私の時空、あなたの世界―たったひとつ、大切な場所ー





 ――暖かい大地の色をした、大きな瞳。
 幼いのにどこか大人びていて。
『…この京に残って下さい。僕、必ずあなたを幸せにします』
 そんなことを言われたのは初めてだったけれど。
 心から嬉しかったから、涙を零しながら、素直に頷いた。


「――………彰紋…くん………っ…?」
 大好きな人の名を呟いて、は目を覚ました。
 夢だったんだ、と思って起き上がる。
 眩しい朝の光が射し込む庭へ降り立ち、大きく背伸びをした。

 大いなる使命を果たした龍神の神子――は、地の朱雀である少年と想いを実らせ、彼が居るこの京に残った。
 幼き星の一族の好意によって、今でもこの館に身を置かせてもらっている。
 そこへ彰紋が訪れてくれるので、以前とさほど変わらない日々を送っていた。
 しかし昨日は、彰紋が東宮としての仕事があった故、会いに来れなかった。
「……たった一日会えなかっただけなのに」
 なんて淋しがりやなんだろう、と頬が染まる。

 でも――会いたい。
 声が聴きたい。
 あの、あどけなくて優しい笑顔に会いたい。

 想いを募らせ、暫し悩んだ末、は決心して出掛けることにした。



 彰紋に会うということは、内裏へ向こうということだった。
 取りあえずその近くまでは来てみたものの、実際に内裏の中へ入るのは中々難しい。
 と、その刻、内裏から出ていく二人の女性が見えて、は咄嗟に門の陰に隠れた。
「本当に東宮様って、ご立派ですわよねぇ」
「ええ、とてもお優しくて賢くて……帝もさぞ信頼なさっておいででしょうね」
「彰紋様に選ばれる女性はどんな方なのかしら?」
「何から何まで、余程優れた方なのでしょうね」
 女房達はそんな話をしながら、扇を手に優雅を装って去っていく。
 ――瞬時に、は走り出した。

(私、彰紋くんの何なんだろう?)

 沸き上がった疑問を胸中で呟いて、微かに瞳を潤ませて。
 はその場から走り去ってしまった。



 ――やがて、走り疲れたは足を止める。
 辿り着いたそこは――神泉苑だった。
 どうしてここに来てしまったのかは判らない。
 だが、もう息が苦しくて、はしゃがみ込んだ。
「……っく……彰紋くん…!」
 心が痛くて淋しくて、黄緑色の双眸から雫が零れ出す。
 ――あの女性達の話を聞いた途端、心が凍りつくような気がした。
 は、自分が何から何まで優れている女性――とは、思えない。
 彼に会えないだけで、こんなに淋しくなる――弱い女の子。
 今まで感じたことのないものを自覚させられて、の涙は勢いを増した。
さん……?」
 その刻、の後ろから、誰よりも聴きたい声が聴こえた。
 の名を呼んだ。
「…っ!? 彰紋くん!?」
 驚いて振り向いたの瞳から、涙が散る。
「泣いて…いるんですか? どうしたんですか?」
 今度は彰紋が驚いて、彼女のそばに歩み寄る。
「う、ううん、何でもないの。彰紋くん、どうしてここに?」
 は心配かけたくなくて、咄嗟に目元を拭って尋ねた。
「紫姫の館へ伺ったら、さんが僕に会いに出掛けたと聴いたので、捜しに来たんです。何となく、ここかと思ったんですが……」
 彰紋は「それよりも」と、話を元に戻す。
「一体、どうしたんですか? 何かあったんですか? もしかして……僕が、昨日会いに行けなかったから……?」
 少し不安げに訊いてみる。
 は――首を縦にも横にも振れなかった。
 ただ俯いて、また、ぽろぽろと涙を零し出す。
さん…!?」
「ご…ごめ……ごめんね、彰紋くん…!」
 止まりそうにないの涙を拭おうと、彰紋は彼女に近づく。
「わ、私……何から何まで優れた人なんかじゃないし…!」
 ――その言葉に、彰紋は一旦手を止めた。
「彰紋くん、東宮としてのお仕事があるのに……私には、何も出来ない…! 彰紋くんの役に立てない…!」
 龍神の神子なんて呼ばれていたくせに。
 その役目が終わったら――ただの、
 彰紋は、ずっと一緒に戦ってくれて、守ってくれたのに。
「ごめんね…! ごめんなさい、彰紋くん…!」
さん……」
 から零れてくる言葉をすべて受け止めた彰紋は、やがてせつなく微笑んだ。
 何から何まで優れた人――おそらく、内裏の近くでどこかの女房の話を聞いたのだろうというのは、容易に想像できた。
「…そんなことはありません。さんが謝ることなんて、何も無いですよ」
 そう紡いだ彰紋の表情は、とても穏やかだった。
 は「だって…!」と顔を上げる。
 未だ涙の止まらないの頭を、彰紋はそっと自分の元に抱き寄せて。
「――そばに居てくれるだけでいいんです」
 柔らかく、優しく包み込んだ。
さんが僕のそばに居てくれることが、僕は何より嬉しいし……何より、大事なことなんです」
 信じられないほど嬉しい言葉に、は瞳を見開かせる。
「あなたが居てくれないと、きっと僕は、東宮として生きていけない……いえ、あなたが居てくれるから、東宮を務めていける。――生きていけるんです」
 彰紋は、優しい微笑と共に、しっかりと答えた。
「ほ、ほんと…? 彰紋くん…」

「勿論、本当です。あなたのそばが、僕が僕で居られる、たったひとつの大切な場所なんですから」

 のそばが、彰紋のたったひとつの安らげる場所――。
 その言葉と想いを受け取ったは、ようやく彼女らしい微笑みを取り戻した。
 彰紋も、安堵したように笑む。
 ――――覚悟は、していた。
 東宮として生きる今も、やがて帝となった後も、ずっとそばに居てもらうのなら、には途轍もなく重いものを背負わせてしまうことになるだろうと。
 しかし彰紋は、そんなものからもを守り抜こうと決めている。
 決意を新たにするように、を包む腕にぎゅっと力を込めた。
 は、それに少し小首を傾げながら。
「ありがとう、彰紋くん…。私も頑張るね」
「え?」
「私も、彰紋くんの隣りでちゃんと生きていけるように……頑張るね!」
さん……ありがとうございます」
 暖かい陽光のような微笑みを浮かべるを、彰紋はもう一度優しく抱きしめた。


 ――――決して後悔などしない。
 私が生きる時空は、あなたの生まれ育ったこの世界。
 私が選んだ未来は、あなたと共に在るこの地で――――。




                 end.




 《あとがき》
 彰紋くんEDですv(笑) はぁ〜……如何でしたでしょうか?;
 地の朱雀さんがお相手というのは初めてだったのでちょっぴり心配です…(ドキ×2)
 執筆中は、宮田さんの『夢の降る丘で』と、岩男潤子さんの『ねこ曜日』をかけて
 ました〜♪(大切な場所…って、詞の内容が結構、合ってたりしたのでv)
 実際、彰紋くんと京EDを迎えた場合は、神子はそれなりの覚悟が要るんだろうなぁと
 思ったわけで、書いてみたのですが…。また泣かしてるし; すみません、様;;
 水帆の書くヒロインはどーしても泣き虫になっちゃって、『白龍の神子』って感じが
 しない気がするんですよね(なのでドリー夢にしてたりするんですが/苦笑);
 読んで下さった様、ありがとうございましたv

                                 written by 羽柴水帆