――――とにかく目の前を埋め尽くすのは朱、紅、緋色――。
燃え上がる赤い炎だった。
あの刻に死ぬほど理解した。
自分や、自分と『同じ』者達は、怪我を負おうが死のうが――お構い無しだと。
それが世間で、常識で、現状で…。
『貴族』では無い自分達ではどうしようもない世の中なのだと、悟った。
けれど――。
「……まずかったよなぁ…やっぱり」
陽の光が射し込まない曇り空の下。
ほぼ毎朝の日課となった道を歩きながら、炎のような赤い髪をした頭を掻いて、イサトは呟いた。
――つい先日のことだ。
同じ八葉の仲間であり、式部大輔――貴族でもある源 泉水に「いつ御仏に帰依されるおつもりなのですか?」と尋ねられた。
曖昧に「わかんねぇよ」と答えると、「早い方がよろしいかと思います」と言われた。
その後も「仏門に帰依できるイサト殿が本当に羨ましいのです」と続けられ…。
――――別に泉水が嫌いだという訳では無い。
貴族なのに威張ることなど微塵も無いし、いい奴だと思う。
だが何故そんなことを訊いてくるのか、仏門にこだわるのか解らなくて。
今のイサトは僧兵見習いとして寺に世話になっていても、もはや自分が何を信じたらいいのか解らない状態で。
そして、やはり彼が『貴族』なのだと思う自分が心のどこかにあって――。
「何でオレに坊さんになれだなんて言うんだよ!? なりたきゃ勝手になりやがれ!」
彼が――泉水が出家できずにいる理由を知らないイサトはそう言い返した。
案の定というか予想通り「すみません…」と泉水が謝ってくると、どういうわけか龍神の神子である少女――が飛んできた。
話をしていた場所が紫姫の館の庭だったのだから不思議という訳ではないが…。
「一体どうしたの?」
一部始終しか聞いてないが尋ねてきたのに対し、つい「お前には関係ない」と言ってしまい、その場から離れた。
そうして蚕ノ社まで走って来たのだが…。
その後ろから何故かがついて来ていた。
前々から彼女が「イサトくんのこと知りたい」と言っていたし、解らないことだらけで胸中を渦巻かせるよりも――と、イサトはいい機会だとも思ってに話をした。
八年前に大火に遭ったこと。
そのせいでたくさんの人が死んでしまったこと。
それをきっかけに家族ごと寺に世話になるようになったこと。
自分の思っていること、感じていることを、すべて話した。
今現在の『京』と『自分』の状態を――。
「火事だけじゃねぇよ。夜盗に殺されちまったり、急に病気になっちまったり――人なんて簡単に死んじまうだ」
虚ろな瞳をして言葉を紡いだイサトは、の瞳が凍りついたのに気づかずにいた。
「こんな末法の世で……オレもいつ死んじまうかわからねぇ」
そう言ってやり切れない思いを抱えると、
「………そんなこと言っても、何にもならないよ」
は静かに厳しい声で言った。
そんな彼女にイサトは「わかってねぇな」と返す。
「所詮人間なんて、生まれた時から死に向かって歩いてるんだ。死ぬために生まれ、死んだ奴を弔うためだけに生きる――そんな気がするんだ……」
視線を虚空に彷徨わせたイサトのその言葉はの『限界』を突き抜けた。
「そんなの……そんなの悲しすぎるよ…! 私、イサトくんが死んじゃったら嫌…!」
ひとかけらの希望も感じられない『生き方』には堪らなくなって涙を零した。
「バ、バカ、そんなことで泣くなよ」
何気なく…というか正直な思いを言っただけで、まさか泣くとは思ってなかったイサトが慌ててそう言うと、「ごめん…」とは一生懸命目元を拭った――。
――そのあと一応謝ったし、何とか話もおさまった。
だが、やはり泣かせてしまったことに変わりは無い。
「にあんなこと言うなんて……どうかしてたよな、ほんと」
軽く自分の頭を小突いてそう呟くと、イサトの足はいつの間にか紫姫の館に辿り着いていた。
「あ、おはよう、イサトくん」
「お…おう」
紫姫に通されての部屋へ来ると、彼女はいつもと変わらない笑顔で挨拶をしてくれた。
「あのね、今日は彰紋くん、お仕事で来られないんだって」
ぎこちない様子のイサトには気づいているのか否か――しかしそう話すは、やはり普段の通りに感じられた。
「彰紋が来られねぇって…じゃぁ、今日はどうすんだ?」
今は南の札を手に入れる行動をしているため、イサトはそう訊き返す。
軍茶利明王から出された課題は、彰紋――地の朱雀の分を残すのみなのだ。
「うん、それでさっきから考えてたんだけど…彰紋くんの課題で行くべき場所って随心院でしょ?
だからそこの怨霊を祓いに行こうかなって思って」
「そっか…そうだな。んじゃ、行くか」
「うん!」
彰紋は東宮という立場上、こなさなければならない事が山ほどあるのだろう。
それを理解しているつもりなの提案に、イサトは素直に納得して出かけることにした。
「……ねぇ、イサトくん」
随心院までの道中、館を出て以来続く沈黙を破るべくがイサトに呼びかけた。
「何だ?」
「えっと…お兄さん達とかは元気なの?」
「ああ。兄貴達はもう立派な僧兵だからな。オレなんかよりよっぽど寺の役に立ってるぜ」
「そ、そう……」
――それしか答えられないはまたも始まった沈黙にどうしたら良いか解らなくなって俯いた。
(ど…どうしよぉ、続かないよ…!)
やはりもなりに、この間のことを気にしていた。
朝は普段通りに振る舞ったつもりだったが、こうもふたりきりになると続かない。
こういう時に限って他の八葉が来れなかったのだ。
彰紋と同様の理由――おそらく宮中行事ではないだろうか…。
そうなると彰紋を筆頭に幸鷹、泉水は当然、場合によっては頼忠、勝真、泰継も来られないだろう。
翡翠あたりは来てもいいような気がするが……西の札を手に入れ終えたばかりだから、羽根を伸ばしているのかもしれない。
とにかく各々の理由で今日はイサトと行動を共にすることになったのだ。
イサトに至ってもに対してどうしたら良いか解らないらしく…。
ふたりを包む雰囲気を表すかのような、一向に晴れない灰色の空。
普段から遠いと思っていた随心院への道のりが、今日、には更に遠く感じられた。
――天の朱雀と龍神の神子が随心院に辿り着くなり、そこに巣くう怨霊・文車妖妃が現れた。
長き白髪を揺らすその後ろには禍々しい炎の気が漂っている。
「出やがったな、怨霊!」
赤い双眸を強く向けたイサトは黒い錫杖を構え、の前に立つ。
「行くぜ、! こんな奴、術使ってさっさと倒しちまおうぜ!」
「う、うん…って倒しちゃ駄目だよ! 封印しなきゃ…!」
頷きかけたがそう言い直すと、「そうだったっけ」と大事なそれをイサトもようやく思い出した。
と、その刻――文車妖妃から妖しく揺れる炎の気が放たれた…!
「っ!」
術となったそれは、を庇った天の朱雀の身に降りかかる!
「イサトくん!?」
「大丈夫だ、これくらい……――っ!?」
案じてくれるにそう答えかけた刻、イサトは自分の身の変化に気づいた。
――何かがイサトの身体を蝕み始めている。
思うように身体に力が入らない…!
そう思った、次の瞬間――イサトの両手が錫杖を掴んだ。
そして後ろに庇っているの方へと、向く――。
「何だ……何だよこれ…!?」
困惑した表情でイサトが呟くと、も「イサトくん…?」と動揺する。
「…っ!! ! 避けろ!!」
自分の身に起こったことと、自分の両腕が振り下ろされるのを感じたイサトが叫んだ。
は一瞬戸惑ったが、イサトのただならない状態に、彼の身に起こったことを理解した。
今、イサトの身は――『混乱』という穢れを受けている――!
刹那、イサトの錫杖から放たれた火の気を、は何とか避けることが出来た。
イサトが何とかから逸らそうと試みた結果でもある。
だがイサトの身体は本人の意志とは全く無関係に次の攻撃を放とうとする…!
「ちくしょう…! っ、逃げろ! オレの前から早くっ!!」
怨霊の高笑いが聴こえる中、イサトはに叫んだ。
しかし、に逃げる様子は見られない。
「そんなこと出来ないよ! 待ってて、今祓うから…!」
それどころか、イサトの身に降りかかった穢れを祓うべく撫物の札を手にする。
が、再び繰り出された黒き錫杖からの攻撃に阻まれ、上手くいかない…!
「やめろ…! もうやめてくれ! 逃げてくれっ!!」
先程よりも段々と身体が自分の意志を聞かなくなっていくのを感じたイサトは悔しげに満ちた表情で強く叫んだ。
――守ってやるって言ったのに――!
自分の無力さを噛み締めずにはいられない。
は未だイサトの穢れを祓おうと、攻撃に翻弄されながらその機を伺っている。
(何でだよ………何でそんなに…!)
懸命な瞳をしているにイサトは胸中で問いかける。
(何でそんなにまでするんだよ……!?)
「無駄かどうか、やってみなきゃわからないと思う」
その刻、イサトの脳裏にの言葉が響いた。
(無駄じゃない……?)
――蚕ノ社で。
がようやく泣きやみ、自分の頭も冷えた刻。
ボロボロの羅城門跡でそう言われたのを思い出したイサトは、に尋ねた。
「何でそんなこと言えるんだ?」
「うーん……信じてるから、かな」
がそう答えるとイサトは少し自嘲するような表情になる。
「信じる、か……坊主達もよく言ってるよ。仏と浄土を信じろってな。でもオレは、死んじまってからの世界のことなんて、よくわからねぇ。――オレは……何を信じたらいいってんだ…」
再び瞳を虚ろにし、顔を俯かせ呟くと、
「イサトくん自身じゃないかな」
はそう言った。
そして……。
「――私は、イサトくんを信じるよ」
が今までも、今も頑張っているのは『信じて』いるから。
自分と、そしてイサトを――。
「――――っ!!」
その瞬間、イサトは思いを爆風の如く解き放った。
死に物狂いで力を出し切り、錫杖を手放す…!
「イサトくん…?」
と、文車妖妃もそれに驚く。
するとイサトはギッと文車妖妃を睨み付けた。
「は絶対に傷つけさせねぇ……絶対にオレが守るっ!!」
揺るぎ無い強さを秘めた赤い双眸をして、イサトは自分の両手で自分の身を掴む。
その瞬間――は自分の中から火と土の気が放出されていくのを感じた。
「イサトくん!?」
まさか――と思った刻は遅かった。
『浄化の炎よ、焼き払え! 炎気浄化!!』
力強い声と共に発せられた赤き炎がイサトの身を包み上げた…!
はその信じられない光景に大きく瞳を見開いて…。
「いっ……イサトく――――んッ!!」
悲痛に満ちた涙声を京の空まで木霊させた。
すると――灰色の空を稲妻が疾る。
それは龍神の導きによるものなのだろうか。
の涙声に呼応するかのように、京の空から篠突く雨が降り始めた…。
――慈雨に消えていくイサトの炎。
自分の身にかかっていた穢れを祓ったイサトは、薄い蒸気をその身から立ち上らせて、どさっと
その場に倒れ込んだ。
「イサトくん!」
が彼の元へ駆け寄ろうとした刻、文車妖妃の悲鳴が上がった。
イサトの放った炎は同時に瘴気となって文車妖妃にまで及んでいたのだ。
(まず封印しなきゃ…!)
イサトの努力に報いるためにもと、は苦しむ文車妖妃の前に立つ。
『めぐれ天の声、響け地の声――彼のものを封ぜよ!』
京を巡る龍脈が、龍神の神子の声に応える。
白銀に輝く天地四方の陣に――怨霊・文車妖妃を封じた――。
舞い落ちてくる文車妖妃の札をひったくるように取り、懐にしまったはイサトの元へ走った。
「イサトくん!!」
「……おう…やったみたいだな」
ゆっくりと起きあがり、力無く笑むイサト…。
「イサトく……イサトくん…っ!!」
は、空から降り注ぐのとは違う大粒の雫を黄緑色の瞳から零し、上半身だけ起こしたイサトに抱きついた。
「何で……何であんな無茶したの…!? 私…ほんとに……イサトくんが……し…死んじゃうかと…思っ……!!」
次から次へと零れ落ちてくるの涙。
イサトは未だぼぅっとしたまま言葉を紡ぐ。
「……どうしても…何とかしたかったからさ…」
「…え…?」
はそっと顔を上げると、イサトはの濡れた髪や瞳を赤い双眸に映す。
「お前はオレを信じてくれてるって言った……そして本当に信じてくれてた。それに……お前は自分を――オレ自身を信じてみろって、言っただろ? だから何とかしたかった…オレに出来るすべてのことでお前を守りたかった……それだけだよ」
そう言ってイサトは優しい笑顔をする――が、それはの涙を益々あふれさせるものだった。
「……その気持ちは…嬉しいけど……だからって…! だからってやりすぎだよぉ…! 私は……今までイサトくんのおかげで頑張ってこれたの……! イサトくんが死んじゃうなんて嫌っ…! それじゃ…何にもならない……!」
「……」
イサトはの言葉にただ、ただ驚いた。
赤い双眸を大きく見開き、胸元に顔を埋め泣きじゃくるを見つめる。
が、暫しして――。
「……ごめんな」
雨と涙に濡れるを、優しく抱きしめた。
「い…イサト…くん…?」
自分の方から抱きついただが、こうして抱きしめ返されると頬を染めずにはいられない。
だが――イサトの素直な謝りの言葉が雨と一緒に、胸に染みて。
もう一度、ぎゅっとイサトの胸元にしがみついた。
それを感じ取ったイサトの心に想いがあふれ出す。
――世の中、どうにもならないこともある。
けれど出来ないことばかりじゃない。
こうして暖かな『命』を守ることが、出来た。
『命』は時には簡単に失くなってしまう儚いもの。
失われたら悲しむ人が必ず居て、二度と戻らない尊きもの。
だからこそ、そうならないように――失われることのないようにしなければいけない。
自分と信じ合える、想い合える大切な人と共に――。
「……そうだよな。死んじまったら、オレ、お前を守れなくなるもんな」
「…イサトくん…?」
自分の儚くも尊き命、腕の中に居る儚くも尊き命。
そのすべてを守りたい――。
「オレ……自分を信じてみるってことが何となくわかった気がする。諦めてちゃ駄目だってことも。
――お前がそれを教えてくれたんだ、」
イサトは濡れた前髪も構わず、少し不思議そうに小首を傾げるに明るく優しい笑顔をする。
「オレ、これからもお前を守る。オレがお前を守るからな、」
そう言葉を紡いで、大切なを降り注ぐ雨から守るように――抱きしめた。
「……うん。ありがとう…イサトくん」
小さいがしっかりと返事をして、は再びイサトの胸元に身を寄せる。
その瞳から零れる涙は、もう悲しみのものではなかった。
それにまた呼応するかのように、雨がしとしとと優しくなってゆく。
やはりこの雨は龍神の加護によるものなのだろうか。
灰色の曇り空がゆっくりと薄れ――光を取り戻してゆく。
やがて雨が上がり、空が晴れ、かつての青さをも取り戻した刻。
きっと、を抱く天の朱雀の腕のように暖かく優しい、架け橋が現れるだろう。
儚くも尊き、七色に輝く『虹』という名の架け橋が――――。
end.
《あとがき》
イサトくん創作第一作目です…; 何だかすごいことになってしまった(笑)
もし、様が遙か2を未プレイでイサトくんのことをよくご存じなくこれを読んだら驚かれたかもしれません。
私も驚きましたから(笑)
恋愛イベント三段階――普段明るいイサトくんに悲しいほど虚ろな瞳をされた時は、どうしようかと思いました。
話を聞いてて、すごく辛く悲しくなりました。ですが…。
いつ死ぬかわからない――そう言われた時、実は私「何となく解る」って思いました。
「そうだね」って選択肢選んじゃいけないらしいんですけど(苦笑)
でも私は十二歳の時に一度、風邪が原因で死にかけたことがあって、一歩間違えてれば今ここに居なくて――
里久ちゃんとも出逢えなかったし、アンジェや遙かに出逢うこともありませんでした。
確かに人間いつどうなるか解らないと思います。
でも、だからこそ頑張らなきゃいけないとも思うんです。諦めてほしくはないです。
それを何とかイサトくんに伝えたくて書きました。
イサトくん、本当に好きです。今度は彼の明るさを表現できるようなお話がいいな…。
――そう、これはイサトくんの創作。
なのに最後の部分はイノリくんの歌をほーふつとさせてしまった(苦笑)
だって2のボーカルまだ無いし、直兄の歌、素敵なんだもん…v
――ってよく解らない長い話の上に、更に理解不能な長いあとがきしてしまって、
本当にすみません! ここまで読んで下さった様、深くお礼を申し上げます。
written by 羽柴水帆
