……紅に染まった葉が、舞い落ちる。
「突然のことで、信じられないかもしれないけれど、『ここ』はあなたたちから見て、未来にあたる場所。百年後の『京』なんだ」
この時代の龍神の神子の言葉に、は思わず息を呑み、藍の双眸にを映したが、親友である少女は冷静であった。
場所は同じ京。
だが、その上には百年の時が流れ――。
滅びが近づいていた……。
泰継は仲間たちの面上を、ぐるりと眺めわたす。
「――この時空は、死に魅入られている」
光は告げた。
『滅びを望む歪んだ魂、それが全てを狂わせる。強大にして、凄絶な魔を生む』
は頭上を仰いで叫ぶ。
「待って下さい! どういうことなんですか!?」
影は唇の端をつり上げ、くつくつと低く笑った。
「……これでわかっただろう? この時空を救うことなど、もはや何者にもできぬ。貴様らのしてきたこと全てが、無駄なあがきだったのだ」
無惨にえぐられた大地に、花梨たちは倒れ伏していた。投げ出された四肢は、ぴくりとも動かず、細かな砂塵が降り積もっている。生きているかどうかさえ定かではない。
――迫り来る、崩壊の刻……。
「無理に、とは言わないけれど、できるだけはやく、私たちを元の時空に帰してくれないかな……? 私たちがこうしている間にも――!」
「随分な言い草だな。お前たちがきたせいで、ただでさえ切迫しているこの京が、もっと大変なことになった、っていうのに」
の言葉を遮るかたちで、イサトが怒気も露わに言い放った。思わぬ方向からぶつけられる感情に、藍の双眸を持つ少女は怯えたように身をすくめた。
「を責めないで!」
は親友をかばって身を乗り出す。
『とどめられた時間。分かたれた空間。――時空の限界は、近い』
蠢く闇、そして謎……。
「――随分と、好き勝手やってくれたじゃない……!」
の声が震えた。恐怖のためではない。ろくな抵抗もできない人々を襲った異形どもと、それを予知しながらも未然に防げなかった自分自身に対する怒りのためだ。
「絶対に、赦さない――!!」
邪気と瘴気、そして血臭を含んだ生温い風が、短い紺の髪を揺らす。前髪の下から覗く若葉色の双瞳が、抑えても抑えきれぬ怒りをはらんで輝いた。
錫杖と太刀が激突し、無数の火花を散らす。互いの顔が至近に迫り、は黒髪の娘の双眸に宿る、尋常ではない殺意に身震いする。
「どうして、どうして私たちを憎むの――!?」
「お前がそれを言うか……っ!?」
娘が腕を一押しすれば、空癒の少女の身体は軽々と吹き飛ばされた。地面を転がる少女に、黒髪の娘は猛然と突きかかる。
「――妹を、私の妹を、殺したくせにっ!!」
藍の双瞳が見開かれ、突き出される白刃が映り込んだ。
氷のように冷たい手が、時見の少女の顎を掴む。漆黒の外套に包まれた、顔のある部分は深い闇への入り口のようであった。
『――これは始まりの終わりにして、終わりの始まり』
若葉色の双瞳に、それまでとは違った光がよぎる。
「その言葉、前にも……!」
漆黒の肩が小さく揺れる。それが笑っているのだとが気づいたのは、ややあってからだ。
『いずれ――わかる。嫌でもな』
百年後の時空を救うため、とは――――!?
長い豊かな髪を持つ姫は、かすかに震える声で言う。
「どうか、どうか信じて。私は、この京を救いたかっただけなの……!」
『お前たちの力、試させてもらおう』
言い終えると同時に、それが大地を蹴る。が『蒼穹』を持ち上げたのは、ほとんど無意識であった。重い衝撃が弓を伝って腕に走り、堪えきれず時見の少女の身体は大きく傾いだ。それはすかさず腕を伸ばすと、彼女の首元を掴み、力任せに地面に叩きつける。
「かはっ……!」
息の塊と苦鳴が洩れる。痩身からは考えられぬ、凄まじい膂力であった。叩きつけられた瞬間、地面に無数の深い亀裂が走ったのである。
それが上体を捻った。次の瞬間、先ほどの首を掴んだ手が、今度は『翠嶺』を受け止めている。は渾身の力で錫杖を動かそうとするが、びくともしない。
「このっ……!」
白い顔に汗が流れる。その様子を見、それはわずかに笑ったようだ。
『――脆弱だな』
嗤笑混じりの言葉が耳にとどいた時には、の両足は大地に別れを告げていた。それは腕一本で、空癒の少女の身体を『翠嶺』ごと持ち上げる。と、その背に、青き光が弾けた。衝撃に乗じて、は両足を跳ね上げる。細い足がそれの胴をしたたか蹴りつける。少しはこたえたのか、漆黒の外套に包まれた身が、わずかによろめいた。そこへとの放った一撃が、左右から撃ち込まれる。
『貴様らっ……!』
「――私たちの力、試したいんでしょう?」
煮えたぎるような眼光を真っ向から受け止め、は口元を不敵に歪めた。
青年は長剣を肩に担ぐように持つと、肩ごしにイサトを見やった。
「いいか、孺子。何かを『護る』ってことはな、口でいうほど簡単じゃねぇんだ」
銀の髪が風に揺れ、同色の双瞳が強い光を放つ。
「いまのお前の『強さ』じゃ、護れるものなんて、何にもねぇよ」
「なっ……!?」
思わず足を踏み出しけかたイサトを、彰紋が慌てて制する。銀の髪の青年の間合に、不用意に入るのは危険だ。
「悔しかったら、強くなれよ。見せかけでも、口だけでもない、本当の『強さ』を手に入れて、護ってみせろよ。大事なもの、全部をな――」
青年の顔に浮かぶ、どこまでも真っ直ぐで、それでいて、寂しそうな微笑みに、イサトは思わず相手が敵であることを忘れた。
命の限り創られる、運命の螺旋。
二人の少女は、果たして導なき時代の光となれるのか――――!?
が必死で手を伸ばせば、藍の瞳の少女が両手でそれを包み込む。
「――……ありがとう。大好きだよ、」
だから、もう泣かないで。
どうか笑っていて――。
「私も……大好きだよ、ちゃん」
は笑った。それは、ほとんど泣き笑いにも似た笑顔だった。
「今日が、この時空の命日だ――!!」
狂気に満ちた嘲笑とともに、影は両手をひろげて天を仰いだ。
――――流転時空草紙――――
『……未来を決めるのは、お前たちだ』
