――――今でも憶えている。
かつて、群青の瞳に映ったのは――。
たくさんの流れる星の光を受けて咲く華と、
青白い月明かりを受けて輝く一面の砂漠だった。
星の華、月の砂
は軽やかな足取りで、学校帰りの道を歩いていた。
――と、その刻。
「あら…?」
上空を、見覚えのあるマシンが横切っていく。
白と紫色をした飛行マシン――アースジェッターだ。
「イザムー!」
それに乗っていると思われる彼の名を、は呼びかけてみたが――何の反応も無く、アースジェッターは飛び去ってしまう。
「……聞こえなかったのかしら」
首を傾げてそう言うと、向こうから「ちゃーん」と元気な少年の声が聴こえた。
「耕平くん!」
彼もどうやら学校帰りのようだ。
「どうしたの? こんな所で立ち止まったりして」
「うん…実はね、今、イザムのアースジェッターが通ったんだけど…呼んでみても返事がなかったの。聞こえなかったみたいね」
耕平はの言葉を聞いて、考え込むような顔をした。
「……そういえば『イザムがまたスランプみたいなんだ』って、この前アーサーが言ってたなぁ…」
「え? スランプ?」
「うん。前にもあったんだけど、イザムってスランプになっちゃうと、とことん悩んじゃうみたいなんだよ。話しかけても上の空って感じで、駄目なんだ」
「そうなの…」
耕平の話を聞いて、はアースジェッターが飛び去ってしまった空を見上げた。
――いつものようにミクロマン基地へ来たは、ベルタに「イザムは訓練室で剣の訓練中よ」と聞くなり、そちらへ向かった。
(イザム、喜んでくれるかなぁ?)
いそいそと訓練室へ向かうの手には、小さな鉢が大事そうに抱えられている。
それは白く可憐な花――スズランの鉢だった。
訓練室には、白いマグネスーツのミクロマン――イザムひとりしか居なかった。
竜を思わせるマスクを装着した彼は、愛剣・超磁力ソードを構える。
男性にしては少し高めな声を勇ましく上げて、ひたすら空を斬り裂いてゆく。
――かつてアクロイヤーにこの基地を襲撃され、壊滅的な危機を負わされた時。
彼には、どうすることも出来なかった。
それはイザム一人に限ったことではないし、彼のせいでもない。
だが戦士として、剣士として、悔しさと共に「これではいけない」という強い思いが沸き上がったのである。
そして――その危機から自分を救ってくれた、のこと…。
『』という地球の少女に救い主の役をさせてしまったこと、戦いに巻き込んでしまったことに、イザムはこの上ない悔しさと謝罪したい気持ちでいっぱいだった。
自分が未熟だから――と、イザムは自分を責め、戒め、剣を振るう。
「はぁぁッ!!」
思いを貫くように、イザムは渾身の太刀筋を振り下ろした。
と、丁度その刻――!
「イザム――…えっ、きゃ!?」
間の悪いことにミクロレディである少女が訓練室へ入ってきた。
イザムの剣が、紙一重でのそばの空を斬る音が靡く。
「なっ、!?」
突然のことに、イザムは慌てて剣を引っ込める。
しかし驚いた勢いでの身体は後ろに傾き、手から鉢がこぼれ落ちる――!
「!!」
イザムの声がした後に、ぱしっ、どさっと二つの受け止める音。
更に、マスクの解除音も聴こえた。
「大丈夫か? …!?」
床への衝突を免れたが、そぉっと目を開けると――竜のマスクを解除した、彼の素顔が間近に映った。
豊かで繊細なレモン・イエローの髪。
綺麗な顔立ちの、濡れたような群青色の双眸が、心配そうにを映している。
は頬を朱に染めて、暫し見惚れてしまった。
が、彼の蒼い瞳と自身の栗色の瞳がぶつかって、ハッと我に返る。
「えっ…あ、えっと、あの…!」
自分の状態をやっと把握できたは、また頬を染めて慌ててしまった。
――咄嗟のことだったが、イザムは右手で鉢を、左腕でをほぼ同時に受け止めたのである。
つまり、今は彼の腕の中に居るのだ。
「?」
「あ…うん、大丈夫…! ごめんね…!」
綺麗な顔立ちをしている彼だが、腕は歴とした『男性』なのだと感じて、はまともに顔を向けられなかった。
「いや、オレの方こそすまない。訓練に夢中になっていた」
イザムは彼女の心中に気づかず、ゆっくりと身体を起こしてやる。
「そういえば、これは?」
そして右手に受け止めた小さな鉢を、彼女に手渡しながら問いかけた。
「あ、それ、イザムにプレゼントするつもりで持って来たの」
「オレに…?」
が彼の手に戻すようにして言うと、イザムは群青の瞳を見開く。
「うん……イザム、最近元気ないって聞いたから…。イザム、お花とか植物好きでしょ? これ、私がいくつか育てた内のひとつなんだけど、『スズラン』っていうの。『幸福が訪れる』っていう花言葉もあるのよ。――イザムに元気出してほしいなぁって思って…」
少し俯き加減に話すを見るイザムは、暫く驚いているようだったが――やがてその美しい面立ちは和らいだ。
「…すまない。ありがとう、」
その言葉と笑顔に、は「よかったぁ…!」と、表情を輝かせる。
「『スズラン』か……可愛い花だな」
自分に対して言われたわけでもないのに、はドキッとしてしまった。
彼の口から『可愛い』と紡がれると、何だか鼓動が高鳴ってしまう。
と、イザムがの方を振り向いて。
「――みたいな花だ」
とても優しい笑顔を見せた。
「えっ…!?」
は、かぁっと紅く染めた頬を両手で押さえる。
彼のその笑顔があまりに優しくて、何より『可愛い』と言われたことがの鼓動を高鳴らせたのだ。
そんなに小さく笑い声を零して、イザムは「…そうだ」と何か思いついたような顔をした。
「、ちょっとついて来てくれないか?」
「え?」
「お礼がしたいから」
不思議そうに小首を傾げるに、イザムはまた優しく微笑んだ。
訓練室を出たイザムの後をがついて行くと――イザムが世話をしている植物達が置いてある温室へと辿り着いた。
「わぁ、植物がいっぱい…! 全部イザムが世話してるの?」
「ああ」
の言葉に答えてやりながら、イザムは部屋の奥にあるガラスケースを開けて――中の瓶をそっと取り出した。
「、君にこれを受け取ってほしい」
「え…?」
イザムに差し出されたそれに、は暫く目を奪われる。
青白い砂と、そこに根を下ろして咲く、白金色の華。
それが、差し出された瓶の中に在った。
「すごく綺麗……これは…?」
「星の華と月の砂さ」
きょとんと首を傾げるを見て、イザムは「それだけじゃ判らないよな」と少し苦笑する。
「これは、地球とは別の、アクロイヤーに攻められていたある惑星の砂漠に咲いていた華なんだ」
――かつて、アクロイヤーによって故郷の星を滅ぼされた後。
アーサー達と出逢い、地球に来る前までにも、イザムは様々な惑星でアクロイヤーと戦ってきた。
その時に見つけた、夜の砂漠に咲いていた華。
「……あの時も『オレは未熟だ』って迷い悩んでいてね…夜の砂漠を歩いている途中で、ふと見つけたんだ」
イザムは懐かしそうに瓶の中の華を見つめてから、そっと双眸を閉じる。
「今でも憶えてる。花は、蒼い夜空を流れるたくさんの星の光を受けて咲き、砂は、青白い月明かりを受けて輝いていた。そして、オレを励ましてくれたんだ」
花は、きらきらと零れるように輝いて華になり、
砂は、刻と共に優しい夜風に乗ってさらさらと流れた。
「その華と話した刻、『記念に』って、この華をもらったんだ」
「そうだったの……でも、大切な思い出の華でしょ? 私がもらってしまっていいの?」
心配そうにが尋ねると、イザムは何故か「え?」と瞳を見開き――そのまま視線を横にずらす。
「…いいんだ。元々、誰かにあげるためにもらった華だし……君に受け取ってほしい」
心なしか頬を淡く染めて、イザムは優しく微笑んだ。
は「そ、そう?」と少し首を傾げるが、
「ありがとう、イザム」
にこっと嬉しそうに笑顔を零した。
それを見たイザムは慌てて「あ、ああ」と答える。
「そ、そうだ、この華は太陽にあてるのも勿論だけど、月と星が大好きな華だから、なるべく夜にも外に出してあげれくれ」
イザムは早口でまくしたてて、「う、うん」とが頷いたのを見ると、
「じゃ、じゃぁオレは訓練に戻るから…! スズラン、ありがとう、大事に育てるよ」
まるでその場から逃げるように、赤い顔をしながら温室を後にした。
「…イザム、どうしたんだろう??」
おそらく照れてしまっているのだろうが……その意味を、はまだ完全に理解していなかった。
「、イザムには会えたの?」
もう帰ろうかという刻、基地の中でベルタに会った。
が「はい」と頷くと、
「…あら? 、それは……」
ベルタはの持つ瓶の中の華に気がつく。
「あ、これ、さっきイザムにもらったんです。大事な思い出の華なのに…」
「……イザムが、あなたにあげるって言ったの?」
「はい」
暫く驚いたような顔をしていたベルタは――やがて、優しい微笑を浮かべた。
「そう、よかったわね。イザムも、ようやく巡り逢えたってことなのね…」
どこか嬉しそうなベルタに、は「え? どうゆうことですか?」と尋ねる。
「だってね、イザム、前に私にその華を見せてくれた刻――」
「――華に言われたんです。『いつか、心から守りたいと思える大事な人に贈るように』と……」
「って、言ってたわよ」
ベルタの言葉に、の表情が止まる。
「………え……えぇっ??」
一瞬の間を置いて、驚いたは頬を紅く染めた。
ベルタは「あら? 聞いてなかったの?」と意外そうな顔をする。
「い…イザム…!」
別れ際の彼の様子が、ようやく理解できたは、彼女自身も頬と胸の奥が熱くなるのを感じた。
――その夜、灯りを消した部屋の中。
は開いた窓辺に華を置いた。
たくさんの星達と、たったひとつの月。
金と銀の光を散りばめた夜空を、は華と一緒に見上げる。
「……おやすみなさい……イザム」
この優しい明かりを灯す、同じ夜空の下に居る人に、はそっと告げた。
――少女を見守る華は、柔らかな夜風に小さく揺れた――。
end.
《あとがき》
イザムくんドリーム第一段でーす; お気に召して頂けたでしょうか??
彼の美しいイメージを壊してたらごめんなさい(><;)
このタイトルは何かの歌用に思いついたやつでしたが、イザムくんのドリームを
考える内、こっちに決めました。何かイザムくんって、夜の砂漠って似合いません?;
水帆の勝手なイメージかもしれませんが;
とにかく綺麗に仕上げようと頑張ったのですが……イザムくんよりも、よっぽど
水帆の方が未熟ですね。スランプにならないまでも、彼を見習って日々精進して
いきたいと思います。
written by 羽柴水帆