだ?」
 そこへ、何やら細長い道具を持ったオーディーンが入って来た。
「オーディーン! ウォルトが…! ――…って、一体、何を持っているのである?」
 怒りの経緯を話そうとしたエジソンは、ふと、オーディーンが片腕に抱えている物に気づいて尋ねる。
 するとオーディーンは、「ああ、そうだ」と言って、ここへそれを持ってきた理由を思い出した。
 その道具は、以前エジソンが開発した『ペンシルランチャー』だ。
 しかも――どうやら『壊れた』という前置きがつくらしい。
「すまない、エジソン。俺がいつも訓練に使っていたダンベルが無かったんで、これを使わせてもらったんだが……さっきうっかり壊しちまった」
 オーディーンはすまなさそうに頭を掻きながら、真ん中でポッキリと折れてしまったそれを差し出した。
「だ、だ、ダンベル代わりに使うとは何事である!? オーディーン!?」
 エジソンは、最初開いた口が塞がらないかと思った。
 大体、ダンベル代わりに使用したとしても、どうすれば真っ二つに折ることが出来るのであろうか。
 ――まぁそれだけの『力』を、持っているには違いないだろうが。
 いい加減エジソンがカリカリとし始めた刻。
「エジソン、ここに居たのか」
 美しき檸檬色と群青の髪を持つ、イザムも格納庫へとやって来た。
 彼も何やら機械を抱えている。
「いっ、イザム…!? そ、それはまさか…っ!?」
 彼の持ってきた『ある物』を目にした瞬間、エジソンは青ざめてしまう。
 それは確か基地の上層部に取り付けておいた、レーダーのアンテナの役割を果たしていた物である。
「すまない……オーディーンが訓練室を使っていたから、邪魔しちゃ悪いと思って基地の上で剣の素振りをしていたんだけど……」
 運悪く当たって、斬ってしまったらしい。
「き……君達〜〜〜っ!?」
 わなわなとエジソンは両手を震わせる。
「みんな、こんな所に集まってどうしたんだ?」
 と、その刻、マグネパワーズの若きリーダーが、パトロールを終えて帰って来た。
「アーサー!! いいところに帰って来てくれたのである!!」
 エジソンは、まるで救世主が現れたかのような心境だ。
 ――ところが。
 やれウォルトが何を壊した、やれオーディーンとイザムが…と、エジソンが怒りの経緯を話していると。
 アーサーは「そ、そうか…」と苦笑いを浮かべながら、何故か後ずさってゆく。
 それを不思議に思ったウォルトが、ひょいっとアーサーの後ろを見てみた。
「ん? アーサー、そのギャラクホッパー、壊れちまったのか?」
『――ッ!?』
 この場に居る、ウォルト以外の者の表情が凍りつく。
 仕方なしに語りだしたアーサーによれば、パトロール中に、何やら企み行動中だったアクロ兵に出くわし、一掃して来たらしい。
 アーサー本人は無事だったし、アクロイヤーの悪事も阻止出来たのだが、唯一の被害がそれ――ギャラクホッパーの破損だった。
 逃げ出したアクロ兵の残党が、帰り際に「せめてっ」とばかりにやっていったそうだ。
「……〜〜〜っ」
 がっくりと項垂れるエジソン。
 アーサーは「す、すまない、エジソン」と謝るのだが、彼は顔を上げない。
「それで……出来れば…修理を頼みたいんだが……」
 内心「まずいかなぁ…」と思いつつ、ひきつった笑顔で、アーサーは取りあえず頼んでみる。
 が、確かにまずかった。
「もう完全に頭にきたのであーるっ!!」
 ついにエジソンの堪忍袋の緒がぶちりと切れてしまった。
「こんな所、もう出ていくのであるっ!!」
 怒りの頂点に達したエジソンは、そう言い放って基地を飛び出して行った。



「――とゆーわけなのであるっ」
 話し終えたエジソンは、そう言ってティースプーンの紅茶を飲んだ。
 は二度ほど瞬きを繰り返してから、苦笑するように笑む。
「それは…大変でしたね」
「前にも似たようなことがあったのである」
 その刻はエジソン自身ではなく、皆を部屋(耕平の)から追い出したのだが。
「まったく、いつもいつも無茶ばっかりして、結局最後は僕に何とかしろって言ってくるのである。そりゃぁ、確かにそれが僕の役目なのであるが、何もみんな揃っていっぺんに壊してくることないのである!!」
 力一杯言い放ったエジソンに、も「確かにそうですね…」と頬に一筋の汗を伝わせる。
 確かに、彼らは仲がよくて息が合っているところがあるが、そんなところまで合わせなくてもいいと思う。
「でも、それはともかく……みんな、エジソンさんを頼りにしてるってことなんじゃないかな」
 苦笑するような笑みのまま、は頬杖をついて言ってみた。
 エジソンがハッとする横で、「みんないっぺんにってのは、まずかったと思いますけどね」と付け足す。
「それに……私も、そうだったから」
「え?」
 ふいに、憂いを含んだの声と表情。
 それに気づいたエジソンは、の顔を見上げる。
「私もあの時……みんなを助けるためにひとりで戦ってた時は、エジソンさんとの通信だけが、唯一の頼りだった」
 ――突然ミクロレディとして召喚されてしまった『』は、最初、何が何だか解らないことばかりだった。
 エジソンも、救出したミクロマンでさえも、ミクロジウムが無かったので戦いには参加出来ず、結局最後までひとりでやり遂げたのだ。
「す、すまなかったのである……地球の女の子である君に、あんな戦いをさせてしまって…」
 エジソンは再びハッとなって、心底すまなさそうな表情になる。
 は「あ、違います、そういう意味で言ったんじゃなくて…!」と、慌てて両手を振った。
「私も、エジソンさんにお世話になりましたって、これからも頼りにしてますって言いたかったの」
 にっこりと微笑む
君……」
「いつもみんなが頼りにしちゃって、大変だとは思うけど……みんなだって悪気があってやったわけじゃないんだから、どうか許してあげて下さい。ね?」
 から分けてもらったかのように、エジソンの表情に笑みが戻る。
「……そうであるな。僕もついカッとなってしまったのである。帰ったら僕も、みんなに謝るのである」
 エジソンのその言葉を聞いたは、「よかった」と言って安堵の笑みを浮かべた。


 クッキーの焼き上がりを知らせる音が、オーブンから鳴り響く。
 は「あ、出来たみたい」と言って、いそいそとオーブンの元へ駆けて行った。
「どうぞ、エジソンさん。焼きたてでまだ熱いですから、気をつけて下さいね」
 焼き上がったばかりの、ふんわりとした湯気と香りを漂わせたクッキーを、エジソン用に取り分けて彼の前に置く
「ありがとうなのであーる! では早速、頂くのである!」
 怒りなどもう完全にどこかへ行ってしまったエジソンは、上機嫌でクッキーを食べようとした。
 が、その刻、ピコンピコンと、彼の左腕のセンサーが音を鳴らす。
「ん? これは……?」
 ――それは、『ミクロステーション』の反応を示すものだった。
 が先程開けておいた窓の方を見やれば、ミクロステーションが真っ直ぐにこちらへ飛んでくる。
 やがてミクロステーションは、の部屋のベランダに少々荒々しく着地した。
「エジソン〜〜ッ!!」
 そして、中からまず一番に飛び出してきたのは、ウォルトだった。
「ウォルト? 一体どうして…」
「どうもこうもあるかっ! お前の居場所を捜してみたらっ…――!」



 ――エジソンが基地を飛び出してから。
 アーサーの「やはり、捜しに行った方がいいんじゃないか?」という言葉から、そんな話が始まった。
「平気平気。あいつだって馬鹿じゃねぇんだから、頭が冷えたら戻ってくるだろ。ほっとけばいいって」
 ウォルトにそう言われても、やはりアーサーは心配そうだ。
「一応、連絡してみるか?」
 と、イザムは言ってみたのだが、ウォルトの「多分出ねぇんじゃねぇの?」という言葉に「あり得る…」と思って諦める。
「なら、ミクロジウムディテクターで検索ぐらいはしておけばいいんじゃないか?」
 オーディーンのその提案に、「そうだな」と頷いたイザムは、早速検索を始めた。
「ん? これって……」
「どうしたんだ? イザム」
 検索結果を表示するミクロジウムディテクターを、アーサーも後ろから見やる。
「ここって確か、の家じゃないか」
 青いドーム状の中の街。
 その一点の上で、彼の居場所を示すミクロジウムの反応。
「なっ、何ぃ〜〜〜ッ!?」
 イザムに告げられた検索結果を聞いた途端、それまで我関せず状態だったウォルトの態度が一変したのだ。



「人に散々心配させといて、自分はちゃっかりちゃん家で手作りクッキーまでごちそうになってるってぇのはどーゆーことだよエジソンッ!?」
 エジソンの両肩を掴んで、がくんがくんと揺さぶりながら、息継ぎもせず問い詰めるウォルト。
 イザムは呆れたような冷めた瞳で「心配、ね…」と呟く。
「落ち着いて、ウォルト。クッキーなら、まだたくさんあるから」
 の言葉に、ウォルトは「ホント!?」と振り向き、エジソンを掴んでいた手をパッと放す。
「だぁっ!? ぐっ!?」
 おかげでエジソンは、テーブルにツーバウンドしてしまった。
「でもその前に、みんなすることがあるんじゃないの?」
 ウォルトが飛びつこうとしていたクッキーの皿を、ひょいっと持ち上げて言う
 皆は一瞬、「え…?」と顔を見合わせるが、すぐに「ああ」と納得したような表情になる。
「悪かったよ、エジソン」
「すまない」
「すまなかった」
 ウォルト、イザム、オーディーンが順に謝る。
「本当にすまない、エジソン。私達は、君に頼りすぎていたようだ」
「アーサー…みんな…」
 皆からの謝りの言葉を聞いて、起き上がり、立ち上がったエジソンに自然と笑顔が浮かんでくる。
「僕の方こそ、ついカッとなって怒ったりして悪かったのである。さっきはあんな風に言ってしまったであるが、マシンの修理、メンテナンスは僕の役目である。みんなまた、壊れた物があったら持ってきてほしいのである」
「エジソン…!」
 五人に笑顔の輪が戻る。
 それを、も微笑ましく見届けた。
「よかった。いつものみんなに戻ってくれて。さ、どうぞ」
 お待たせ、というように、クッキーの皿を皆の前に置く。
「ひゃっほぅ! 待ってたぜ!」
 早速飛びついたのは、やはりウォルトだった。
 アーサー、イザム、オーディーンも、そのままわいわいとクッキーを囲む。
「……何だかクッキー欲しさに謝ってきたよーな気がするのは、僕の気のせいであるか?」
 その様子を見ながら、呆れ顔をして呟くエジソン。
 は、くすくすと笑い声を零す。
「でも、みんなちゃんと捜しに来てくれたじゃない?」
「…そうであるな」
 それも何だか、エジソンが『の家に居たため』だったような気もするが――。
「では、僕もクッキーを頂くのであーる!」
 まぁいいかと思い、エジソンもクッキーを囲む皆の中へ入っていった。

 ――彼らを繋ぐ『絆』は、もうしっかりと築かれているから、大丈夫。
 たとえ、目には見えなくても。
 言葉にはしなくても、感じることが出来る。
 それが、彼らの信頼のカタチ――。




                    end.




 《あとがき》
 一応エジソンドリーム…のつもりです(笑) アーサーやイザムくん、ウォルトくん
 とは勝手の違うお相手だったので、大分苦労しました(苦笑)
 TV版エジソンの役回りとか……ゲーム版の色ーんな思いを込めて書きました(笑)
 空中基地でガンボディと戦うハメになった時、エジソンに通信したら「こんな所に
 ガンボディが居るとは驚きである!」なんて返ってきましたからね;
 「あんたはいいよ、驚いてりゃ!」とか思いました(サポートしてよ、みたいな/笑)
 デモンレッドを追いかけろとか、結構好きなこと言われたりして(苦笑)
 今では笑い話ですけど。あのゲームはちょっと辛かったなぁ…。特にラストが…;
 ――って、まぁ、そんな訳あってこのドリームを始めたんですけどね!(笑)
 大好きなTV版と、ゲーム版の両方を織りまぜたこのドリームのシリーズ。
 まだまだ続けて行きたいと思いますので、よろしければお付き合い下さいませ;

                                     written by 羽柴水帆