――光と闇が交差した場所。
気づくと、チャーリーはそう思った。
初めは暗い場所だと思ったが、小さな輝きが一粒一粒光を放っている。
暗い中にたくさんの光が散らばる空間。
(――宇宙…か…?)
無限に広がる宇宙空間、チャーリーはその中を漂っていた。
(何で俺、こんな所に…)
そう思った刻、ほのかな気配と灯りを感じてそちらに振り向いてみた。
すると、そこには――。
「あっ…アンジェリーク!?」
チャーリーが愛してやまない、最愛の少女――新宇宙の女王であるアンジェリークが、少し離れた場所に、自分と同じように宇宙空間に漂っている。
「アンジェリーク! どうしてこないな所に…!?」
彼女に駆け寄ってそう話かけたかった。
しかし身体が思うように進んでくれなければ、声も彼女に届いてない様子だ。
何とかしなければと、そう思った刻。
――突然、一切の光を飲み込む暗黒色の靄が現れた。
そして、その黒い靄は宇宙に漂うアンジェリークに覆い被さる…!
「なっ…!?」
チャーリーが愕然とする中、恐怖に満ちる表情のアンジェリークが黒い靄に飲み込まれる…!
「アンジェリークッ!」
彼女を助けたい思いで必死にもがくが身体が全く進んでくれない…!
「どーなってんのや!? アンジェリーク! アンジェッ! アンジェ―――ッ!!」
黒い靄と共に消えていく最愛の少女の名を呼ぶチャーリーの叫び声が、空間に遠く響き渡った――。
「――…社長……社長。起きて下さい」
「…っ!?」
急に耳に入ってきた呼び声に、チャーリーは目を覚ました。
そこはいつもの社長室のデスク。
大きな椅子にもたれかかって眠っていたのだ。
「…夢…か…? 今の…」
うっすらと額にかいてしまった汗を手の甲で拭いながら、チャーリーは呟く。
「随分とうなされていたようでしたよ。悪い夢でもご覧になったのですか?」
「ああ。ちょっと冗談キツイ…いや、シャレにならん夢やった」
自分をその夢から起こしてくれた秘書に、苦笑しながらチャーリーは答えた。
「きっとお疲れなのでしょう。今日のスケジュールは終了しましたから…もう今日はお早めにお帰りになって休まれた方が宜しいのでは?」
「ああ、そやな。あ〜あっ、今日も疲れたわ〜」
椅子から立ち上がり大きく伸びをして、チャーリーは秘書と共に社長室を退室した。
「……あっ、俺ちょっと忘れ物したわ。お前、先帰ってええよ」
「は…? そうですか」
「ああ」
「では、失礼致します。また明後日に」
「ああ。気ぃつけてな」
「はい」
ビルの地下の駐車場で秘書と別れ、チャーリーはきびすを返してエレベーターにまた乗り込んだ。
長い廊下を歩いていき、大きな立派な扉の前で、胸ポケットに忍ばせてあるカードキイでセキュリティを解除する。
部屋に入り、照明をつけようかと思ったが、薄いブラインドでしか覆われてない社長室は大きな窓から射す月の光と夜景の明かりで充分だった。
早速忘れ物を取るためにデスクの引き出しに手をかけ、引く。
その中からチャーリーが取り出したのは、小さな琥珀色のイヤリングだった。
それも、片方だけの。
「ふぅ〜…」
琥珀色の片イヤリングを握って、チャーリーはどさっと椅子に座る。
そしてイヤリングを月明かりに透かすと、
「……アンジェリーク…」
愛しい少女の名を呼んで、イヤリングにそっと口づけた。
この琥珀色のイヤリングは、彼の恋人――アンジェリークとの思い出の品だ。
かつてこの宇宙を襲った危機からそのすべてを救うために旅したあの時…。
もう一度会える奇跡を信じて別れたあの日から、琥珀色のイヤリングはふたりの宝物になったのだ。
そしてそれは本当によく効くお守りでもあった。
ラ・ガという未来の新宇宙を脅かす謎の意識体によって、大陸・アルカディアに封じられてしまった青年・エルダを解放するために両宇宙の女王を初め、守護聖や協力者たち――かつての仲間が集まり、再会を果たせたのだ。
そう、最愛の恋人との再会をも――。
しかしあまり喜んでばかりいられない状況の中、115日間という長いような短いような期間の中で、アンジェリークは新宇宙の初代、創世の女王としてアルカディアを育成し、無事エルダを解放、ラ・ガを消滅させて未来の宇宙を救った。
そして、また来てしまった別れの時。
またあのせつない思いを繰り返すのかと思いきや、今度は違っていた。
アンジェリークの育成したアルカディアが存在した次元のはざまが小宇宙へと変化し、そこがふたりでいつでも会える『理想郷』となったのである。
「アンジェ……あ〜…早く会いたいなぁ…」
チャーリーは休日である明日、いつもの待ち合わせ場所、アルカディアの浮遊大陸の一つ、『約束の地』にてアンジェリークと会う約束をしている。
それを心待ちにしながら、アンジェリークのことを思いながら、チャーリーはまたいつの間にか眠りの淵に落ちていった…。
(――…ん? ここは…?)
チャーリーが鳶色の瞳を開くと、そこはまたしても宇宙空間だった。
「またかいな……」
どうせ夢や、と思ってそう言うと。
「あっ…あれは、アンジェ…!?」
先程と同じように、宇宙空間を漂っているアンジェリークを見つけた。
そしてまた訪れる――悪夢。
黒い靄が突然現れ、アンジェリークの周りを覆っていく。
「アンジェッ!」
チャーリーが必死に叫んで彼女の元へ行こうとするが、やはり先程と同じことで身体が進まずに宙を泳いでしまう…!
「くっそぉ! アンジェ! アンジェッ!」
またさっきと同じように何にも出来ず彼女をさらわれるのか――!
チャーリーが悔しさに満ちた、その刻。
彼の声が届いたかのようにアンジェリークがこちらを見た。
そして、必死に細い腕をこちらに差し伸べる。
「あ…アンジェ…!?」
チャーリーの瞳にはそれがとても衝撃的に映った。
そして――。
「助けて、チャーリーさぁん――!!」
彼女の助けを求める声も聞こえた――。
「アンジェッ!!」
大きな声で彼女の名を呼び、チャーリーは目を覚ました。
そこは夜の薄明かりに包まれた社長室。
また椅子に座ったまま眠ってしまっていたのだ。
「…一体…何なんや……今の夢…」
びっしょりかいてしまった汗を胸ポケットのハンカチで拭く。
「……夢…?」
チャーリーはそこでふと考える。
今もさっきも同じような夢だった。
でも、本当にただの夢なのだろうか?
自分は宇宙一の大財閥の総帥とは呼ばれつつも、普通の人間。
女王陛下の仕事などに一緒に協力する仲間、火龍族の占い師・メルのような不思議な力を持っているわけではない。
だから予知夢のようなものは見るはずがないのだ。
けれど――。
(助けて、チャーリーさぁん――!!)
「……っ!」
チャーリーは意を決したように強く鳶色の双眸を開くと、椅子から立ち上がって社長室から出ていった。
いつもは陽気な笑顔をたたえているが元々は端正なその顔が、引き締められて更にその端正さを増す。
仕事のときの、『社長』のときの表情もこんな感じなのだろうか?
しかし今の彼にはそれよりももっと怒りと焦りを感じさせる一人の『男性』という言葉が合う。
――夢か本当かは判らない。
だが、確かに彼女はチャーリーに助けを求めていた。
行かずにはいられない――!
チャーリーがアルカディアに着いたのは、丁度翌日の早朝になった。
いつも会うときは早い時間から会っていたが、こんなに朝早くに来たのは初めてだ。
「ま、仕方ないわな…」
そう呟いて、チャーリーは約束の地へと歩き出した。
――本当はすぐアンジェリークに会いに行きたかった。
新宇宙の宮殿の彼女の部屋に駆け込んで、無事な姿を抱きしめて確認したかった。
しかし……あの夢が『ただの夢』という可能性がやっぱりある。
何事もないのに、互いの立場もはばからず下手にそんな強引な行動に出たりしたら…。
自分は構わないが、彼女が可哀想だ。
だから、とりあえず今日会う予定のこの地へと先に来ることにしたのだ。
今日一日待って、ここに彼女が来なかったら、何かあったとみて彼女の親友、新宇宙の女王補佐官に連絡することぐらいはできるだろう。
「けど……ホンマにただの夢やなかったら……!」
自分に助けを求めた、涙を浮かべたアンジェリークの顔が思い出される。
「ああもうーっ! 俺はどないしたらええんやっ!?」
パリッとしたスーツを着こなした端正な顔立ちの美青年(自称)は一気に取り乱す。
しかし――。
緑あふれる約束の地、その花畑まで来て彼の足は止まった。
「……!?」
誰かがいる。
誰かが花畑に座って、いる。
――背中まで伸びた栗色の髪。
可愛らしい桃色の服を着ているその少女は――!
「アンジェリークッ!?」
「え…?」
チャーリーが呼んだその名を持つ少女が、小さく驚いて振り向いた。
「あ…チャーリーさん…!」
嬉しそうにふわっと表情をほころばせて少女――アンジェリークは立ち上がる。
「アンジェリーク……何で、こんな早くに…?」
「え? あの…えっと……執務が思ったより早く終わって……いえ、本当はまだちょっと残ってたんですけど、レイチェルがいいよって言ってくれて」
呆然としたまま尋ねたチャーリーに、アンジェリークは他愛なく答える。
「それで、時間はまだ早いけど…チャーリーさんに早く会いたかっ……っ、きゃ…!」
アンジェリークがちゃんと答える前に、チャーリーは彼女の細い腕を掴んで抱き寄せた。
「ホンマに……ホンマにアンジェなんやな…!?」
愛しい少女の華奢な身体を強く抱きしめる。
「…チャーリーさん…? ぅ…!?」
不思議そうに彼の名を呼んだアンジェリークの唇を、チャーリーは自分の唇で塞いだ。
柔らかな長い髪を撫でて。
しっかりとその身体を抱きしめて。
頬に、額に、そしてまた唇にキスをして。
チャーリーはアンジェリークの無事を確認した。
「…んっ……チャーリーさん…待っ…! どう…したんですか…?」
すっかり頬が紅く染まっているアンジェリークは、彼の唇に触れられる度に熱くなる肌を意識しながら、懸命に尋ねた。
「…あぁ…ごめん…! 驚かしてしもたな」
チャーリーはようやくアンジェリークから唇を解放して微笑む。
「実は……変な夢見てな」
「…夢?」
「ああ。けったいな夢でなぁ…俺とあんたが少し距離を置いて宇宙空間に浮かんでるんや。そしたら突然黒い靄みたいなんが現れて、あんたをさらっていってしまう…」
「………」
苦痛とも悲痛ともとれる表情で話すチャーリーを、アンジェリークは黙って見つめる。
「最初はただの夢やと思った。けど二度も同じ夢を見て……しかもそんときは、あんたが俺に助けを求めたんや…! なのに俺は少しもあんたに近づけへんかった…!」
チャーリーの心から悔しさがあふれ出る。
「あの黒い靄にあんたが飲み込まれてしまうのを…何でただ叫んで見てなあかんのや! いや、それよりも何にもできんかった自分が一番悔しくて情けなくて哀しくて…」
今にも泣いてしまうんじゃないかと思うぐらいに、チャーリーは辛そうに嘆いた。
「……せやから、無事なあんたを見たら、もう堪らなくなってしまったんや。ごめんな、驚かせて……――!?」
言いかけてチャーリーは言葉を失った。
胸に舞い降りる、柔らかな感触。
――アンジェリークがチャーリーの胸に抱きついた。
「…アンジェ?」
「……大丈夫。私は大丈夫です、チャーリーさん…」
幼い子供を安心させるようにアンジェリークはチャーリーの背に回した手にぎゅっと力を込めて抱きしめる。
実際にさっきの辛そうなチャーリーは幼い少年のように見えてしまったからだ。
「…でも、ありがとう…チャーリーさん…。私を助けようとしてくれて…ありがとう…」
目を閉じて、安心しきってチャーリーの胸元に身を寄せて、アンジェリークは優しい声と腕で愛しい彼を包み込んだ。
「……アンジェ…それは俺の言葉や。…ありがと!」
ふっといつもの彼らしい笑顔に戻ったチャーリーはアンジェリークを抱きしめると、彼女の顎を軽く持ち上げてその小さな唇に自分の唇を重ねた。
――ああ、とチャーリーは納得する。
この少女に満ちあふれる優しさ。
それが、新しき宇宙をも愛し包み込めるのだろうと。
だが、今それは自分だけのもの。
彼女の心も身体も優しさも、彼女のすべてが――。
「……チャーリー…さん…?」
ドキドキと鳴り響く鼓動はアンジェリークのものだろうか、それとも彼女を抱く彼のものだろうか。
「なぁ…アンジェ。ひとつ、頼みがあるんやけど…聞いてくれる?」
「え…何ですか…?」
大きな瞳で自分を見つめ、小さく首を傾げる可愛い恋人をチャーリーは再び抱き寄せて。
「今夜、一緒にいよう」
そ…っと、アンジェリークの耳元に囁いた――。
end.
《あとがき》
チャーリーさん創作の第一作目ですが、こんな感じでいいんでしょうか?
最後の彼のセリフはあれですね、『永遠のヴァカンス』の『夢か?うつつか?』の歌詞から来てますね(笑)
もうドキドキしちゃいました、本当に;
実はこの話は私が見た夢が元になってます。
でもってチャーリーが見たあの夢は正夢になっちゃって、トロワの続編かと思うようなシリアスな展開になるんですけど、
カットしてアレンジしちゃいました。
でも何か…これでも続きがありそうですね(笑) がっ、お子様な私にはちょっと抵抗というか…。
何とかここまで書くのがやっとでした(///) チャーリーさんってやっぱり大人なので難しいです〜;
written by 羽柴水帆
