心に深く、響く声





 ――この日は、ぽかぽかとした陽気のいい日だった。
 暖かな春の陽射しに包まれた街並み。
「……あ、あれ? あれぇ?」
 今の季節に相応しい桃色の髪をした少女が、人通りの多い歩道で立ち止まり、辺りを見回し始める。
「い、イノリくん…!? どこ行っちゃったの??」
 桃色の髪の少女――は、春の新芽のような緑の瞳を凝らして、きょろきょろと首を左右に向けた。


 遙かなる時空の中での戦いを終えて。
『京』というひとつの世界を救った龍神の神子――と、天の朱雀・イノリは互いの想いを実らせることが出来た。

『好きなヤツと離れ離れになったら、幸せになんてなれない』

 と、言い切った彼は、元の世界へ還ると共に生きることを望み――。
 そして、共に還って来たのである。


 ――そうして還って来た『現代』で。
 春の休日に、ふたり仲良く出掛けていたところだったのだが。
 がふと気づいた刻には、大切な彼の姿が無くなっていたのである。
「もう…。イノリくんったら、いつの間に居なくなっちゃったんだろ…?」
 ここへ来てからというもの、見るものすべて、何もかもが初めてなイノリはどんなことにも興味津々で。
 常に目を配っていないと、すぐどこかへ行ってしまうふしがある。
 は「しょうがないなぁ…」と思いながら、彼を捜そうとした。

「お――い! ――っ!!」

 しかしその刻、遠くから大きな声が響く。
 の大好きな、彼の声。
「イノリくん!? って、あれ? イノリくん、どこ…!?」
 後ろの方から聴こえたと思ったは、すぐに振り返ってみた。
 だが、行き交う人混みしか映らず、その新緑の双眸を丸くする。

「ここだ! ここだってば、――っ!」

 もう一度聴こえた彼の声。
 そして、今度は大きく手を振りながらぴょんぴょんと飛び跳ねてくれたおかげで、は彼の姿を見つけることが出来た。
「え!? イノリくん、何でそんな所まで…!?」
 は驚いて再び目を丸くする。
 が今居る現在地点より、信号付きの横断歩道を二つ渡った先の――歩道橋の上に、彼は居たのだ。

「今行くから! 絶対、そこから動くんじゃねぇぞぉ――っ!!」

 再び大きく通る声で叫び、イノリは歩道橋を降りるべく走り出した。
 ――こちらから行こうかと思ったが、「動くな」と言われたのだから仕方ない。
 は、おとなしく素直にその場で待つことにした。
(でないと……)

『動くなって言ったじゃねぇかっ!』

(……って、怒られちゃいそうだし)
 けれど、「だって、イノリくんに早く会いたかったんだもん」と、正直な想いを口にしたらどうゆう反応を返してくれるだろう?
 そんなことを考えながら、は微かに笑みを零した。
 と、その刻――。
「ねぇ、君。可愛いね、高校生?」
「ヒマでしょ? 俺達と遊びに行かねぇ?」
 十七、八歳くらいの二人組の少年に声をかけられてしまった。
(うわっ、なんぱ…!? ど、どうしよう…!?)
 思わず振り返ってしまったは、けれどしっかりと首を横に振る。
「あ、あの、結構です! ヒマじゃないし…!」
「いーじゃん、行こうよ」
 としては懸命に断ったつもりなのだが、少年達は当然の如く退かない。
「いえ、あのっ……か、彼と待ち合わせしてるからっ」
 内心「しつこい!」と思いつつ、は後ずさりながら言い切った。
 だが、信じられないらしい彼らは、更にのそばへと歩み寄る。
「まーたそんな、嘘ばっかり」
「さっきからずっと一人じゃん。どこに居るの? そんな奴」

「ここに居るぜ」

 ――突然、少年達の後ろから少し低い声が響いて。
 ハッとしたと少年達の間に、一瞬の沈黙が流れる。
 そこには他の誰でもない、イノリが、少年達を睨みつけながら立っていた。
 は「イノリくん!」と、彼の名と共に安堵の吐息を零す。
「何なんだよ、お前ら。に何の用だよ!?」
 ずいっとの前に割り込み、彼女を背に庇って、強い声と双眸を向けるイノリ。
 燃えるような赤い瞳。
 有無を言わさないような、強い声。
 少年達は、無意識の内に後ろへ下がってゆく。
「い、いや、別に大した用じゃねぇから…!」
「そ、そうっ! ちょっと声かけただけで…!」
 乾いた笑顔を引きつらせながら言う少年達に、イノリはイライラしたような顔をして。
「用が無ぇんなら、とっとと行けよっ!!」
 怒りとも威嚇ともとれるほど強い表情と声で、言い放った。
 まさにしっぽを巻いて逃げるという言葉が相応しく、少年達は瞬時にその場から退却していく。
「イノリくん…!」
 もう一度安堵の吐息をついたは、イノリに礼を言おうする。
 しかしイノリは「行くぞ、!」と言っての手を掴み、ずんずんと歩き出してしまう。
「あ、イノリくん…!?」
 は彼に引っ張られるまま、ついて行くしかなかった。



 ――人通りの多い街なかから少し離れた、公園の中まで来て、イノリは足を止めた。
 やがての手を放し、くるっと振り返る。
! お前、勝手にオレから離れるからあんなことになるんだぞ!?」
「…へ?」
 今度こそ礼を言おうと思っていたは、振り返って言われたそれに言葉を失ってしまった。
「そ、そんなっ、イノリくんの方が居なくなっちゃったんでしょぉ?」
「違う! お前がちゃんとついて来なかったんだ!」
 果たして、どちらの言い分が正しいのかは判らない。
 しかしイノリもも、互いがはぐれたのだと思い込んでいた。
「だ、だって……だって……!」
「えっ?」
 段々と俯き、涙ぐんでいくに、今度はイノリが言葉を失った。
 ――今、の心には様々な想いがあふれ返っているのだ。
 イノリとはぐれてしまった淋しさと、突然見知らぬ少年達に声をかけられて生まれた、不安。
 ようやくイノリと会えて、助けてくれて。
 嬉しいのに、怒られてしまって。
「気がついたら…イノリくん、居なく…なって…たんだ…も…!」
 頭の中が混乱してしまうように感じて、は、ぽろぽろと涙を零し始めた。
「わっ、わかったよ! オレが悪かった! だからっ……泣くなよ」
 イノリは慌てての両肩を掴んで――自分の元へ引き寄せた。
「…ごめん、
 またやっちまった、というような顔をしてイノリは謝る。
「お前……大丈夫だよな? あいつらに、何もされなかったよな?」
 イノリの肩に顔を埋めて泣いていたは、「う…うん」と少し顔を上げる。
「ごめん、本当に。オレ、焦ったんだ。いつの間にかお前が居なくて、ようやく見つけたと思ったら変な奴らにからまれてたから」
 を想う気持ち、自分への不甲斐なさ。
 一緒くたになって、一気に吐き出してしまった。
 ――不安だったのは、きっと、イノリも同じだった。
「だから、また……怒鳴っちまった。ごめんな、
 心底すまなさそうな顔で、『本当は大切なのに』という想いを込めて、イノリはを抱きしめる。
「ううん……平気。この涙はね、そんなイノリくんがすごくらしくて、ほっとしてるからでもあるの」
 怒りやすいけど、悪かったと思ったらすぐに謝ってくれる。
 それは彼の心が素直だから。
 彼が、のことを想ってくれているから。
「ありがとう、イノリくん。助けてくれて。すごく、嬉しかった…」
 先程から言い損ねていたそれを、はやっと紡ぐことが出来た。
 すると、イノリの頬が紅く染まってゆく。
「れ、礼なんかいらねぇよ。お前を守るのは、オレの役目で……オレの願いなんだから」
 口にしてから途端に、更に照れてしまうイノリ。
 咄嗟に離れようかと思ったが、左肩にはしっかりとがもたれかかっていて。
 離れるに離れられず、せめてと赤くなってしまった顔をそっぽへ向けた。

 ――ドキドキと高鳴る鼓動が聴こえる。

「………イノリくんの声って、不思議」
 暫くぼぅっとしていたは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
 未だ頬を染めたままのイノリが「な、何がだ?」と訊き返す。
「私を見つけてくれた刻も……さっきも。すごく、安心出来た」
 柔らかな微笑みを向けてくるに、イノリは「?」マークを浮かばせることしか出来ない。
「うん、いつもそう。イノリくんの声って、いつもどんな刻も、私の心の中へまっすぐに飛び込んでくる」
 怒る刻も、泣く刻も、笑う刻も。
 イノリの声は、の心の奥深くへと強く響いてくる。
 空から長く射し込んでくる、暖かな太陽の陽射しのように。
「ん……と。つまり…何だ? どうゆうことなんだ?」
 イノリとしては『自分の声』のことだから、上手く理解出来ないようだ。
 先程の、を軟派してきた少年達(年上な筈)を追い払えたのだって、きっとそれのおかげでもある筈なのに。
 涙の雨あがり。
 は、くすっと小さく笑う。
「ふふ、つまりね。私は、イノリくんの『声』が、『イノリくんそのもの』って感じだから大好きってこと!」
「お、オレの……声が…オレそのもの…って……??」
 イノリはに言われた『言葉』が、嬉しいけど難しくて。
 何とも言えない表情で、頭を悩ませる。
 はまた微笑みを零して、そんなイノリの胸元にもう一度しがみついた。


 ――それはきっと、彼の『想い』そのものだから。
 いつも、どんな刻も。
 太陽のように暖かくて、優しい『声』は。
 心の奥深くへと、強く強く、響いてくる――――。




                   end.




 《あとがき》
 お初のイノリくん創作ですv(笑) 読んで頂けたら解ると思いますが、直兄ネタです!
 いえ、正確には『直兄の声』ネタですね(^^;)
 直純さんのお誕生日がきっかけで、「誰か直兄声キャラのお話を書きたい…!」と思い、
 一番最初に巡り逢った直兄声キャラである、イノリくんのお話にしてみましたv
 直純さんの声って、本当に『心に強く深く響き、残る声』だと思います。
 可愛いけどカッコイイ声。暖かくて優しい声。歌でもお芝居でも、すごくすごく、心に響いてきます。
 どれだけ癒やされて、救われたか判りません。
 直純さんの『素直』で『純粋』な『心、想い、魂』が込められているからですよねv
 つくづく、直純さんって「自分の魅力を最大限に発揮している人」だなぁと思います。

 今回はイノリくんにしましたが、他の直兄声キャラのお話も挑戦してみたいですね。
 今のところ、イノリくんとイサトくんの、『天の朱雀』だけなので…。
 ワームモンとかvv キャズとか?(まさか/笑) 何にせよ(笑)
 これからも直純さんの『声』を聴いて、直純さんを応援していきたいと思います♪
 読んで下さって、ありがとうございましたv

              written by 羽柴水帆