明日への光
東の天と地から、目覚める陽光。
遙かなる戦いの果て、京に訪れた平穏と同じような、穏やかな朝が生まれる。
白雲が悠々と流れる空の下。
美しき都の一角にある屋敷に、その姫は居た。
背丈ほどある長い黒髪と、金に近い褐色の瞳を持つ、かつて黒龍の神子と呼ばれていた少女――平 である。
は、白龍の神子・と共に龍神――応龍を降臨させ、百鬼夜行を祓った後、元の平家の屋敷に帰ってきた。
幼い頃より、数えるほどしか会えなかった兄・勝真とも、少しずつ話をする機会が増えた。
ずっと彼女の周りを取り巻いていた孤独という名の殻が、大分崩れてきた頃で、よく微かな笑顔を零すようになっていた。
は部屋の御簾を上げ、陽射しが降りそそぐ空を見上げようとする。
「――」
そこへ、ひとりの青年が廊下を歩いてきた。
「兄上、おはようございます」
かつて地の青龍と呼ばれていた青年であり、兄である勝真だった。
は嬉しそうに微笑んで挨拶する。
勝真が「ああ」と応えると、
「おはよう、久しぶり、」
その横から、珊瑚色の髪の少女がひょいっと顔を覗かせた。
と対の存在である白龍の神子――だ。
「あなたは……白龍の神子…?」
は、金褐色の瞳を瞬きさせる。
兄以外の来訪者に少し驚いていると、彼女は「でいいってば」と窘めるように言い、「もう一人居るよ」と、楽しそうに笑う。
「よ……よう。その、久しぶり」
小首を傾げたの瞳に映ったのは、勝真と乳兄弟として育ったという、天の朱雀である少年だった。
と勝真は庭へ行くと言って、とイサトを残して行ってしまった。
「あの……私に、何か…?」
取りあえず部屋を出た廊下に座ったは、隣りに座るイサトに問う。
「う、ああ、その、えっと……!」
イサトはに視線を向けられないまま、赤い髪をした頭を掻く。
一つ大きな深呼吸をしてから、言葉を紡ぎ出した。
「その……お前に、一度ちゃんと謝っておきたくてさ」
は「謝るって……何を?」と、変わらず不思議そうに小首を傾げる。
「だから、百鬼夜行を祓う前に、オレ……お前にひどいこと言ったり、そうゆう態度しただろ?」
そこまで言われて、ようやくは、彼の言いたいことが何となく解った気がした。
初めこそが龍神の神子だと言われていたが、が現れ、八葉の心を束ねていくようになっていき――果てはが京を滅ぼそうとしているように思われた。
結局は、百年前の京で『鬼の首領』と呼ばれていた者の仕業であったのだが。
「最初はお前が龍神の神子だって言われてて、オレ、神子自体を信じてるわけじゃなかったけど、救ってくれるんならそれでいいと思ってた。でも、が来て、あいつがやってることの方が京を救うためになるのかもしれないって思った。一方のお前は、怨霊や御霊を操ったりしてたからさ、お前が悪いんだって思っちまった」
――何を信じればいいのか判らなかったあの頃。
思い出しながら語るイサトの表情が、少し翳った。
「オレ、元々怒りっぽくて、言い方がきついんだよな。怒ったらまともに考えとか出来なくなるし……あの時は、お前が悪いんだって決めつけてた」
百鬼夜行が起こる直前に、神泉苑で、と深苑と対峙した刻。
はともかく、八葉のほとんどがを敵だと思っていた。
怨霊や御霊の声を聴き、操ることが出来る黒龍の神子の、を。
その際に、各々が持つ憤りをぶつけてしまったのだ。
「でも……お前が、に黒龍の力を託したところを見た刻、ああ、こいつも本当に必死で、京を救おうとしてきたんだなって、思えたんだ」
アクラムの策略により、百鬼夜行が起こってしまい、が龍神を呼ぶことを決心した刻に。
は黒龍の力を――自分の力をすべて、に託した。
との力――白龍と黒龍、双つの力が合わさり、双つの龍神は応龍となった。
おかげで百鬼夜行を祓い、京を救うことが出来たのである。
「だから、ごめんな。知らなかったとはいえ、あんな風に怒鳴って、きつい言い方しちまって、悪かった」
イサトは、ようやくの方を向いて、謝ることが出来た。
は大きな金褐色の瞳で、イサトを見つめ返す。
彼がそんな風に思っていたことが、不思議で、想像のつかなかったことだったのかもしれない。
「……いいの。ありがとう、解ってくれて」
しかしやがて、は首を横に振り、微かに微笑んだ。
するとイサトは安堵したような表情になる。
「お前も、大変だったんだよな。から色々聴いたぜ。もお前も、同じ龍神の神子なのに、お前の元には誰も居なかったんだってな」
イサトがそう言うと、は彼から視線を外す。
「……同じじゃないわ。と私が持っていた力は、相反する別のものだもの。は怨霊を封印できて、私は……怨霊の声を聴いて、操るだけ。白龍は未来へ進む力で、黒龍は止める力だもの。結局、私には……」
――京を救う力なんか、無かった。
それを紡げずに、儚げな面立ちを翳らせる。
「……って言ったって、との力の違いなんて、それだけじゃん」
「そ、それだけって……?」
あっさりとしたイサトの物言いに、は驚いて双眸を見開いた。
「だってそうだろ? 今更言ってもなんだけど、早い話が、とが協力すれば、怨霊を京で暴れさせることなんか無くなってたわけじゃねぇか。まぁ、それが簡単に出来るほど、京の状態もよくなかったし、そうさせねぇように、あのアクラムが色々仕組んでたんだから、仕方ないけどな」
イサトのあっさりとした表情も言葉も変わらない。
は半ば唖然としてしまう。
「ま、とにかくだ。何とか京を救うことが出来たのも、やオレ達だけじゃなくて、お前のおかげでもある。だから、ちゃんと謝るのと……礼を言っておこうと思ってな」
そう言ったイサトの表情が、笑顔になる。
「お前が京を滅ぼそうとしたなんて、疑ったりしてごめん。それと、最後は協力してくれて、ありがとな、」
若干照れが混じったような、けれどとても明るいイサトの笑顔。
の心に、空から陽射しが降りそそいで来たような、暖かさがあふれる。
「天の朱雀殿……」
から零れてきた呼び名に、イサトはがくっと項垂れそうになった。
「あのなぁ、オレはイサト! 勝真の乳兄弟なんだぜ? ってことは、オレとお前も兄妹みたいなもんじゃん。
イサトって呼べよ」
「そ、そんな、殿方を呼び捨てで呼ぶなんて……!」
は両手を口元に当てて、慌ててしまう。
それを見たイサトは、「ったく、お姫さん育ちはよぉ」と頭を掻く。
「じゃ、じゃぁ……イサト殿」
せめてこれで、というように、がそれを小さく口にする。
「う〜ん……まぁ、それでいいか」
白龍の神子である少女も、自分の名前の後に『くん』をつけていることだし、と思って、イサトは了承した。
「あの、イサト殿」
早速に名を呼ばれて、イサトは「ん?」と長い黒髪の少女を見やる。
「……わざわざ、ありがとう。とても、嬉しかった」
可憐な声と、花がほころんだような微笑み。
「えっ……!?」
――のその微笑みを見たのは、初めてだった。
イサトの時が止まってしまい、頬が徐々に紅く染まってゆく。
「……イサト殿?」
が不思議そうに名を呼ぶと、
「あっ、いや、何でもねぇ! そ、その、礼なんかいらねぇって、気にすんなよ!」
わたわたと慌てて言いくるめ、イサトは誤魔化す意味もあって笑う。
はそんな彼の様子に疑問こそ持たなかったが、何だか楽しそうなので、一緒に微かな笑みを零した。
「――あらー、イサトくんったら、真っ赤」
イサトとを、離れたところから見ていたは、くすくすと笑う。
勝真もも、それぞれ心配で様子を見ていたのである。
「でも解るなぁ、イサトくんの気持ち。って元々美人だけど、笑ったらすごーく綺麗で可愛いもん。女の子の私から見ても、ぽーっとなりそう」
が「羨ましいですけどね」と、笑いながら言う。
「……何言ってるんだ」
それまで木立に身を寄り掛からせていた勝真は、の傍らへ歩み寄り――彼女の細い身体を、背中から包み込む。
「か、勝真さん……??」
の頬が一気に朱に染まり、身体が硬直してしまう。
勝真は愛しそうに、腕の中の少女の、珊瑚色の髪に頬を寄せた。
「お前だって、その……充分可愛いと思うし……笑ったら、綺麗だ」
やはり、照れずに言い終えることは出来なかった。
を背中から抱きしめているので、紅潮した顔は見られてないのが、僅かながら幸いなのかもしれない。
「あ、ありがとう…ございます……!」
の方も、勝真の顔を見ることが出来なかった。
頬も心も、かぁっと熱くて落ち着かない。
「……ありがとな、」
ふいに、勝真からの言葉。
は「え…?」と、顔を上げようとする。
「妹が……が、あんな風に笑えるようになったのは、お前の力が大きかったんだと思う。だから、ありがとう」
兄でありながら、自分はの孤独や淋しさを、解ってやることが出来なかった。
いや、解ろうとしなかった。
がを『こちら』へ引っ張って来てくれたから、勝真も、以前よりに接することが出来るようになったのだ。
は「そんな、私は何も……」と、言いかけるが、少し黙って思い直す。
「勝真さんにとっても、にとっても……みんなにとって、いい方向へ導くことが出来たのなら……役に立てたのなら、よかったです」
自身を抱きしめる勝真の腕に、そっと両手を添えた。
「……」
勝真の穏やかな声が耳元に届く。
もうすぐ訪れる春のような安らぎを、は心に感じた。
空から降りそそぐ、陽射しのように。
もうすぐ訪れる、春の暖かさのように、輝かしい光が。
時の流れに乗って、これから向かう未来の欠片――明日への道標となって、射し込み、導いてくれるだろう。
end.
《あとがき》
時空界一周年記念として書いた、遙か2創作です。いかがでしたでしょうか?
乳兄弟&ふたりの龍神の神子――勝真さん&ちゃん、イサトくん&ちゃんと
いう組み合わせでしたが……書いてて結構楽しかったです(^^)
まぁ、遙か2の別の長編ドリームで似たようなものを書いてるせいもありますが(笑)
今回ちゃんは、勝真さんと京EDを迎えた設定になっておりますv
ちゃんをヒロインにしたお話は、書こうと思えば書けると思うんですよね。
幸鷹さんのこともありますし……恋愛ものなら、何とでも(笑)
読んで下さって、ありがとうございました!
written by 羽柴水帆
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