星の花束
窓の向こうから、長く差し込んできた陽射し。
朝の訪れを喜んでいるような、小鳥たちの歌声。
少女らしいピンク色で統一された部屋で、金の髪の少女――は、翠玉の瞳を朧気に開く。
「今日は日の曜日……う〜ん、でも起きなきゃ、ね」
もう少し微睡んでいたいような気もしたが、は机の横に並ぶぬいぐるみ達のつぶらな視線を受けて、何とか起き上がることにした。
――女王候補として、ライバルであるロザリア・デ・カタルヘナと共に女王試験を受けている少女、・リモージュ。
聖地を模して創られた飛空都市での試験生活に、は慣れつつあった。
がいつものように、スモルニィ女学院の制服に着替え、身支度を済ませた刻、丁度よくノックの音がした。
「どなたかしら?」
可憐な声でつぶやきながら、扉を開ける。
するとそこには――漆黒の長い髪と、紫水晶の双眸を持つ、闇の守護聖が居た。
「クラヴィス様、おはようございます!」
訪人がクラヴィスだと判ると、は明るい笑顔を見せる。
「……。誘いに来た」
普段から、言葉少なげなクラヴィス。
今までも部屋まで誘いに来てくれた刻の言葉は、それだけだった。
「ありがとうございます、クラヴィス様!」
にっこりと笑って、喜ぶ。
部屋の中だというのに、クラヴィスの紫水晶の双眸には、その笑顔は輝いて映った。
寮を出る刻、クラヴィスに「森の湖へ行くぞ」と言われ、ふたりはそこへと向かって歩き出した。
道行く飛空都市の人々が、こちらを見やるのが判る。
おそらく、外でクラヴィスを見かけるのが珍しいからだろう。
最近、そんな噂話が流れているので、はそう思った。
ふと、隣りを歩く彼を見上げてみる。
――安らぎを司る、闇の守護聖。
人は、張りつめたままでは生きていけないから。
休息と安らぎをもたらす、それが彼のサクリアであり、役目である。
けれど大抵の人は、『闇』と聞いただけで恐れてしまう。
そして、『闇の守護聖そのもの』という雰囲気を漂わせているクラヴィスは、他の守護聖と比べると、馴染みやすい存在とは言えない。
表情も考えも虚無的で、そんな彼と行動を共にするのは、優しさを司る水の守護聖ぐらいなものである。
(クラヴィス様、ちっとも怖い人なんかじゃないのに……)
彼の横顔を見上げながら、は胸中でつぶやいた。
クラヴィスは、自分から進んで喋ったりしない分、の他愛のない話でも黙って聴いてくれたりするのだ。
にとっては、厳格な光の守護聖の方が、色々とお説教をされてしまったりするので、ある意味で怖い存在でもある。
(まぁ、それは私のためを思って、ジュリアス様もおっしゃって下さってるんだけど)
青い切れ長の双眸を持つ光の守護聖を思い出して、は苦笑いしそうになったが、それは何とか胸の中におさめた。
光と風が行き交い、水と鳥の声があふれ返る、森の湖。
今までにも幾度となく来たことがあるが、この美しい場所が、は大好きだった。
「いつ来ても綺麗だなぁ……」
涼しげな水音を奏でる滝や、太陽の光を反射させる湖の水面。
自然の息吹に満ちた緑の森の中で、はつぶやいた。
「……、こっちだ」
少し離れたところから聴こえた声に、は「え?」と振り返る。
クラヴィスが向かおうとしているのは――森の奥。
初めて案内された刻に、「決して行ってはいけない」と言われた、禁じられた場所。
「でも、そっちは行っちゃいけないんじゃ……?」
が小首を傾げると、クラヴィスは変わらない表情のまま、「……来るのか、来ないのか」と紫水晶の双眸を向ける。
「はい、行きます、クラヴィス様」
金の髪の少女は笑顔で頷き、闇の守護聖の元へ駆け寄った。
生い茂った木々が立ち並び、湖のそばほど、陽の光が届かない道。
木陰の続くその道を歩くクラヴィスに、は周りを見回しつつもはぐれないようについて行く。
――やがて、森の小径の先に、出口を思わせる光が見えてくる。
は、段々と眩しくなってくるのを感じて、翠玉の瞳を細める。
小径が終わり、出口を潜ると光は一層強くなり、ついにその双眸を閉じた。
「……わぁ……――!」
強い光の次に、視界に飛び込んできたのは――色とりどりの、一面の花畑。
「うわぁ、すごーい! すごく綺麗なところですね、クラヴィス様!」
大きな翠玉の瞳を輝かせ、は感激した。
「ここは本来、お前たち女王候補の立ち入りは禁止されている。勝手に出入りされては困る場所なのだ」
クラヴィスの言葉に、は小首を傾げる。
(何でかな…? 迷っちゃうかもしれないから、かな? それとも、あんまり人が入ったりしない方が、お花のためだから、かな?)
色々考えながら、そういえば、とはふいに思いついた疑問を口にした。
「でも、あの、クラヴィス様。どうして私を、ここへ連れてきて下さったんですか?」
「……知りたいか?」
そう訊き返されて、は「は、はい!」と、やや緊張して返事を返す。
クラヴィスは暫く沈黙すると、
「……いや、あえて言うまい。口に出さぬ方がいい……」
結局それを語らなかった。
「え…? あ、そうですか……?」
は、知らないうちに力を込めていた手を解いた。
「お前にとって、ここに来たことが何かの記念になるといいのだが」
相変わらず、クラヴィスの声に覇気は無い。
けれど彼なりの気持ちは、確かに感じ取れる。
「クラヴィス様……」
は、驚いたように瞳を瞬きさせた。
「気に入ったか?」
金の髪の少女を見やると、クラヴィスの紫水晶の双眸が、陽射しに触れ、その色の鮮やかさが増す。
「――はい!」
心がふわりと温かくなるのを感じたは、輝くような笑顔を返した。
「あ、かすみ草だ…!」
色彩豊かに彩られた花畑の中で、はかすみ草の咲く一角を見つけ、その場にしゃがみ込む。
大きな花も、小さな花も、艶やかな花もあるが、がこの刻見つけたのは、決して目立つ花ではない、かすみ草だった。
「……それが、お前の好きな花か?」
クラヴィスにとって、それは少し意外だったようだ。
「お花はどれも綺麗なので、決められないんですけど、かすみ草は確かに好きです! それに、他のお花に負けないように、一生懸命なんだなって思って、目にとまったんです」
とても楽しそうに話す。
クラヴィスは「そうか…」と言って、自身もかすみ草の花たちを瞳に映す。
「かすみ草という花は、このように小さな花が集まって咲く。花のことはあまり詳しくないが……夜空の星が集まったようなので、覚えた。なかなか綺麗だと思う……」
「そうですね、クラヴィス様。私もそう思います!」
素直な言葉と笑顔を向けてくるに、クラヴィスは自然と穏やかな気持ちになり、微笑みを零していた。
――その次の、日の曜日。
は、手紙の精霊に頼んで、クラヴィスと会う約束をしていた。
そして、金の髪の女王候補の元へ訪れた刻に、闇の守護聖が贈り物として持ってきたのは――かすみ草の花束だった。
光がどれほど明るく、美しいものかが判るのは、周りに静かな闇が在るから。
夜空に散りばめられた星を集めたような、花束。
それを受け取った刻、金の髪の女王候補の心は、確かに温かい安らぎを感じた。
end.
《あとがき》
クラヴィス様&リモージュちゃん創作、第一作目です!
いつも温和コレットちゃんばかり書いてましたが、今回、時空界一周年記念として、
リモージュちゃんとコレットちゃんで、それぞれ二つ書いてみようと思い、挑戦して
みました(笑) が、未熟者ですみません; もっと精進します;
私がアンジェを初めてプレイしたのが『デュエット』で、その刻『外出好き』だった
クラヴィス様が、一番最初に森の湖の奥へ連れて行ってくれました(笑)
それが嬉しかったのを未だに憶えていたので、書いてみました。
リモージュちゃんも好きなので、また書きたいですね〜。
読んで下さって、ありがとうございました!
written by 羽柴水帆
《
back》