はらり、はらり、舞い降りて。
ひとひら、ひとひら、風に舞う。
儚き吐息、淡き涙、まるで花びらのように――。
淡き花びら ‐涙の散華‐
「――泉水さん…可哀想……!」
そう言って、神子――は泣き出す。
「あ、あの…神子…!?」
予想もしなかった展開に、泉水は楝の双眸を見開いて驚いた。
――先日、最後の四方の札を手に入れることに成功した。
その刻、明かされた『真実』。
東宮である彰紋から告げられたそれは、泉水の母とされてきた女六条宮が、自身の血族を帝にしたいがために、同じ時期に生まれた実の息子・和仁と、院の真の息子・泉水をすり替えたということだった。
つまり、彰紋にとって和仁が従兄弟で、泉水こそが異母兄で――。
泉水にとって女六条宮は、本当の母ではなかった。
――泉水はよく、「私ごときには…」と言う。
彼の相方が度々口にする「問題ない」と同じくらい、何かの口癖のように言う。
は初め、どうしてだろう? と思っていた。
彼が優しくて控えめな人だというのは解っている。
けれど、ひとりこの世界に来た刻からとても親切にしてくれた泉水を見ていて――彼が卑下するべきところなど、には見つけられなかったのだ。
逆に、もっと自分を出していいぐらいだと思う。
だが……その理由も、女六条宮にあった。
今まで和仁ばかりを可愛がり、泉水を省みなかった女六条宮は、泉水が幼い頃から『お前は役に立たないから、人様の迷惑にならないようにしなさい』と教え、育てきた。
そして泉水は、忠実にその教えを守ってきたのである。
母が、自分を思ってくれてのことと、信じて――。
「――けれど、そうではなかった……違っていたのですね…」
のために、悲しみを抱いた心を、『弱き心』を捨てようと嵐山まで来ていた泉水。
そんな彼を心配し、嵐山まで駆けつけてくれたに話しながら、泉水は悲しげに表情を翳らせた。
「泉水さん……」
何て言葉をかけてあげればいいのか、解らない。
だって、『そんなことない』なんて――――言えない。
しかし、ただ黙っているに、泉水は微笑みを返した。
「申し訳ありません。このようなことをお話ししてしまって…」
「そっ、そんな…! 泉水さんが謝ることなんて…!」
「あなたは、本当にお優しい方ですね」
泉水の涼やかな微笑と声に、は言葉を失ってしまう。
(優しいのは、泉水さんだよ…!!)
今だって心の中は悲しみでいっぱいな筈なのに、言葉に困っているを思ってくれた。
「そんなあなたに尽くすためにも、この弱き心を捨て去ってしまわなければならないのに……やはり私は、あの方のおっしゃる通り、ものの数にもならぬ身なのでしょう…」
「泉水さん…! そんなことないですよ。だってそれは、お母さんが泉水さんを控えめな人にしようと思って言ったことなんだから…!」
言いながら段々と悲しくなって、は俯き、「……ひどいですよね」と静かに両手を握り締めた。
「いいのです、神子。あの方のこと……不思議と、憎しみは感じていません」
微笑んでさらりと言われて、は「え…?」と少し驚く。
「ただ…………ただ、悲しいのです」
次の瞬間――泉水の心に悲しみのさざ波が押し寄せた。
優美な面立ちが、悲しげに翳る。
「いけないと、間違っていると解っているのに、心から悲しみがあふれて止まらない……抑えられない……知らなければ苦しまずに済んだという、愚かな思いが消えない……!」
一筋の涙を楝色の瞳から零して、泉水は「どうぞ軽蔑して下さい」と呟いた。
「そっ、そんなことしません! 泉水さん…!」
がその先を言う前に、泉水は目元を軽く拭って。
「このような思いを捨てられない私が……こんなに愚かな私が、あなたのお役に立つことなど出来るわけがありません……あなたに尽くすことなど……出来るはずが……」
悲しみと絶望に押し潰されそうになった。
「ち、違います! そんなことないです! だって、当たり前のことだもの!!」
は堪らなくなって、叫んだ。
「え…?」
突然、光が射し込んできたような気がして。
泉水は、微かに雫が残る顔を上げる。
「いけなくもない、間違ってもいない! 悲しいって思うのも、知らなければ悲しまずに済んだって思ってしまうのも……当然だよ……!」
悲しみを感じるのは、人間なら当たり前のこと。
それを表に出すか、出さないかはその人が決めることで。
――出さないようにするのは、とても難しくて、苦しいはず。
「本当だったら……普通だったら、怒って……憎んじゃうよ…! だって、お母さんだと思ってたのに…! 自分の、お母さんだって…! なのに……っ!!」
怒りもせず、憎みもせず――ただ悲しみを感じている自分を責めている。
そんな泉水が痛々しくて、悲しくて、せつなくて、悔しくて。
は黄緑色の瞳に涙をこみ上げさせた。
「ひどいっ…ひどすぎる…! 泉水さん、優しすぎる…! 泉水さん…可哀想……!!」
そう言って、神子――は泣き出す。
「あ、あの…神子…!?」
予想もしなかった展開に、泉水は楝の双眸を見開いて驚いた。
「ごめんなさい…! 私…泉水さんのために、何も出来なくて……ごめんなさい…!!」
謝りながらは両手で顔を覆い、泣き続ける。
泉水は、自身の涙すら忘れてしまうほど、驚いた。
神子が――が、自分のために泣いている。
誰かが自分のために泣いてくれることなんて、きっと初めてだった。
そしてそれが、他の誰でもない、だった――。
――暫しの沈黙の果て、泉水はそっとのそばに歩み寄る。
「神子……いえ、殿」
久しぶりに呼んでくれた名前。
はハッとして、泣き顔を上げた。
「ありがとうございます、殿。私のような者のために、そこまでおっしゃって頂けて……嬉しいです。けれど…どうか、涙をふいて下さい。殿が謝って下さることなどありません。私には勿体ないほどです」
「泉水さん……」
せつなげに微笑んで、泉水は繊細な指先での涙を拭う。
「あなたは、本当にお優しくて、心の強い方ですね。私をいつも暖かな気持ちにして下さり……私に勇気を与えて下さる」
そう言い泉水は、一瞬微かに伏せた楝の双眸を、しっかりと開けた。
優しいだけでなく、芯の強い凛々しさをも感じさせる。
「そして……大切なことを、気づかせて下さいました」
「大切な…こと?」
「はい。今……解ったのです。――あなたをお慕いする理由が」
向けられたのは、の大好きな優しい微笑みと、楝の瞳。
「え……え…!?」
は涙の止まった双眸を見開いて、驚いた。
そのまま、そっと優しく抱き寄せられて。
山吹色の衣を纏った両腕に包まれる。
「も、泉水さ…!?」
の頬は紅く染まり、呼吸と鼓動が忙しくなる。
泉水は、抱き寄せたから柔らかな黒方の薫りを感じて、嬉しくなった。
「今まで私は何かを強く望み、求めることを諦めてきました。叶うことは無いと思っていたから……傷つくことを、恐れていたから」
どうせ叶わず傷つくのなら、最初から諦めた方がよかった。
自分だけならまだしも、周りにまで迷惑をかけてしまうのが嫌で、怖かった。
「けれど……あなたを諦めることは、出来ません」
声に、腕に、力が込められる。
はまた瞳を大きく開いて、小さく息を飲んだ。
「あなたをお慕いしています。あなたが神子で、私が八葉だからではありません。私自身が、あなたを――殿をお慕いしているのです」
「も…泉水…さん…!!」
の瞳から、再び涙が零れ出す。
次から次へとあふれ出して止まらない。
「泉水さん……! 泉水さぁん…っ!!」
胸がいっぱいになって、言葉が見つからなくて。
あふれ返った想いと涙を伝えるように、は泉水の胸元にしがみついた。
飛び込んできたを、泉水は優しく強く抱きしめる。
「あなたが愛しい…。これが、私の正直な……大切な気持ちです。殿……」
まだ春も遠い寒空の季節だけれど。
この刻、嵐山に降り注ぐ陽射しは、ほのかに暖かく、天の玄武と龍神の神子を包み込んでいた――。
「――泉水さん? ど、どうしたんですか?」
は、彼の楝色の眼差しが自分に向けられているのに気づいて、尋ねる。
ここは美術館なのに、絵ではなくの方ばかり見ているから。
「あ、いえ、あの……すみません」
自分でも無意識だった泉水は、少々慌ててしまった。
――あれから、ふたりは神子と八葉の役目を果たし終えて。
泉水は、と共に生きたいと彼女に告げた。
それを喜び、受け入れたは、彼と共に元の世界に帰って来たのだ。
「ふと……京でのことを、思い出してしまって……」
苦笑するように微笑みながら、泉水は手前の絵を見上げた。
白き雪が積もった山に訪れる春を描いた、『雪解け』という作品。
その山の絵が、泉水に嵐山を――あの刻のことを思い出させたらしい。
「私にとってあの刻こそが『雪解け』だったのだろうと……今、思ったのです」
「……そうですね、きっと」
それがいつのことなのか、何を指すのかをはすぐに判って、頷いた。
「ええ。私の『雪』を、殿という春の陽射しが、溶かして下さいました」
優しい微笑で紡がれて、は「も、泉水さんったら…」と頬が染まってしまう。
が、すぐに何か思いついたような顔をして。
「じゃぁ泉水さんは、太陽も包んでくれる天‐そら‐だね。いつも、大きく優しく包み込んでくれる天‐そら‐……大好き」
まるで花が綻ぶような笑顔を見せた。
「えっ……あ、あの、殿…!?」
泉水の表情が焦ったようなものに変わって、両の頬が紅く染まり始める。
「わ、私はそんな、大それた者では…! いえ、あの嬉しいのですが……!」
自分にたとえられたものの大きさ、そして――最後の『言葉』が、泉水に混乱めいたものを与えたのだ。
「え…!? や、泉水さんがそんな照れちゃったら、私まで…!!」
泉水のそれを――照れた顔を見て、の顔も熱く火照ってゆく。
最後の『言葉』は、無意識に言ったことだったのに。
「あ、す、すみません…!」
謝ることなどないのに、でもそれが彼らしくて。
は咄嗟にそらしてしまった視線を戻してみる。
綺麗な瞳……紫の水晶みたい。
泉水の双眸を見て、そう思った途端。
何だか照れている彼が可愛らしく思えてきた。
が、自然に笑みを零し始める。
「…殿…」
少し安堵したように吐息をついて、泉水も穏やかに微笑を浮かべた。
「泉水さん、さっき私が言ったこと……本当だからね」
笑顔を残したまま、は泉水の手をそっと握る。
――最後の『言葉』も、無意識だったけれど、嘘じゃないから。
「……はい。ありがとうございます、殿」
の言葉と想いを受け止めて。
泉水は、の手を大切そうに優しく包み込んだ。
あなたの微笑みは、降り注ぐ陽射しのように暖かく。
あなたの言葉は、降り積もる粉雪のように優しく。
あなたの涙は、舞い散る桜の花びらのように淡く。
そして、とても美しく――。
end.
《あとがき》
泉水さん創作二作目……二つの最終恋愛イベントごっちゃまぜアレンジ&現代EDを
織りまぜた、当初よりラブ×2度高め話になってしまいました;(←日本語変)
遙か2は、八葉も他のキャラ達もほとんどが『可哀想』と思える人ばかりですが、
水帆は、泉水さんが一番可哀想な人だと思います。
そんな泉水さんとのイベントで、思ったことを全部(多分;)書かせて頂きました。
和仁さんとすり替えられていた――と聞いた刻、びっくりした反面、「あぁなるほど!」
と、実は納得しました(苦笑) だって、なーんか変だなぁと思ってたんですよ。
彰紋くんと和仁さんは似てないし、泉水さんのお母さんがそんな人だなんて…と思って。
だから彰紋くんの本当のお兄さんが泉水さんだったって聞いて、「あ、納得!」(笑)
泉水さんはきっと「いいですよ」って言うけど、女六条宮さんには、一度でもきちんと
泉水さんに謝ってほしいです。泉水さんの人生を狂わせたんだから。
でも泉水さん……まがらずに育って…(TT) 水帆は泉水さんが大好きです。
さて、現代EDv …って、何だか恥ずかしいです///;
でもだってあのスチル、ふたりとも絵の方見てないから(笑)
何か話してるんだろうなぁ〜と思って、書いちゃいました;
まぁ…美術館って人少なかったりしますからね(だから好きですけどv)
あ〜、また葉祥明さんの美術館行きたい…!(行けば?/笑)
――長々とすみません; 読んで下さって、ありがとうございましたv
writen by 羽柴水帆
