花伝い‐微笑の言葉‐





 ――たくさん、迷いながら。
 一生懸命悩みながら、くれた答え。
、お前が好きだ。何があっても、この気持ちは変わらない』
 揺るがない瞳。
 心の奥底まで響いてきた声、想い。
 嬉しすぎて、涙があふれそうになる。
『先のことはいい。今のお前の気持ちを聞かせてくれ』
(私、私は――――)


「――――………ん……?」
 御簾の隙間から一瞬強く射し込んできた朝の光で、は夢から覚めた。
「何だ、夢だったのかぁ……」
 京を救う以前、イサトに想いを告げられた刻の夢。
 途端にの頬が、かぁっと紅く染まる。
 頬の熱を振り払うように軽く頭を振って、着替えを始めた。
 ――イサトとの想いを実らせて、共に救った京に残り、大分経つけれど。
 会えなければ淋しいくせに、彼に会うだけで、彼を想うだけで心も頬も火照ってしょうがない。
「だって、イサトくんって、正直でストレートなんだもん」
 元々感情表現が素直な彼は、多少照れが入り混じっても、『好きだ』と、思ったらそう言ってくれる。
 それはそれで、すごく嬉しいのだが――。
「……あれ?」
 その刻、はふと気づいた。
「私……イサトくんに『好き』って言ったこと、あったけ?」
 イサトに想いを告げられた刻には、確か――。

『私にとって、イサトくんは……とっても、大切な人だよ』

 ――とは、言った。
 あの刻はまだ京を救う前だったから、事をすべて終わらせてからの方がいいだろうと思ったのだ。
 しかし、京を救ってから大分経つのに、今の今まで気づかなかった。
 きっと――幸せすぎたのかもしれない。
「うーん……でもやっぱり、私からも言った方がいいよね」
(けど、いつ、どうやって?)
 直後、そう自分に問いかける。
 思うのは簡単だが、実行出来るだろうか。
「神子様? 失礼してもよろしいでしょうか?」
 そこへ、幼き星の姫の可憐な声が聴こえてきた。
「ゆ、紫姫? うん、いいよ」
 ちょっと驚きつつも、は「おはよう、紫姫」と、極力いつも通りに振る舞う。
「おはようございます、神子様。イサト殿がいらしたので、お通ししますね」
 紫姫はにこにこと微笑んで、慎ましやかに部屋を退出する。
「え? あ、イサトくんが…!?」
 まだ「いいよ」とも言ってないのに紫姫が行ってしまうので、少々慌てる
 紫姫としてはイサトを通してもいいかなど、訊くまでもないと思ったのだろう。
 それにきっと、会いたくてうずうずしいてる『彼』を察してのこともあって――。
「よう、!」
 生き生きとした瞳と輝く笑顔で、早速部屋に入ってくるイサト。
「お、おはよう、イサトくん」
 はもう一度『普段通りの自分』を頑張ってみた。
(そうだ、言わなきゃ…!)
 先程決意したことを、実行しようとする。
「あのね、イサトくん、私……――!」
「ん? 何だ?」
 言おうとして――しかし、ふと我に返って固まってしまう
(な、何で? どうして急に『好き』なんて言えるの……!?)
 やはり何かのキッカケか、話の流れが無いと実行は難しい、ということに気づいたのだ。
「どうしたんだよ、?」
「う、ううん……何でもない」
 何やら落胆したように頭を振ったを見て、イサトは「そうか?」と不思議そうに首を傾げる。
 が、すぐに何かを思い出したようで、「あ!」と手を打って笑顔を浮かべる。
「なぁ、。そろそろ梅とか桃とか、春の花が咲き始める頃になってきたからさ、どっか出かけようぜ!」
「う、うん。そうだね」
 こくんと頷いたを連れ出し、イサトは彼女と共に、春を迎え始めている京の町へと出かけた。



 ――所々の木々が、枝に淡い白や桃色の蕾をつけている。
 段々と緑も萌え始め、京全体が春の色に芽生え始めたようだ。
 最初は、そんな暖かな風景を共に眺めながら歩いていたイサトと
 しかし――。
(どうしよう……いつ言えばいいんだろう?)
 悶々とそんなことを考えていたは、いつしかイサトとはぐれてしまっていた。
「――……あれ? イサトくん?」
 ハッと気がついて、辺りをきょろきょろと見回す。
 けれど、の大好きな彼の姿は見当たらない。
 それどころか、他の人の気配すら無かった。
 ぽつんとひとり佇むの横を、淋しく風が吹き抜ける。
「ここって、船岡山の近くだよね……イサトくん、どこ行っちゃったんだろう…??」
 神楽岡や糺の森、上賀茂神社を通ったところまでは、確かに一緒だったのに。
(イサトくん、イサトくん――――!!)
 胸中で、彼の名を繰り返す。
 心の中で何度も呼びながら、彼を捜しながら、は歩き続けた。



 ――――陽が傾き始める。
 歩き疲れたが蹲っているその場所は、火之御子社の近くだった。
「私のバカ……イサトくんに『好き』って言いたくったって……イサトくんとはぐれちゃったら、どうしようもないじゃない…!」
 このまま帰る気にもなれなくて、彼を捜し続けていたけれど。
 彼とはぐれた淋しさが、一向に会えない時間のせいで勢いを増して、どうしたらいいか判らなくなっていた。
(なに子供みたいなことしてるんだろう…!?)
 自分が情けなくなってきて、は更に蹲る。
 ふいに両方の瞳が潤み始めた刻だった。

っ!?」

 聞き間違えるはずのない、声。
 誰よりも聴きたい声が、の名を叫んだ。
 は勢いよく顔を上げる。
 すると、の視線の先から、長い赤の髪を持つ少年が駆けてきた。
「こんな所に居たのか、捜したぜ…」
「イサトくん!!」
 の声が、イサトの言葉が終わるよりも先にすべり込む。
 弾けたように走り出して、イサトの両腕にしがみついた。
 イサトは「え?」と驚いて、赤の双眸を見開く。

「私、イサトくんが好き!」

 薄らと涙を浮かべながら、それでも強く、『想い』を紡ぐ。
「へ? え、なっ…!?」
 突然のの告白に、イサトの口から出た声は言葉を編み出せない。
「誰よりイサトくんが好き、大好きだよ!」
「な、な、な、何…!? どうしたんだよ、急に!?」
 すっかり赤面してしまったイサトは、やっとの思いでその問いを口にした。
 今の彼にとって、これは嬉しいよりも、驚きと照れと混乱が勝ったと言える。
 気づいたら居なくなっていたを、ようやく見つけた矢先だったのだから、驚くのは無理もない。
「えへ……ごめんね。ずっと言おうと思ってて」
 一方、その『言葉』を言い終えられたは、段々と落ち着きを取り戻していった。
「イサトくん、ずっと前から何度も『好きだ』って言ってくれたでしょ? なのに、私からは言ってなかったなぁって、今朝気づいて……いつ、どんな風に言おうかなって悩んでたの」
「…それでお前、今日はよくぼーっとしてたのか……」
 未だ頬に赤みを残したまま、軽く吐息を零すイサト。
 は「うん、ごめんね」と謝った。
「そんなこと考えてたら、イサトくんとはぐれちゃって……子供みたいに淋しくなって。さっきイサトくんが来てくれた刻、想いがあふれちゃった」
 そう言って微笑みながら、しかし次の瞬間には、頬を紅く染める
 今頃になって照れてしまっているらしい。
 イサトの頬も再び熱を持ち始めた。
「……そんなの、言われなくても解ってるって」
 照れ隠しのように、を抱き寄せる。
「え? い、イサトくん…!?」
 いきなりイサトの胸元に埋まってしまったは、驚いて黄緑の双眸を瞬かせる。
「でも……」
 ぎゅっと抱きしめられる上から、声が続く。
「……嬉しかった。ありがとな、
 その優しい声で言われた言葉が、の表情を輝かせた。
「うん……イサトくん。私も嬉しい」
 言ってよかった、勇気を出してよかった。
 そんな想いがあふれ出して、の瞳から一滴の涙が零れ落ちる。
「オレもお前が好きだ、。これからもずっと、好きだからな」
 頬を夕陽のように染めた笑顔で、イサトも『気持ち』を紡いだ。
「い、イサトくん…!?」
 彼のまたもやストレートな『言葉』が、の頬の熱を一層煽る。
「も……もぉ、ようやく私が言えたとこだったのに、またイサトくんの方が回数増えちゃった…!」
「増えちゃったって…」
「いいもん、私だってまた言うから」
「何で競ってるんだよ?」
 ――ふいに、ふたりから笑い声が零れ出す。
 そしてイサトは腕の中のに、優しい口づけを降らせた。



 ――――この『想い』は真実だから。
 たとえ、『言葉』にしないで、解ってくれていても。
 花開くように、微笑みながら。
 花咲くように、伝えたい――――。




                 end.




 《あとがき》
 イサトくん創作、第三作目です。このお話は、超素敵すぎなイサトくんお年賀状vを
 下さった杏華さんへのお返しにと思って書いたのですが……(‐‐;)
 恩を仇で返すってこのことでしょうか?(汗) 相変わらず変なものですみません;
 今回、ゲーム中に思ったことを元に書いてみました。イサトくんって、八葉中1番
 「好きだ」って言わされてる人だと思ったんです(笑) 素直ですからね、彼は。
 それで、ある日「私からは言ってない!」と気がつきまして…(笑)
 まぁ、戦闘の応援で言えるんですけど、それじゃぁねぇ…と思いますし。
 『遙か』は、何故か天の青龍さんにしか告白できないんですよね(苦笑)
 それはともかく、拙い文章&話な上に、遅くなってすみませんでした(><;)

            written by 羽柴水帆