雪光り‐純白の約束‐





 ――――目映い白の世界。
 真冬の京に降り積もった雪は、朝陽に反射してきらきらと輝く。
 まるで、白い空に散りばめられた星のようだ。


 将軍塚という、京の洛東に位置する場所へ、二人の少年少女が訪れる。
「わぁ…まぶしい…」
 その一人――龍神の神子と呼ばれていた少女は、片手で目の前を軽く隠しながら呟く。
! ほらっ、早くこっち来いよ!」
 もうすでに丘を登り切った赤い髪の少年――イノリは、ぶんぶんと大きく手を振りながら、待ちきれないようにを呼んだ。
 ――京に平和をもたらし、使命を果たしたは、共に戦ってきた八葉の一人、天の朱雀である彼と想いを実らせた。
 そして、「この京に残ってほしい」という彼の願いを、彼女も同じ想いだった故に受け入れたのだ。
 初めて一緒に迎えた新年、冬。
 雪景色に染まった京を見ようと、この丘に訪れたのである。
「うっわ、冷てぇ!」
 しゃがみ込んで雪をかき集めては、身震いするイノリ。
 口ではそう言いながら、しかし表情は極上に嬉しそうだ。
 真っ白な雪の中で戯れる彼は、炎のような赤い髪を持つ故、とても目立つ。
 雪が冷たい――そんな当たり前のことを素直に喜ぶイノリが、純粋で、彼らしくて……は何だか嬉しくなって微笑んだ。
「あっ、今オレのこと、子供っぽいと思っただろ!?」
「そんなことないよ、多分…あれ? そうなのかな…?」
 雪が冷たいことを純粋に喜ぶ、というのは、いい意味で「子供っぽい」とも言えるのだろうか――と思ったは、否定するつもりが首を傾げてしまう。
「あのなぁ〜!」
 イノリはかき集めていた雪を手玉にとって、に向かって投げた。
「きゃ! イノリくん!?」
 の右腕辺りに命中させたイノリは、「へへん」といたずらが成功した子供のような顔をする。
「もぉっ…!」
 も負けじと雪玉を作り、「えい!」とイノリに向かって投げつけた。
「わ!? 冷てぇ…! やったなぁ!」
 先にやったのは自分なのだが、仕返しとばかりにイノリは両手に雪を集め始めた。
 だが、投げようとした瞬間、それより早くの次の雪玉が顔に命中する。
「うわっ!? ぐっ……!?」
 そのせいで、頭上まで持ち上げた巨大な雪玉が、そのままどさっとイノリの上に降り注がれた。
 雪に埋もれ、まさに雪だるま状態になってしまったイノリを、は悪いとは思いつつも笑ってしまう。
 雪の中から這い出て来たイノリも、何故か怒るよりも先に込み上げてきた笑い声を零し、と共に笑い合った。


「あ〜、楽しかった。雪合戦なんて久しぶり」
「たまには、こーやって遊ぶのもいいよな」
 雪見どころか雪合戦になってしまった状況を、もイノリもそれなりに楽しんだ。
 疲れも重なって、もう慣れてしまった冷たさの雪の上に腰をおろす。
 現代の街に降っていたような――霙混じりですぐに溶けてしまうような雪ではないので、座ってもあまりべたつかないのだ。
「……あ、そうだ」
 は、幼い頃、雪合戦や雪だるま作りの他にやっていた雪遊びを、もう一つ思い出した。
 どさっと、空を仰ぐように後ろに身を倒す。
 そして二度ほど、両手と両足を広げて閉じた。
 イノリは「…?」と、不思議そうな顔をする。
「できた!」
 楽しそうに言って、は起き上がった。
「ほら、イノリくんも見てっ」
 と、イノリの手を引きながら、彼と共に立ち上がる。
「小さい時にお父さんとお母さんに教えてもらったの。『天使』だよ」
「…『天使』…?」
 白い雪の絨毯に窪んだ、翼を持つ『天使』の形。
「何だ? その、『天使』って…」
「う〜んと……こっちの世界で言うと、『天女』と同じようなものかな」
 イノリは「天女…」と、小さく繰り返す。
「そう。翼を持った、天の使いの人のことね」
 はそう答えてから、「懐かしいなぁ…」と微笑んだ。

「――っ!!」

 突然、イノリがの名を叫んで。
「えっ…?」
 の腕を掴み、引き寄せ――ぎゅっと強く抱きしめた。
「い、イノリくん…!? ど、どうしたの…??」
 いつの間にかイノリの腕の中に閉じこめられたは、驚いて新緑の双眸を瞬きさせる。
 頬が淡く染まり始めた。
 しかし、イノリはを抱きしめたまま、ぎゅぅっと腕に力を込めるばかりだ。
「イノリくん? ね、ねぇ、イノリくんったら…!」
「……あ、悪ぃ」
 ようやく我に返って、イノリは腕の力を緩める。
 軽い吐息をついてから、「一体どうしたの?」と、はもう一度訊ねた。
「その……何て言うか……」
 彼らしくない歯切れの悪い様子に、小首を傾げる
 大きな緑の瞳で見つめてくるに、イノリは「…笑わないでくれよ」と言ってから言葉を零し始めた。
「お前が、消えちまうような気がしたんだ。いや、元の世界に……還っちまうんじゃねぇかって思ったんだ」
「え…?」
「お前は、『龍神の神子』だから。お前は、龍神の……天の使いだろ?」
 京を救うために、天より舞い降りた龍神の神子。
 がいくら「違う」と言っても、やはり京の者から見れば、彼女は『天女』のような存在である。
 そんなの口から『天女』という言葉が零れて、「懐かしい」と言われて――その後の微笑みが、淋しそうに見えて。
 途端にイノリは、が元の世界を恋うて還ってしまうような気がしたのだ。
「イノリくん……」
 が、静かにイノリの名を零す。
「わ、悪かったな、子供っぽくて!」
 誰もそんなことを言っていないのに、赤面しながらそっぽを向くイノリ。
 に「どうしたの?」と問われて、すぐに答えられなかったのも、それが理由のようだ。
 は、イノリが子供っぽいとか、それとは違う理由で、柔らかい笑みを浮かべる。
「そんなことないよ、イノリくん。嬉しい」
 今度はの方からイノリに抱きつき、その背をゆっくりと抱きしめる。
…?」
 イノリの頬が余計に火照り、鼓動が早鐘を打ち始めた。
「でも、大丈夫。私はどこにも行かないよ。ここが、私の居場所。イノリくんのそばが、私の……居たい場所だから」
 願いを込めるように、はイノリの胸元に顔を埋めた。
…!」
 イノリの表情が輝き出す。
 嬉しそうに、大切そうに、再びを抱きしめる。
「今の言葉、忘れねぇからな! 絶対……約束、だからなっ」
「…うん」
 嬉しくて、涙があふれそうになる。
 その『約束』の証のように、イノリはそっとの額に唇を落とす。
 優しいそれを受けたも、大切な彼の頬へと口づけを送った。


 ――まだ春も遠い寒空の下。
 眩しい太陽の光に煌めく、純白の雪の上で。
 汚れなき『約束』を交わしたふたりを包む空気だけは、暖かな春の色に染まっていた。




               end.




 《あとがき》
 紗理亜様にキリ番3000でリクして頂いた、天朱雀(イノリくん)創作です!
 イノリくん創作としては、第二作目となりますが……如何だったでしょうか?;
 実は、紗理亜様にリクして頂いた数日後に、新宿での直純さんのイベントに行ってきたんですが…。
 その時に直純さんが、北海道からいらしたファンの方に「雪積もってるでしょ〜?」、
 「雪の厳しさは知ってますよー(笑)」と話されて…。
 「でもこの間、東京に雪が降った時は、朝五時に起きて飛び出しちゃいました(笑)」
 とのトークに、『雪に戯れるイノリくん』が彷彿としてしまったんです(^^;)
 『天朱雀ならどちらでも可』とのことでしたが、あの直純さんはどう見てもイサトくんより
 イノリくんだったので(笑)、イノリくんにさせて頂きましたv
 直純さんもイノリくんも、本当に元気な人ですよね(笑)
 こんなお話となりましたが、よろしかったでしょうか? 紗理亜様?;
 ものすごく遅くなってしまって、申し訳ありませんでした(><;)
 そして、リクして下さってありがとうございました!m(_ _)m

             written by 羽柴水