光の御手に抱かれて





 草木の香りを含んだ風が、アルカディアの大地を駆け抜けていく。肌をさす柔らかな日差しは心地よい。澄みきった空が、絶好の散策日和であることを告げてくる。こうした日は、誰もが家に閉じこもっている気になれないものだ。よって日向の丘にも、家族連れや草地の上に寝転び、日向ぼっこを楽しむ者の姿が、普段よりも多い。
 そんな中、木の下に腰を下ろし、本をひろげている者の姿がある。地の守護聖・ルヴァである。読書好きで知られる彼だが、さすがにこの日は部屋にこもっている気になれず、外で本を読むことにしたのだ。
 頭部に巻いたターバンを風にそよがせながら、ルヴァは黙々と読みすすめていく。走り回る子供たちの賑やかな声も、彼の耳には届いていないようであった。
 草が静かな音を発する。
「――ルヴァ様」
 少々遠慮がちに呼びかけたのは、天使を意味する名を持つ少女である。が、ルヴァは彼女の呼びかけに気づいた様子はない。
 少女――アンジェリークは、くすりと微笑むと、地の守護聖の隣に腰を下ろす。
 風が彼女の存在を示すように、その髪をそよがせた。アンジェリークは片手で頭髪を押さえたが、ルヴァの視界の片隅にそれは滑り込んだ。そこでようやく、ルヴァは少女の存在に気づいたようである。
「あぁー、アンジェリーク!? いつからそこにいたんですかぁ?」
「ついさっきからです。一応お声をおかけしたんですが、お返事がなかったので、勝手にお隣に座ってしまいました。いけませんでしたか……?」
「あー、そうだったんですか。いいえ、いけないなんて、とんでもないですよー」
 その答えを聴いて安心したのか、アンジェリークは微笑してみせる。
「何の本を読んでいらっしゃるんですか?」
 少女はルヴァの手元を覗き込みながら問うた。
「あー、このアルカディアの伝承に関する本なんですよ。これがなかなか面白くてですねぇ……」
 説明を始めると、地の守護聖の口はなかなかその動きを止めない。長い長い説明を、アンジェリークは飽きることなく、聴き続けた。
「――といったところでしょうか」
 一通りの説明を終え、ルヴァはようやく一息つく。そこで自分だけしゃべっていたことに気づき、まずかっただろうか、と天使を意味する名を持つ少女を見やった。が、杞憂であった。アンジェリークは感心したように本を見ている。と、ルヴァの視線に気づき、顔を上げる。
「どうかしたんですか? ルヴァ様?」
「え? あぁー、いえ、何でもありませんよー」
 胸を撫で下ろしながら、地の守護聖は言った。心なしか頬が上気している。いつもよりも近くで見るアンジェリークの顔に、内心でどぎまぎする。
 小首を傾げる少女に「何でもありませんよ」と笑いかけ、ルヴァは彼女にも見えるように本をひろげた。時折アンジェリークが投げかける質問に、丁寧に答えながら、ルヴァは少女とともにページを繰る。
 日向の丘に風と緑の守護聖がやってきたのは、しばらくしてからのことである。何やら楽しそうに会話を弾ませている。
 と、緑の守護聖――マルセルの視線がとある一点に固定された。自然と歩みも止まる。
「ん? どうしたんだ? マルセル?」
 風の守護聖であるランディも立ち止まり、いぶかしげに問うた。
「ねぇ、ランディ、あれ……」
 マルセルの細い指が、視線の向けられている方を指し示した。ランディがそちらを見やれば、木の下に見覚えのある人物がいるではないか。近寄ってみると、やはり新宇宙の女王と地の守護聖である。互いの身体に寄りかかるようにして眠っている。
 緑の守護聖が小さく笑い、声をひそめて言う。
「気持ちよさそうだね、二人とも」
「ああ、本当だ」
 ランディの口元も自然とほころぶ。ひそめられた声には、微笑が含まれていた。
「せっかくだから、このまま寝かせておこうか」
「うん、そうだね。でも、風邪ひいちゃったりしないかな?」
 わずかに眉をひそめてマルセルが言うと、風の守護聖は少し考え込む。そして何やら思いついたような表情をすると、自分の身につけているマントをはずした。足音を忍ばせて近寄り、そっと眠っている者たちにマントをかけてやる。
「あったかいから、これで充分だと思うよ。夕方にまた来てみて、まだ眠っているようだったら、起こそう」
 マルセルは小さく頷き、天使を意味する名を持つ少女と地の守護聖を見やった。
「おやすみなさい、ルヴァ様」
「おやすみ、アンジェリーク」
 二人の守護聖は優しくささやきかけると、静かにその場を離れた。後にはアンジェリークとルヴァが残される。
 陽光という名の光の御手に抱かれた二人は、ささやかな幸福の中にあった……。



                     ――Fin――



 <あとがき>

・本当に久しぶりに書きました、アンジェ創作です; 久々に書いたので、いつもにも増して自信がありません。
 イメージを壊された方がいたら、すみません。どうも風見野は恋愛ものを書くのが苦手で、水帆ちゃんが羨ましい限りです。
 いつだったか、水帆ちゃんに「何をすれば恋愛ものになるの?」と本気で訊いたことがあって、「………何を、って、言われても……(汗)」と彼女を困らせたことがあります(ーー;)
 そんな私ですので、皆さんに満足して頂けるものをあまり書くことができませんが、自分なりに頑張るつもりです。
 ここまで読んで下って、ありがとうございました。



                      2002.6.23   風見野 里久