秋色の風――きみがくれたぬくもり――





 秋の色に染まった京の一角を、平穏とはおよそ縁のない音が揺るがせる。その発生源は「怨霊」と呼ばれるもの。いまこの京のいたるところに現れては、その土地を穢し、そこに在る全てのものの安寧を脅かしている。
 炸裂音とともに短い悲鳴が上がり、少女の身体が地面に倒れ込んだ。
「花梨っ!?」
「神子殿!?」
 長身の青年二人の声が、ほぼ同時に発せられる。ひとりは平勝真、いまひとりは源頼忠という。ともに龍神の神子――高倉花梨を護る八葉だ。
 花梨はすぐさま起き上がると、痛みを押し隠して言った。
「私は大丈夫です! それより怨霊の方を――!」
 袖から覗く細い腕に、赤い筋が流れる。手首から指先へと伝うそれは、大地の表面に小さな斑点を描く。
 勝真は軽く唇を噛み、迷いを振り切るように怨霊へと向き直った。鬼の姿をしたそれは、地の青龍の身体を縦横ともに上回っている。もっとも、その程度のことで怯むような彼ではなかったが。
「頼忠! 一気に決めるぞ!」
「ああ!」
 応えて天の青龍が地を蹴る。その背に向け、勝真は愛用の弓をひき絞った。帯電する青の光が、矢となって放たれる。虚空に軌跡を描いて飛ぶそれは、そのままいけば確実に頼忠に命中するだろう。が、瞬間、頼忠の長身が横に跳んだ。
 鬼の方からしてみれば、人の姿をした目隠しを急にはずされたような気分だっただろう。青き矢をまともにくらい、狼狽混じりの叫びを上げる。
 一旦飛び退いた武士の青年は、着地の反動を利用して再び地を蹴った。
 ――剣光一閃。
 長剣が鬼の胴を薙ぎ、尖った歯列の間から叫喚が噴き上がる。
 と、龍神の神子である少女が足元を踏みしめ、高らかに封印の呪を紡ぎ始めた。
「めぐれ、天の声。響け、地の声――!」
 五行の力が光の陣となって、鬼の身体を捉える。凄まじい憤怒と苦悶の咆哮が、三人の聴覚を乱打した。鬼は身をよじり、巨腕を振り回し、大地を踏み鳴らす。思いの外激しい抵抗に、龍神の神子である少女は表情を歪ませる。
「くっ……! かのものを――封ぜよ!!」
 光陣が輝きを増し、鬼の声が急速に小さくなる。巨体が白光に包まれ、やがて鬼だったものは一枚の札となって地面に舞い落ちた。
 周辺にもはや敵の気配がないことを確認すると、花梨の前面を護るかたちで立っていた青年たちは、どちらからともなく肩の力を抜いた。頼忠が剣を鞘に収め、勝真が花梨を労うべく振り返り――。
「花梨っ……!?」
 見開かれた双瞳に、傾ぐ花梨の身体が映る。とっさに腕を伸ばし、地面との衝突は回避したものの、少女の意識はすでになかった。



 西の空へと徐々に移動している太陽が、落日色の光を地上に注いでくる。道の上を長く伸びる影を連れて、二人の八葉は星の姫の館へと歩いていた。勝真の背には花梨が背負われており、いまだ目覚める気配はない。
「……情け……ないな」
 重い沈黙を、これまた重い口調が破った。頼忠は無言で隣を歩く友人を見やる。
「――何だか、自分が赦せないんだ。いくら龍神の神子とはいえ、花梨に、こんな年端もいかない女の子に、重い使命を背負わせて……」
 地の青龍は少女の身体を背負い直す。
「使命自体をかわってやれないのなら、その分身体を張るのが、俺たち八葉の役目だろ。それなのに、満足に盾にもなってやれない――」
 これを情けないと言わず、一体何と言うのだろうか。勝真の言葉は、終始独り言のような響きを持っていたが、そこにあるのは隠しようのない自嘲と自責の念だ。武士の青年には、彼の気持ちがよくわかった。
「……それは私とて同じだ。お前ひとりが、自らを責めることはない」
 ふと頼忠は自身の身体を見下ろす。薄汚れた装束に、小さな赤い染みがいくつもできている。が、それは勝真とて同じだ。特に剥き出しの腕などは、応急処置で巻かれた布が重く湿っているというのに、自分の方が程度は軽いと花梨を引き受けたまま、かわろうとしない。先ほどの戦闘で、頼忠が彼をかばって足を負傷したことも、おそらく原因のひとつだろう。
「それでも、慰めているつもりか? でもまあ、ありがとな」
 唇の端をわずかにほころばせ、勝真は少々不器用に笑う。若々しい頬が少しばかり上気しているように見えるのは、おそらく夕焼けだけのせいではないだろう。
 と、二人のものではない言葉が、小さくこぼれた。
「……お二人は……」
 大気に流れるか細い声に、天地の青龍は思わず立ち止まる。
「お二人は……いつも、頑張ってくれてます。私……本当に助かってます。だから、自分を、卑下したり……しないで下さい…………」
 言葉がきれ、かわりに小さな寝息が聞こえてくる。
 勝真と頼忠は視線をあわせ、そして苦笑めいたものを口元に刻んだ。
「全く……こんなになってまで、俺たちのことを思いやるなんて――かなわないな」
「確かに」
 だが、そんな少女だからこそ、護りたいと、力になりたいと思うのだろう。花梨は気にしているようだが、彼女のかわりに傷を負うことなど、八葉である自分たちにとっては、たいした問題ではない。むしろ彼女を護れないことの方が、ずっとずっと辛い。
「――帰るか。紫姫が心配してるだろうしな」
「ああ」
 短くやりとりをかわし、二人の八葉は再び歩き出した。
 秋の気配が濃い風が流れて、色づいた葉が散っていく。少々肌寒いはずなのに、胸の奥は優しいあたたかさで満たされていた。



                    ――Fin――



 <あとがき>

・久々に書いた遙か2創作……いかがだったでしょうか?; 最近は遙か3やら八葉抄やらが身近だったので、勝真さんと頼忠さんの口調とかがかなり心配です; イメージを崩された方、すみませんでした;
 お話の内容自体は、随分前に考えていたのですが、色々忙しくてなかなかかたちにできませんでした。ですが、流転時空草紙の方を、水帆ちゃんに相談にのってもらいながら、ちょこちょこ書き始めていることもあって、遙か2の皆さんの練習がわりに今回のお話を書いてみました。流転に登場する青龍は、こんなに仲良くないですけれど(ーー;) 流転を考えていると、つくづく花梨ちゃんが偉大に見えてくるこの頃です。
 花梨ちゃんって、本当に大変だと思います。あかねちゃんのように、現代から一緒にきてくれた人がいるわけでもないし、最初から神子と認められていたわけでもないのですから。それでも一生懸命頑張る姿を見たら、誰だって力になりたい、と思いますよね。互いにいがみあっている場合じゃないぞ、八葉――玄武は除く――!(笑)
 ここまで読んで下さって、ありがとうございました。



                                    2005.3.13    風見野 里久