――雄大な大地に広がる、黄金の砂漠。
            朝は陽光に輝き、夜は月光に照らされて。
            過去から未来へと、風の音を聴く――。




                金色の時、流れゆく




 暖かな午後の陽射しに包まれた、アルカディア。
 朝と昼の予定をこなしたアンジェリークは、軽やかな足取りで『地の館』を訪れる。
 扉の前で一つ深呼吸をして、ノックを二回鳴らす。
「はい、どうぞー」
 ゆったりとした穏やかな声。
 アンジェリークは嬉しくなって、自然と微笑みがあふれるのを感じる。
「こんにちは、ルヴァ様」
 地の守護聖の執務室に入ると、思っていた通りの暖かい笑顔が迎えてくれた。
「あー、よく来てくれましたね、アンジェ。ずっと待っていたんですよ」
 新宇宙の女王であり、そして大切な想い人である少女に、ルヴァは持ち前の穏やかさで、にっこりと微笑みかけた。
『アンジェ』と特別な呼び方をされて、頬を淡く染めるアンジェリーク。
 親友以外の、しかも男性であるルヴァからそう呼ばれるようになったのは、ついこの前からのこと。
 ――アンジェリークは、ルヴァから『想い』を告げられた。
 アンジェリークもルヴァへの想いを持っているのだが、互いの立場から、彼女の想いは秘めたままにしてある。
 ルヴァもそれは解っているので、『想い』を告げたと言っても、ほんの一部でしかない。
 あくまで自分が彼女を想っているということを知らせただけで、見返りは求めていない。
 すべてが終わるまで見守らせてほしい、助けをさせてほしいと願っただけだ。
 アンジェリークは、それを可憐な微笑みを浮かべて受け入れてくれた。
 ふたりが少し『特別』な仲になったその証として、ルヴァはそれから彼女のことを『アンジェ』と呼ぶようにしたのである。
 ――勿論、彼女自身の了承を得てのこと。

「あら…?」
 ふと、アンジェリークはルヴァの机の上に置かれた、ある物に気がついた。
「ルヴァ様、綺麗な砂時計ですね」
 それは、金色の砂粒がつめこまれた――砂時計。
 ルヴァは「あー、これはですねー…」と言って手に取ると、懐かしそうに目を細める。
「…実は、私の故郷の砂漠の砂なんですよ」
「え、えぇ?」
 にっこりと微笑まれての言葉に、アンジェリークは少し驚いて碧い瞳を瞬きさせた。
「ルヴァ様の故郷の…ですか?」
「ええ。私が守護聖として聖地に召される時に、弟が贈ってくれたんです。造ったのは勿論、職人の方だそうですけどね。中の砂は、弟が集めてくれたものなんですよ」
 ルヴァは説明しながら、砂時計を逆さまにして机に置く。
 その表情は穏やかで嬉しそうだけど、どこか懐かしさと共に淋しさも含んでいるようにアンジェリークは感じた。
「…ちょっと見せて頂いても、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
 少し遠慮がちなアンジェリークに、ルヴァは嫌な顔一つせず頷く。
 アンジェリークは、その細い手に砂時計を取ると、そっと碧い双眸を閉じて耳元に近づけてみた。

 ――さらさらと、金の砂は零れ落ちる。
 時を刻んでゆく――。

「……優しい音。何だか、ルヴァ様の故郷の風景が浮かんでくるみたい」
「え?」
 ルヴァは、不思議な言葉を紡いだアンジェリークを、見開いた灰色の瞳に映す。
「だってこの砂は、ルヴァ様の故郷をずっと昔から見てきたんでしょう?」
 海の色をした瞳を開けて、柔らかく微笑むアンジェリーク。
 砂が零れる度に、照りつける太陽や、夜空を彩る月と星々が見えてくるように。
 オアシスの水音、吹き抜けてゆく風の音が聴こえてくるように感じたのだ。
 しかしルヴァは驚きのあまり、アンジェリークを見つめ返すしか出来ずにいた。
 アンジェリークはハッとして視線を下に向ける。
「す、すみません、おかしなこと言ってしまって…」
 そして、気まずそうに砂時計を机に戻した。
「あ、あぁ、違うんですよー、アンジェ。私の方こそすみません。ちょっと驚いてしまったんです」
 ルヴァは慌てて謝り、アンジェリークの顔を上げさせる。
「それに、おかしなことなんてとんでもありませんよ。その…とても嬉しいです」
「え?」
「私もこの砂時計を見て、音を聴いて故郷を思い出すことはありました。でも、私の故郷を見たことがないはずなのあなたが……そんな風に感じて言ってくれたことが、とても嬉しいんですよ」
 アンジェリークの大好きな、ルヴァの本当に嬉しそうな笑顔。
「ルヴァ様…!」
 アンジェリークも再び笑顔を取り戻して、嬉しそうにルヴァの胸元に身を寄せる。
 ルヴァは一瞬驚いたようだったが、すぐに微笑み、両腕で彼女を包み込んだ。
(あったかい…ルヴァ様…)
 ルヴァはとても暖かい人だと思う。
 声も、笑顔も、人柄も、すべてが真昼の日溜まりのようだ。
 それが彼の性格なのだというのは解っているけれど……一体、どれほどの悲しみや淋しさを抱え込んでいるのだろう。
 育ってきた星、家族と離れて――。
 それは彼に限らず、『守護聖』も『女王』も――自分だって、そうなのだけれど。
「……ルヴァ様」
「何ですか? アンジェ」
 そっと名前を呼んだアンジェリークを、優しく見つめ返すルヴァ。
「私……私、これからもずっと、こうしてルヴァ様のおそばに居たいです」
「アンジェ…?」
 ルヴァの腕の中に居るアンジェリークが、ゆっくりと顔を上げる。
「この大陸のことがどうなってしまうのか、判りませんけど……たとえ、その後のことが待っているとしても……それが、今の私の気持ちです」
 アルカディアの育成を終えたら、事がすべて済んでしまったら、待ち受けているもの――互いの宇宙への帰還が訪れたとしても。
 ルヴァのそばに居たい、という『想い』を、アンジェリークは潤んだ碧の瞳と、柔らかな微笑みを込めて告げた。
「アンジェ……アンジェリーク」
 誰よりも愛しい少女を、ルヴァは、今度は少し強く抱きしめる。
 少し恥ずかしそうだが嬉しそうに、アンジェリークも再びルヴァの胸元に寄り添った。
 すると、ルヴァの手がそっと優しくアンジェリークの顎を持ち上げる。
(え? ルヴァ様…?)
 アンジェリークの鼓動が、早くなって。
 音が大きくなって。
 ――ゆっくりと唇が重ねられた。
(ルヴァ…さま…)
 日溜まりのような温かいキスを受けたアンジェリークは、静かに瞳を閉じた。
「……ありがとう、アンジェ。本当に嬉しいですよ」
 柔らかくアンジェリークの髪を撫でて、ルヴァは穏やかに微笑む。
「ルヴァ様……本当に、私で…いいんですか?」
「ええ、勿論です。私は、あなたがいいんですよ」
 未だ心配そうな顔をするアンジェリークを、ルヴァは安堵させるようにもう一度ぎゅっと抱きしめた。
「ずっとこうしていましょう……ずっと、そばに居て下さいね…」
「…はい、ルヴァ様…」
 碧い双眸が潤み始める。
 暖かな想いがあふれてくるのを感じながら、アンジェリークもぎゅっとルヴァの胸元にしがみついた。


 ――金の砂が、零れ続ける。
 きっと、これからの『ふたり』の時をも、刻むために。
 ゆっくりと暖かく、流れゆく――。




                   end.




 《あとがき》
 キリ番2000のリク権で、ちゃんやす様がリクして下さったルヴァ様創作ですv
 『ラブラブ甘々キス付』とのことでしたが……い、如何なものでしょう〜?;
 取りあえずキスは付いてますが(笑) ラブラブ? 甘々? 大丈夫でしょうか?;
 砂時計は、水帆の好きな小物の一つなんですv(あ、水時計も好きですv)
 そして、『砂』ならルヴァ様! と思い、書いてみました(^^)
 ルヴァ様の暖かさや、コレットちゃんの純真さなどを表現したかったのですが……
 まだまだ修行が足りませんね(苦笑) すみません、ちゃんやす様;
 こんな話でもよろしければもらってやって下さいませ(><)
 リクして下さってありがとうございましたvv

                                       written by 羽柴水帆