――――そっと舞い降りた夜のとばり。
 月は金色を帯びて優しく灯り、星々は穏やかに夜空を彩る。

 長い長い戦いの果てに、ようやくおとずれた宇宙の平和――。
 それを告げるかのように、祝福するかのように。
 静かで穏やかな夜がすべてを包み込む――。


 藍色の夜空の下で、神々しく光り輝く聖地の宮殿。
 この宇宙を治める金の髪の女王が住まうそこでは、今宵、戦いの終わりを祝したパーティーが開かれていた。
 女王に仕える九人の守護聖達。
 先の女王試験での六人の協力者達。
 そして――その女王試験で見事、新宇宙の女王に選ばれた少女、アンジェリーク。
 彼女と仲間達への、女王からの感謝が込められたささやかなパーティー。
 長い旅を終えた皆は思い思いにそのパーティーを楽しんでいた。
 ゆえに――賑やかなそれからこっそりと抜け出すふたつの影があったことに、誰も気づかなかった――。


 宮殿のはずれにある夜の森は、ひっそりとした静けさに満ちている。
 聴こえるのは微かな虫達の声と風に揺れる樹々の葉音。
 そんな優しい静寂に包まれて。
 ふたつの影が、夜空から降り注ぐ月の光に照らされる。
 ひとりは水の守護聖リュミエール。
 そしてもうひとりは――。
「大丈夫ですか? アンジェリーク」
 新宇宙の女王であり、彼の想い人であるアンジェリークだった。
 宮殿をそっと抜け出してこの森にやってきたふたりだが、アンジェリークの表情がどこか曇っているような気がして、リュミエールは心配そうに声をかける。
「長い旅が終わったばかりでお疲れですよね。そんな時にこのようなお誘いをしてしまって申し訳ありません…」
「い、いえっ、そんな…! 違うんです…!」
 リュミエールの謝罪の言葉に、アンジェリークは慌てて俯かせていた顔を上げる。
「私は大丈夫です。それに……私もリュミエール様とお話ししたいと思っていたんです」
 リュミエールに安堵してもらおうと、アンジェリークは柔らかな笑みで答えた。
「…ありがとうございます。アンジェリーク」
 彼女のそんな心遣いに、先程の曇っていた表情の理由は、これから自分の話す事と同じ事だったから……なのかもしれないとリュミエールは礼を言いながら思った。


 枝葉の茂る森の中で、一層夜空が見渡せる場所まで来るとふたりは足を止めた。
 リュミエールはアンジェリークに一度穏やかな笑みと眼差しを送ると、たくさんの星を散りばめる夜空を見上げる。
「……今日の夜空は、何と美しいのでしょう。まるで宇宙の平和を祝福しているかのようですね」
「ええ……星が本当に綺麗ですね」
 彼の言葉に、アンジェリークも答えて静かな夜空を見上げる。
 しかし、すぐに視線を戻してきたリュミエールに気づいて同様に視線を戻す。
 するとその蒼い眼差しはまっすぐに向けられていて、
「私からあなたに、ひとことお祝いの言葉を言わせて下さい」

 暖かくて優しい――アンジェリークの大好きな笑顔になる。

「最後までよく頑張って下さいました。あなたが勝利を導いたのですよ」
 その微笑みと同じ優しい声で贈られた言葉に、
「リュミエール様……!」
 アンジェリークの瞳と胸にせつないほど暖かいものが込み上げてくる。
 そんな彼女を見てリュミエールは柔らかく微笑すると、ふっとまた蒼い双眸を夜空へ向ける。
「おかげで私達の旅も無事終わりました。そして……あなたは、ご自分の宇宙へと還ってしまうのですね…」
「…っ!?」
 アンジェリークの還る場所――新宇宙へと続いている遠い夜空を見つめるリュミエールの寂しげな声。
 細く冷たい氷の針が、心に突き刺されたような気がして、アンジェリークは息をのんで青緑色の瞳を見開いた。
「いつか必ず別れの時が来ることは、あなたに再会した時から解っていました…。――けれど…!」
 リュミエールの声と表情が段々と悲痛なものになってゆく。
「けれど、いつまでも、それを受け容れることの出来ない自分が居るのです…。あなたとお別れするのはとても辛い……」
 悲しげに翳る蒼い双眸を、ただ見つめ返すことしか出来ないアンジェリーク。
 だがそれは、自分も彼と同じ想いだと訴えている。
 なのに言葉に出来ないのは――アンジェリークが新宇宙の女王だから。
 この宇宙に住む者ではないだけでなく、新宇宙を治めるべき使命を持っているからだ。
 これから、たくさんの命達が生まれてくる新宇宙を見守る――捨てることも、拒むことも決して出来ない大切な役目。
 好きな人と一緒にいたいと願うことは、その役目を投げ出そうとすること…。
 ゆえに――アンジェリークは言葉を紡げなかった。
「…リュミエール…様……!」
 伝えられない言葉の代わりに、一滴の涙が、彼女の頬に流れる。
 リュミエールはアンジェリークの頬にそっと手を添えて、涙を優しく拭う。
 ――それは、この宇宙の『水の守護聖』であるリュミエールも痛いほどよく解っていることだった。
 別々の宇宙にそれぞれ必要とされる存在であることを…。
 その証に彼の優美な面立ちがすっと引き締められる。
「……ですが、私達にそれしか道が無いのであれば…――あなたにお願いがあるのです」
「え…?」
 あまりのやるせない想いに顔を俯かせていたアンジェリークが再び顔を上げる。
「旅が終わってしまった今、住む世界の違う私達のために残された時間は、今夜だけ…。ですから、あなたと共に過ごせるこの最後の時間を、私に預けて下さいませんか?」
「……はい。リュミエール様……!」
 優しい蒼の双眸に見つめられての言葉を、アンジェリークは素直に受け止めた。
 ふたりは夜の森の木陰に座り、寄り添う。
 星の瞬きが消えるまで、月の光が霞むまで――。



 ――どのくらい時間が経っただろう。
 そっと寄り添うふたりを見守る月も星々も、未だ輝きを失わない。
 けれど、藍色の夜空は刻々と薄れていくようで――。
 安心しきったように身を寄せるアンジェリークを心から愛おしく想いながら、リュミエールは夜空の彼方を見上げ、そっと瞳を伏せる。
「……この夜が永遠に続けばいいのに…終わってほしくない。あなたと、こうしてずっと一緒にいたい……」
 アンジェリークの耳に、心に、静かに響いたリュミエールの想い。
 秘められたその揺るぎない強さを感じ取ったアンジェリークは、少し驚いたように彼の顔を見上げる。
 すると、リュミエールも眼差しをアンジェリークに戻す。
 その表情は、穏やかだけれどとても真剣なものだった。
「時間はすべてを忘れさせる……もしそれが本当だとしても、私はあなたを忘れません。すべてに逆らってでも、あなたのことをいつも心に……」
 永遠に変わらぬ、深い愛の誓い――。
 リュミエールに贈られたその言葉に、アンジェリークのようやく凪いでいた心の水面に大きな波紋が広がる。
「リュミエール様……!?」
 嬉しいのに、苦しくて。
 その水面にはやがてさざ波が立ち、同時にアンジェリークの瞳が潤んでいく。
(だっ、ダメ…! 泣いちゃダメ…!)
 心の中で必死に自分に言い聞かせようとするが――止まらない。
「うっ……リュミエール様ぁ…!」
 瞳からたくさんの涙を、心からたくさんの想いをあふれさせて、アンジェリークは俯いて両手で顔を覆った。
「アンジェリーク……」
 小さく震える彼女の肩をリュミエールは優しく抱き寄せる。
「ご…ごめん…なさ…い…! リュミエール…さま…!」
「…どうして、謝るのですか?」
 幼子のように泣きじゃくるアンジェリークの、けれどとても綺麗な涙をそっと繊細な指で拭ってやりながら、尋ねるリュミエール。
「…つ…辛いのはリュミエール様も同じなのに…! 一緒に、いられるのは…今夜だけ…今だけなのに……! だから…! この最後の時間を…悲しいものにしちゃ……いけないのに……!」
 幾つもの涙を零し、やっとの思いで答えたアンジェリークはリュミエールの胸元にしがみつく。
「アンジェリーク…」
 そんな彼女を、リュミエールは優しく抱きしめた。
「ごめんなさい……ごめんなさい…リュミエール様…! 涙…と、止まらない……!」
 背中に回されたリュミエールの両手が、優しくて暖かくて。
 それが返ってアンジェリークの涙の琴線を奏でてしまう。
「……いいのですよ、アンジェリーク…」
 リュミエールはそう囁いて、アンジェリークの頬に手をやり、顔を上げさせる。
「……?」

 アンジェリークが涙をいっぱいに溜めた大きな瞳を不思議そうに瞬きさせると、そっと栗色の前髪を掻き分けられて、額にリュミエールの唇が降りてくる。

「…リュミエール…さま……」
 羽根が舞い降りたようなキスを受けた額を、細い手で押さえるアンジェリークの頬が、淡い薔薇色に染まる。
 仄かな熱が額に広がると同時に、彼女の涙も心も静かに落ち着きを取り戻していく。
 リュミエールは頬を染めるアンジェリークに彼女らしい可愛らしさを感じて、柔らかく微笑む。
「でも……ありがとう、アンジェリーク。あなたの優しい気持ち……とても嬉しいですよ」
 そっと腕の中に閉じこめた彼女の柔らかな栗色の髪を撫でる。
 リュミエールのその暖かい手に、心地よさそうに目を閉じるアンジェリーク。

 ――儚く可憐な一輪の花を思わせる、大切なひとりの少女。

 繊細だが芯の強さを秘める綺麗な心を持つ彼女が、今、リュミエールの腕の中に居る。
 ずっとこうしたいと思っていた。
 ずっと、こうしていきたいと…思っていた。
 だから……今こうしていることがまるで夢か奇跡のようで――リュミエールはぎゅっとアンジェリークを抱く腕に少し、力を込める。
 今のこの瞬間が、夢や幻ではないことを確かめるために。
 そしてもうすぐ――やがてはこの瞬間が終わってしまうことに心を痛めたから。
「リュミエール…様……?」
 控えめだけれど強いリュミエールの抱擁にアンジェリークは少々驚く。
 だが、おずおずと遠慮がちに細い腕をリュミエールの背に添えた。
 すると――。
「………大丈夫。きっと、大丈夫ですよ。アンジェリーク」
 リュミエールの優しい声が耳元に届いて、更に強く大らかに包み込まれる。
「え…?」
 暖かい彼の胸に埋めていた顔を、そっと上げるアンジェリーク。
 彼女の愛らしい表情を蒼い双眸に捕らえたリュミエールはゆっくりと腕の力を緩めて、芯の強い微笑みを刻む。
「私達はひとりじゃありません。心はいつも隣りに、そばに在ります。お互いを信じ想い合うこの心があれば、きっとまたこうして会うことが出来ますよ」
「リュミエール様……」
「どんなに遠く離れても私はあなたを想っています」
 真っ直ぐな眼差しと想いが化した言葉――。
 それを受け止めたアンジェリークの、海を抱いた碧い瞳から幾つもの雫が零れ出す…。
「はい……はい…リュミエール様…! 私もリュミエール様のことを想っています…! 遠い新宇宙から、ずっと……!」
 再びリュミエールの腕の中へ飛び込んでいくアンジェリークの頬を伝う真珠のような涙が零れ落ちる。
 それは夜空から射す月の光に反射して、可憐に煌めいた。
 彼の言葉を受けて彼女が生み出したその雫は、ふたりの想いの証。
 そして約束の証だった――。




                              end.




   《あとがき》
   リュミエール様創作第一作目…です…。 うひゃぁ〜; 何だかちょっと、いえかなり恥ずかしいです(///)
   この天レクのリュミエール様EDは、私が初めて涙したものでして…。
   それで印象に残っていたので書いてみました。
   私って本当にすごくリュミエール様に弱いんですよ(笑)。ゲームのEDは勿論、天レクのメモリアルブックで
   リュミエール様のところを読んでいるだけでも涙がぼろぼろって出て来ちゃうんです;
   トロワもムービー前の告白シーンで、すでにぼろぼろでした(苦笑)
   やっぱり私は本編の、優しいけど芯の強いリュミエール様が大好きですv


                                      written by 羽柴水帆



                              


月光に煌めく雫