花はやがて実りとなる
暖かな陽射しが長く差し込んでくる。
風が冷たくなければ、さほど寒くもなくなってきた季節。
イザムはミクロマン基地の屋上で、珍しくのんびりと寝転んで、春めいてきた陽射しを浴びていた。
しかし、その表情はどこか浮かない。
悲しそうというよりは、何かを憂いているようである。
イザムは、ふとここまで持ってきた鉢を見やった。
元気な枝葉と、青い花と、桃色の実をつけた、小さな鉢。
「……どうだっただろう……――?」
地球上の植物ではないそれを軽く手に抱いて、イザムは青く晴れ渡った空を見上げた。
ばたばたと、ミクロマン基地に慌ただしい足音が響く。
「ベルタさん! あの、イザムがどこに居るか知りませんかっ?」
その足音の主が判ったベルタは「あら、?」と、意外そうな顔をした。
彼女が大抵ここへ来る刻はミクロレディの姿なのだが、今日は普段の姿のまま、ミクロ化しただけの状態で来たのだ。
「イザムならさっき、屋上に行くって言ってたけど……」
「屋上ですね、ありがとうございます!」
答えを聞くなり、は屋上へ続いているエレベーターへと駆けていく。
まるで風が去ったような後で、ベルタはくすっと軽い笑みを零した。
「……どうやら、いい結果が出たみたいね」
――この季節、は受験を控えていた。
さすがにミクロレディはお休みしていたのだが、試験の少し前まで、イザムには頻繁に会っていた。
本番ではない試験の時、すごくあがってしまって結果が出せないことがあったのだ。
そのせいで不安になってしまい、比較的仲のいいイザムに相談していた。
「――心配ないさ、」
「え…?」
不安げに顔を俯かせていたに、イザムは極力励ますような声で言った。
「今回はちょっとあがってしまっただけだろ? 君は、やるべき時にはきちんとやれる人だよ。今までだって、ずっとそうだったじゃないか」
が経た、ミクロレディとしての戦い――。
「どんなに辛くても、困難なことがあっても、あきらめない心を君は持っている」
アクロイヤーのどんな熾烈な攻撃や仕掛けにも、は挫けず、ミクロマン一人一人の救出に来てくれた。
は決してあきらめず、そして負けなかった。
「イザム……でも…」
励ましてくれる彼の言葉や心遣いが嬉しい。
けれど、やはりまだどこかで、心の中に不安が影を落としている。
そんな彼女を見たイザムは、暫し『それ』を言おうか言うまいか迷った。
「……それに、がすごく頑張ってること……オレは知ってる」
何とか言えた言葉。
少し照れ気味なイザムの『それ』に、は「え?」と小首を傾げる。
実は、ミクロレディとして協力してくれている彼女の近辺は、マグネパワーズやチェンジトルーパーズが分担してパトロールをしているのだ。
イザムも何度か担当したことがあるから、が毎日夜遅くまで勉強をしているのを知っていた。
「も、花は好きだろ?」
と、イザムはその辺の説明もせずに話題を変えた。
「え? う、うん」
てっきり今の言葉について説明してくれるものだと思っていたは、急に話が変わってしまったのに少し驚きつつ、こくんと頷く。
イザムは青い花の小さな鉢を、そっと両手で持った。
「花を育てるのと同じさ。水をやって、陽に当てて……頑張って育てていけば、いつかは花は咲いて、実を結ぶ。は、今まで何度もそれを成し遂げてきた」
綺麗な瞳、優しい声。
の鼓動が小さく高鳴る。
イザムは、青い花の小さな鉢を、の両手に手渡す。
「大丈夫。きっとうまくいく」
そして鉢を持つの両手ごと、ぎゅっと包み込んで言葉を紡いだ。
「イザム……!」
の瞳が潤み始め、表情が輝き出す。
「うん、ありがとう…!」
にようやく微笑みが戻った。
「この花、よかったらあげるよ」
微かな安堵の吐息をついたイザムは、優しい笑顔を浮かべながら言う。
「え? いいの?」
青い花とイザムの顔を交互に見比べながら、訊ねる。
イザムは穏やかな表情のまま、「ああ。『お守り』だ」と頷いた。
「ありがとう、イザム……! 私、頑張るね!」
――そうして、は受験に一層の努力を注ぐことを決意したのである。
「イザムっ!!」
檸檬色と群青の髪を風に靡かせていたイザムは、ハッとして振り向く。
すると、風が吹いてくる向こうから、気になって仕方なかった少女が駆けてきた。
「…!?」
立ち上がって、イザムも彼女の方へ駆け寄ろうとする。
「受かった、受かったよ、私!!」
しかしそれよりも早く、がイザムの両腕にしがみついた。
「ほ、本当か? !? やったじゃないか!」
「うん!!」
イザムから、から最高の笑顔があふれ出す。
春の太陽に負けない輝きが、ふたりを包んだ。
「おめでとう、。よく頑張ったな」
イザムは心の底からの微笑と祝いの言葉を、に手渡す。
「ありがとう、イザム…! 私がここまで頑張れたのは、イザムのおかげよ」
も心の底から、感謝の想いを伝えた。
「そんな……オレは何もしてないよ」
ふと、イザムの表情が翳る。
何も出来なかったよ、と本当は言いたかった。
励ましたり、言葉をかけることでしか、手助けできないのが悔しかった。
それ以上どうしようもないことを、解っているだけに――。
と、はびっくりしたような顔をして、頭を振った。
「ううん! イザムが私を勇気づけてくれたから、頑張れたのよ。私、イザムにいっぱい甘えちゃって……いっぱい助けてもらったわ」
ぎゅっとイザムの右手を、両手で握る。
段々と、の表情が微笑に変わっていく。
「試験の日……イザムがくれた花の花びらを一枚、本当に『お守り』としてもって行ったの。ご利益バッチリだったよ」
最後はとても楽しげに言った。
イザムも「…!」と、ようやく表情がほころぶ。
「本当にありがとう、イザム」
もう一度、は心を込めて礼の言葉を紡いだ。
イザムは少し照れたように笑って、「……どういたしまして」と返す。
「本当によかったな、。おめでとう」
そして、彼もまたもう一度、心からの祝辞を添えた。
にっこりと微笑んで、「うん、ありがとう」と答えたを見て、イザムは「そうだ」と思い出す。
「ほら、この花、実がなったんだ」
ここへ持ってきていた青い花の鉢を、イザムは手にとって見せる。
「あ、本当だ…!」
は、青い花の横になった桃色の実を、栗色の瞳に映した。
「多分、の花も、明日にはなると思う」
イザムにそう言われて、「ほんと? 楽しみっ」と喜んだは、再び桃色の実に視線を戻す。
「……何だかハート形みたい。可愛い実だね」
興味津々に見つめるに、「そうだな」と言いながら、イザムはハート形に似た桃色の実の一つを茎から採った。
「……これは、の今までの『努力』だよ」
実を差し出しながら、言葉を紡ぐイザム。
「え……?」
不思議そうに、は瞳を瞬きさせる。
イザムの表情は、この上ないほど優しくて綺麗だった。
「種に土をかぶせ、水をやり、光を当てて、花を咲かせて……努力を実らせることが出来たんだ。これと同じだろ?」
「う、うん……そう、だね」
イザムの微笑みがあまりに優しすぎるから。
段々と正視できなくなって、は視線をずらすためにもと深く頷いた。
「これもあげるよ。合格のお祝い」
「あ、ありがとう…!」
イザムの手から、桃色の実はころんとの両掌に転がり込んだ。
「な…何だかもらってばっかりで悪いなぁ……」
合格を一番に伝えなきゃということばかりが、頭を占めていた。
はお礼に何かもってくればよかった、と後悔し始める。
「いいんだよ。が合格できたって知らせが、何より嬉しかったんだから」
「イザム…! で、でも…それじゃぁ、やっぱり悪いよ……」
相変わらず優しいんだから、と思いながら、困ったような顔をする。
するとイザムは、暫くじっとを見つめた。
「……そんなに言うんなら、一つ頼もうかな」
「う、うん。何? 私が持ってるものだと……」
はイザムが気に入ってくれそうなもの――と思い浮かべようとするが、
「いや、いいんだ。『もの』じゃないから。がそうしててくれれば」
と、イザムは早々に言い切った。
「え? そうしてて…って?」
立ってればいいの? と首を傾げるのそばに、イザムがゆっくりと歩み寄る。
やがて、は軽く腕を引かれて。
(え、え? イザム――?)
イザムの胸元に倒れ込むかと思った、その瞬間。
前髪をかき分けられた額に、ふわりと優しいキスが贈られた。
「いっ、い、イザムっ…??」
の頬が真っ赤に染まる。
イザムも紅く染まった顔をパッとそらして、「…ごめん」とだけ呟く。
そして青い花の鉢を手に、二、三歩だけそこから離れて。
「……今日は、本当におめでとう。また何かあったら……頼ってくれ。オレは、の味方だから」
それだけ言い残すと、早足で階下へのエレベーターに向かい――瞬時に彼の姿は屋上から消えた。
――桃色の実をぎゅっと握りしめたままのは、ぺたんとその場に座り込む。
「……今日、眠れるかな……??」
鼓動の高鳴りがおさまらない。
仄かな熱が残る額を軽く押さえて、は恥ずかしそうに呟いた。
――種は、土から芽を出して。
水と陽の光を浴びて、風に揺られて。
花を咲かせ、やがては実りとなる――――。
end.
《あとがき》
鈴加様にキリ番6000でリクして頂いた、イザムくん創作第二作目ですっ!
きゃぁ〜、すみません〜; 私に書かせるとこうなってしまいます(///;)
『イザムに受験合格を祝ってもらう』とのことでしたが……何とも(汗)
一応祝ってはもらってるんですが……イザムくんがニセ者ちっくで申し訳ありません;
タイトルや、それに沿った文章は、水帆の大好きな高橋直純さんの『siempre』という
歌からヒントを得ました。って、それはいいのですが…;
こんな話となってしまいましたが、よろしかったでしょうか?;
これでも鈴加様へのお祝いを込めたつもりですっ(><;)
すみませんでした、鈴加様; そして受験合格おめでとうございます!!
こんな私にリクして下さって、ありがとうございましたm(_ _)m
written by 羽柴水帆