――――命は巡る。
時を、空を、運命を越える魂となって、受け継がれる。
たったひとつの存在として、光あふれる世界へ、生まれ来る――。
継承命、昇天花
――見晴らしの良い小高き丘に、ひとりの少女が訪れた。
漆黒の服に身を包み、純白の花束を抱えたその少女の名は――アンジェリーク。
緑薫る風に靡く栗色の髪を時折押さえながら歩くアンジェリークは、やがてある場所で足を止める。
黙って佇む彼女の前に在るのは――石膏造りの、白き墓標だった。
新宇宙誕生のため、急遽聖地で行われることになった『女王試験』。
アンジェリークはその正当な候補生・『女王候補』の一人として選ばれた少女。
現在試験真っ最中の彼女が、何故聖地を離れ、このような場所へ来たかというと――。
それは、聖地で試験を受ける彼女の元へ届いた、ある『知らせ』にあった。
「――初めまして。アンジェリークといいます」
柔らかな優しい微笑みを浮かべて、アンジェリークは抱えていた百合の花束の中の一輪を墓に供える。
――花束と言っても、今供えたのを入れればたった三輪しかない小さなものだった。
「直接お逢い出来なくて……声を聴けなくて残念で仕方ありませんが……どうか安らかにお眠り下さい」
今度は淋しげな憂いを帯びた表情をして、また一輪供えた。
そして――。
「……お父さんに命を与えて下さって、ありがとうございました」
最後の花を手向けて、アンジェリークは深々と頭を下げ、祈りを捧げる。
その表情は癖のない栗色の髪で隠れてしまうが――可憐な声は震えていた。
俯いたアンジェリークの頬を伝い、一滴、また一滴と雫が零れ落ちる…。
暫くは彼女の小さな涙の音、彼女を優しく見守る風の音だけが辺りを包み込んだ。
「……アンジェリーク」
しかし、ふいに風が途切れた刻。
彼女の後ろから、彼女の名を呼ぶ静かな声が聴こえた。
「え……?」
顔を上げたアンジェリークはゆっくりと振り向く。
するとそこには――。
「……クラヴィス…様………?」
深い紫水晶の双眸でアンジェリークを見つめる闇の守護聖が、居た。
「クラヴィス様……どうして、ここに……?」
驚きのあまり、碧い瞳から零れる涙を拭うのも忘れて、アンジェリークは尋ねる。
クラヴィスは黙ったまま、彼女のそばへと歩み寄った。
「……陛下とレイチェルから知らされた。お前が、まだ一度も逢ったことも無く他界した祖父の墓へ訪れるため、下界へ降りたと…」
そのクラヴィスの言葉に、アンジェリークは「あ…」と小さく漏らして納得した。
アンジェリークが百合を手向けた墓の主は――彼女の祖父のもの。
一度も彼女と逢うこと無く旅立った、祖父…。
悲しいその知らせを聞いたアンジェリークは、女王に頼んで休日である今日だけ、下界に行き、祖父に逢いに行く許しをもらったのだ。
その際、女王と補佐官、同じ女王候補であるレイチェルにも事情を話した。
「アンジェリーク、ひとりで大丈夫?」
「うん。大丈夫よ、レイチェル。すぐに帰って来るから」
「……ねぇ、アンジェ」
「なに?」
「気をつけて行ってきなよ? それから……辛かったら……何かあったら、ワタシに頼ってよね!」
――聖地を出発する直前、女王候補寮で、もう一人の女王候補・レイチェルは、明るく優しく見送ってくれた。
青い空へ吹き抜けてゆく、緑の風…。
アンジェリークは栗色の髪をまた軽く押さえる。
「……父方の…本当の祖父なんです。父が幼い頃に、祖母と離婚してしまったそうで……それ以来、何の連絡もしてくれなかったそうです。大人になった父と会わせてあげようと親戚の方が色々手を尽くして下さったこともあったそうですが…その度に逃げられてしまったんですって…」
墓標に視線を向け、憂い顔で紡がれるアンジェリークの言葉を、クラヴィスはただ黙って聞いていた。
「そして結局、最後の最後まで父親としての責任を何も果たしてくれなかった……『もらったのは命だけだ』と父がそう言ってました…。私も、結局逢えずじまいで……」
振り向いて苦笑してみせると、思い掛けずまた涙がぽろりと零れた。
「あっ……あ、やだ…すみません…!」
慌てたアンジェリークは懸命に零れてくる涙を拭う。
すると――そんなアンジェリークを、クラヴィスは優しく抱き寄せた。
「謝ることはない…。私の前では無理をするな、アンジェリーク……」
「く……クラヴィス…さま……クラヴィス様ぁ…!!」
暗闇の中に射し込んできた一筋の月光のような、優しい言葉。
碧い海の如き双眸から一気に波をあふれさせて、アンジェリークは闇の守護聖の胸元にしがみついた。
「仕方がないのは解ってたけど…! どうして、こうなってしまってからしか逢えなかったんだろうって……私………私……!!」
父には育ててくれた尊敬すべき、もう一人の『父親』が居る。
それはアンジェリークにとっても、優しい『祖父』だ。
その人の意を無下に裏切ることなんて出来ないから、今までずっと逢わずにいた。
父にも『逢う必要はない』と言われ続けてきた。
だが――やはり、一度だけでも逢いたかった。
「だって……血の繋がった家族なのに…!」
アンジェリークの中から止めどない涙と化した思いが流れる。
父と『今の祖父』への思いと、亡くなった『本当の祖父』への思いで板挟みになっていたアンジェリークの儚い心。
硝子細工のようなそれが崩れてしまわないように、クラヴィスはただ大らかにアンジェリークを包み込んだ。
言葉はなくとも、その優しい沈黙と暖かさがアンジェリークの心を落ち着かせてゆく。
「……本当に…仕方ないんですよね……悪いのは…」
その先は、アンジェリークは言わなかった。
――たった一言、父に謝ってくれれば――
もっと違った形になれてたかもしれないのに。
「……私も、本当は解ってました。これは私の問題ではなくて、父達の『親子』の問題だって……だから……いいんです」
ゆっくりと涙を拭い、顔を上げるアンジェリーク。
「でも、一度だけ逢って……伝えたいことがあったんです」
そう言ってアンジェリークは、碧い瞳を白き墓に向ける。
クラヴィスも同じ方向へ眼差しを送った。
碧と紫の視線が集ったのは――三輪の百合の花。
「『初めまして』と、『さようなら』と、『ありがとう』を――伝えたかったんです」
手向けられた三輪の百合の花には、アンジェリークの三つの思いがそれぞれ込められていたのだ。
――恨んでなど、いない――そんなことしても仕方ない。
祖父らしいことをして欲しかったなんて今更言うわけでもない。
ただ、礼を言いたかっただけだ。
「父が言ってた『もらったのは命だけだ』という言葉……私はそれがとても大事だと思ったんです。だって、父が生まれたから、私も生まれることが出来たんですもの……。私も『命』をもらうことが出来たから……還したかったんです。そうすれば少しは『繋がり』が出来るかなって、思って……」
泣き笑いみたいになったアンジェリークの頬に残る雫を、今度はクラヴィスが長い指先で拭ってやる。
「消えはしない……たとえ少なくとも、お前と祖父の間にある『繋がり』は、決して」
そして、紫水晶の瞳にアンジェリークを再び映した。
「お前が望むなら、この眠れる魂に私の持つ闇のサクリアを――安らぎを与えよう」
「クラヴィス様…」
アンジェリークは一瞬驚いて碧い双眸を大きく見開く、が。
「ありがとうございます…クラヴィス様…!」
今度は嬉しさの色をたたえさせた。
「そして…――」
と、続けられた言葉に「はい?」とアンジェリークは小首を傾げる。
「……お前が望むなら、『闇の守護聖』ではない私から……私だけの安らぎを、お前だけに贈ろう……」
「く…クラヴィス様……!」
神秘性に満ちた声と優しい微笑みをしたクラヴィスが広げた両腕に――アンジェリークは大粒の煌めく涙を零しながら飛び込んだ――。
(――――おじいさん。
どうか、今だけ、おじいさんと呼ぶことをお許し下さい。
私は新たに生まれた宇宙の女王を決めるための女王試験を受けています。
どんな結果になるかは、全然わからないけれど。
私、きっと頑張ります。
私に……この宇宙に生きる命をくれて、ありがとう――)
暖かな陽射しが差し込む丘の上。
清らかな少女の『命』は安らぎに包まれ、白き『花』は風に揺れた――。
end.
《あとがき》
クラヴィス様創作、第一作目です。このお話は、ほとんどが私の実体験です。
色々ありまして、水帆と汐にはおじいちゃんが4人も居ます。
その中で本当に血が繋がっているのに一度も逢ったことのないおじいちゃんが居て、
結局…おじいちゃんが生きてる内に逢えないままでお別れとなってしまいました。
葬儀には行って来ましたが、『親族』ではなく、『一般』としての出席でした。
父と汐との3人で行って来たのですが、泣いたのは水帆だけでした;(←やっぱし)
何が悲しかったかは……本編でコレットちゃんに言ってもらった通りです。
どうしようもなく、やるせない思いでいっぱいでした。
でもこんなこと、いっぱい苦しい思いをしてきた父にも、入院中の母にも、
あちらの家族に完全に反抗的態度を示している汐(苦笑)にも…誰にも言えなくて。
唯一聞いてくれたのが、里久ちゃんです。本編中のレイチェルの台詞は、里久ちゃんからの
暖かいメールの一部を引用させて頂きました。
「力になりたい」とまで言ってくれた里久ちゃん。本当に嬉しかったです、ありがとう。
そんな里久ちゃんに出逢えたのも、私が今生きているのも、やっぱりおじいちゃんのおかげだ…と、
そういう思いから帰りの新幹線の中で悶々とこのお話を考えました。
「こーゆーのはやっぱクラヴィス様だ!」と思って(笑)
前に考えていた一作目は見送り(後回し?)になってしまい、申し訳ない限りです;
コレットちゃんの家族関係も勝手に私風にしてしまいましたが、本来はもっと明るく優しい関係のはず
だと思うので、どうか『ここでだけの話』とご理解下さると幸いでございます。
――って、すごい長いあとがき;
申し訳ありません; ここまで読んで下さった方に、心よりお礼を申し上げます。
writeen by 羽柴水帆
