あの刻から何度も、今までそうであったように。
         これからもずっと、そうやってふたりで一緒に。
         続く道を歩いてゆけたらと、願うばかり――――。





                  永遠の灯火





 遙か高く遠くまで、青く晴れた空の下。
 優しい光の欠片が、風と共に地上へ降りそそぐ。
「敦盛さん、こっちですよ!」
 穏やかな天気に恵まれた空を見上げていた彼に、明るい声がかけられる。
 平 敦盛――かつて、無官の大夫と言われた平家の公達である。
「――神子」
 微かに微笑んで、敦盛は声の主である少女へ視線を戻した。
「敦盛さんったら。もう私は『神子』じゃないんだから、『』って呼んで下さいって言ったでしょ? 特にこっちでは」
「す、すまない」
 苦笑するように笑うの言葉に、敦盛は慌てて口元を手で押さえた。
 こっち――とは、敦盛の生まれ育った世界・『京』とは、遙かなる時空を隔てて存在する場所。
 つまり、の故郷である世界だ。
 ――将臣や譲にとってもそうであるここへ、ふたりで還り、生きていくこと。
 と敦盛はそれをふたりで考え、ふたりで決めた。
「それじゃぁ、敦盛さん、行きましょう」
「あ、ああ……」
 今日は、の家の周りを散歩することにしたのだ。
 にっこりと笑いかけてくる彼女に、多少戸惑うような顔をしつつ、敦盛は微笑を返すことが出来た。


「もう、桜も終わりだろうか」
 ふとつぶやいた敦盛に、は「そうですね」と頷く。
 ふたりで歩く道の脇に立ち並んでいる桜の木は、ほとんど葉桜へと移り変わっていた。
「でもこれからだって、春の花はたくさん見られますよ」
「……そうだな」
 春は桜だけでなく、もっと幾つもの植物が芽吹く季節だから。
「あの……敦盛さん」
 と、が突然立ち止まる。
 敦盛は訊き返すように、紫色の双眸を彼女に向けた。
 が、は俯いたままで――。
「どうか……したのか?」
 少し心配になって、敦盛は少女の顔を覗き込もうとする。
「えっと……! 手をつないでも、いいですか?」
 敦盛は「え……?」と、彼女の言葉を瞬時に理解することが出来なかった。
 よく見てみると、の秋桜色の髪に隠れていた頬は、淡い朱に染まっている。
 柔らかな風が、ふたりを包み込むように吹き抜けた刻。

「――あなたがそう、望んでくれるなら」

 そう言って手を差しのべる声は、せつないほど涼やかで優しかった。
 が驚いたように顔を上げると、彼の頬も紅くなっていた。



 ふたりで手をつないで歩くだけで、優しい時間が増えていく。
 はその幸せをかみしめていた。
 敦盛はといえば、幸せを感じる反面、胸の鼓動が波打って仕方ないのが現状だった。
「私、こうやって敦盛さんと手をつなぐと、すごく安心するし、好きなんです」
「え……?」
 しばらく続いた沈黙を破った彼女の言葉に、敦盛は心底驚いた。
「初めてつないだのは、熊野へ行った時でしたよね」
「あ、ああ……あの時は、その、すまなかった」
 思い出しただけで、敦盛は赤面してしまう。
 穢れた存在――怨霊である自分が阻まれた結界を、清らかな気を持つ彼女が、手をつないで一緒に通らせてくれた。
「でも、あの……なぜ、あなたはそんなことを言うんだ? 私のような穢れた者に……」
 そんな自分と『手をつなぐと安心する』などと。
 この少女の心がどこまでも清らかで優しいことは、解ってはいるが――。
「そんな言い方しないで下さい! 私、本当に……!」
「神子……?」
 また『神子』と言ってしまったことに、敦盛も、ひょっとしたらもこの刻は気づかなかった。
「私、敦盛さんに手を重ねてもらうと、本当に安心できたんです。戦いの中で術を使う時も……経正さんを、浄化する時も」
 少し俯いた少女の横顔を見ていた敦盛がハッとした。
「私ひとりだけだったら、崩れてしまったかもしれない。一番辛いのは敦盛さんなのに」
 ごめんなさい、とつぶやくに、敦盛は首を横に振る。
「あの時は、兄上を『浄化する』ことすべてを……あなたひとりに押しつけたくなかった。その悲しみを背負わせたく、なかったんだ。せめて――」
 ――分かち合いたかった。
「うん。だから……嬉しかった。力が湧いたように、心を保てたの」
 薄らと潤んだ緑の瞳で、かつて白龍の神子と呼ばれた少女は微笑んだ。
「ありがとう、敦盛さん。いつか、ちゃんとお礼を言いたいと思ってたんです」
 言えてよかった、と少し照れたような微笑が、敦盛の胸を軋ませる。
「――礼を言わなければならないのは、私の方だ」
 つないでいた手を握り直し、敦盛はもう片方の手で愛しい少女を抱き寄せた。
「あ、敦盛さん…!」
 彼の腕に包まれて、の鼓動がドキドキと騒ぎ出す。
「私も、あなたに手を重ねてもらうたび、あたたかく接してもらうたびに、心が安らいだ。あなたは、あの世界にとっては勿論、私にとっても……希望の灯だった」
 敦盛の声が、心地よく響き渡っていく。
「兄上を浄化してくれて……救ってくれて、感謝している。ありがとう」
「あ…敦盛さん……!」
 あふれかけた涙が零れそうになる。
 言葉では言いあらわせないほど、せつなくなった。
「そして、私を救ってくれたことも、ありがとう……――」
 ドキン、との心臓が高鳴った、次の瞬間。
「――殿」
「え?」
 初めて呼んでくれた名前に続いて、遠慮がちに耳元へ零れてきたのは、何やら尊称。
「ど、『殿』もこっちではいらないですよ〜!」
「そ、そうなのか……す、すまない」
 かぁっと困ったように、また頬を紅くする敦盛。
 そんな彼を見ると、は途端に軽やかな笑い声を零した。
 ――それでも、初めて呼んでくれたことが、嬉しかった。
 が敦盛の胸元に頬を寄せて、つないだ手に力を込めると。
 敦盛も――優しく強く、もう一度握り返した。



 行く手を阻んだ結界を通り抜けるために、初めて手をつないだあの刻から。
 ずっと、そうすることで安心できるし、好きだった。
 つないだ手から伝わる優しいぬくもり。
 それが時に安らぎとなり、勇気となり、希望となった。
 これから歩いていく時間の中で、たとえどんなに辛く悲しいことがあっても。
 ふたりで手をつないで行けば、乗り越えられる。
 それがきっと、永遠に続く未来への灯火になりますように――――。


                 


                      end.




 《あとがき》
 敦盛さん創作第二作目で、これも姫祢様の主催された『平敦盛生誕祭―青葉の音―』へ
 投稿させて頂きました。
 二つとも一話完結のつもりで書きましたが、今回のは一作目の続きっぽくなりました。
 九郎さんとかもそうだけど、敦盛さんって現代に連れてきた方がよくありませんか?;
 そう思って勝手に現代EDにしちゃいました…(^^;)
 テーマは本編にもありますが、『互いの手から伝わるぬくもり』…です(笑)
 術を使う時に手を合わせてくれたり、経正さんを浄化する時に手を握ってくれたり。
 控えめなんだけど、敦盛さんの優しさがすごく伝わってきて本当に嬉しかったんです。
 どうか幸せになって…と、そんな願いを込めてみました;
 ここまで読んで下さって、ありがとうございましたm(_ _)m

                                          written by 羽柴水帆