ここに辿り着くまでに、どれほどの時が流れただろう。
            天使は、どれほどの涙を流しただろう。
         ――それでも、遙かなる運命は終わらない――。





             運命の嵐、世界の果て





 その朝は、いつもと変わらない、毎週訪れる日の曜日の朝だった。
 未来の新宇宙から、時空を越えて来た浮遊大陸・アルカディア。
 そこに封印されたエルダという存在を解き放つため、大地の育成を続けている新宇宙創生の女王――・コレット。
 栗色の髪と碧海の瞳を持つ彼女は、休日と定められたこの日に、いつも通っている場所――約束の地へと向かっていた。
 たくさんの時と運命を越え、ようやく解り合えた、紫銀の髪の青年と会うためである。
(アリオス、きっともう待ってるわよね)
 少女の足が、鼓動と共に自然と速くなる。
 彼に早く会いたいという気持ちが、彼女の中にあふれていた。
 ――――!?
 もうすぐで約束の地へ着く、という森の中で。
 ふいには立ち止まり、碧海の双眸を空へ向ける。
 今までアルカディアへ降りそそいでいた陽射しは、いつの間にか雲に遮られ、穏やかにそよいでいた風は、いつの間にか止んでいた。
(……なに……?)
 風の音も、鳥の声もしない。
 アルカディアという大陸の息吹さえ、感じられない。
 というより、皆、動きをひそめてしまったようなのだ。
(いつものアルカディアじゃないみたい……一体……!?)
 その原因は、突如として、に襲いかかる。
 彼女の後ろに、黒い突風が現れた。
「きゃっ……!?」
 振り向こうとしたは、その正体も判らぬまま、黒き突風の中に呑み込まれてしまう――。



「――っ!?」
 約束の地の中央にそびえる木立の下で、ひとりの少女を待っていた紫銀の髪の青年は、ハッとして顔を上げる。
(今の感じは……)
 正確には判らないが、常人なら入ることはない世界に、誰かが無理矢理連れ込まれたような気配を感じ取った。
 そして、それは――。
(まさか……!?)
 最悪の事態を頭に巡らせて、アリオスは舌打ちすると共に、約束の地を駈け出した。


 走りながら、アリオスは『そこ』へ入り込むことに成功する。
 ――何かを思い悩む者が、時折迷い込んだりする場所だ。
 精神的な闇の世界、という言葉が当てはまるのかもしれない。
 気がつくとアリオスは、今し方まで着ていた服装ではなくなっていた。
 甲冑とマントと、腰には剣――新宇宙に転生した後、『黒い力』によって強引に覚醒めさせられた刻と同じ格好だ。
「……ご丁寧なこった」
 独り言のようにつぶやくと、アリオスは周囲を見回しながら歩き始めた。
 ここに連れてこられた者と、連れてきた者が居るはずだ。
 連れてこられた者――それが、栗色の髪の少女だったような気がして、アリオスはここまで追ってきた。
「――アリオス!!」
 その声が聴こえて、アリオスは振り返る。
 ――彼の感じ取った気配も予感も、間違ってはいなかった。
 紫暗の闇の中に浮かぶ、六角柱の水晶。
 その水晶の中に、が閉じ込められてしまっているのだ。
!!」
 天使を意味する彼女の名を叫んで、アリオスは駆け寄ろうとする。
 しかし、彼の長い足の下に、突然稲妻のような光が飛来した。
「っ!? 誰だ!?」
 間一髪でその光を避けて、アリオスは飛来してきた方向へ金と緑の双眸を向ける。
 彼と、そしてが見上げたそこに浮遊していたのは――。
「おっ……お前は……ッ!?」
 アリオスは、自身の双眸に映った人影に愕然とする。
「そんな……レ……レヴィアス……!?」
 の震える声が、彼の名を紡いだ。
 ――アリオスと同じ、金と緑の瞳を持つ青年。
 けれど、アリオスと違う漆黒の髪を持ったその青年は――別の宇宙からの侵略者『皇帝』だった。
「何の真似だ? 今頃出てきやがって。さっさとを返せよ」
 アリオスはあくまで心情を抑えて、レヴィアスに言った。
 彼とは――『過去』とはもう決別したはずの今になって、こんなことになろうとは思わなかった。
 正直なところ、わけが解らない。
 だが、を巻き込んだことは、許せないことだった。
「――愚か者が。それでお前に架せられたすべての運命を、終わらせたつもりか。すべてのしがらみから逃げ切ったつもりか」
 アリオスと同じ声が、冷淡に突き刺さる。
 翳された手から、黒い稲妻のような衝撃が降りそそいだ。
 アリオスは長い剣を鞘から抜き、それを断ち切るように弾く。
「当たり前だろうが。俺はあの刻、皇帝としての自分がそいつや、そいつの仲間達と生きる道なんか選べやしなかった」
 レヴィアスを見据えながら、アリオスは『そいつ』の部分でを見やった。
「俺はあいつらと戦い、負けた。だから皇帝としての自分を終わらせることで、皇帝としての自分を貫いた。――お前はもう、終わった存在なんだよ!」
 アリオスは剣を振り下ろし、レヴィアスに向かって剣圧の攻撃を放った。
「フン、明らかな逃避だな。皇帝としての自分を終わらせたからと言って、それですべてが終わり、許されたとでも思ったか? どれほどの血に手を染めてきた?」
 レヴィアスはあっさりとアリオスの攻撃を避けると、剣を抜き、マントを翻して飛来し、アリオスに向かって振り下ろす。
 襲いかかってきた剣を、アリオスは自身の剣で受け止めた。
 刃の鬩ぎ合う音が響く。
 一旦離れては、再びぶつかる、レヴィアスとアリオスの剣。
 それは幾度となく繰り返された。
 が悲しげに見守るしかない中、アリオスは周囲の四方八方から稲妻を浴びせられた。
「くっ……あぁっ!!」
 アリオスはその場から飛び退き、何度も身を反転させながら避けていくが――その先にも容赦なく降りそそいだ衝撃が、アリオスの全身を捕らえた。
「アリオスッ!!」
 最後の稲妻の直撃を受けてしまった彼の名を、が叫ぶ。
 碧海の双眸に、涙が浮かび始めた。
「……だからこそだってんだよ」
 打ち付けられて、力無く倒れ込んだ身体を起こす。
「俺がしてきたことは、『死』というもので逃げていい問題じゃねぇ。償いってやつは、生きてなきゃ出来ない。だがお前のままじゃ、また同じことの繰り返しになる……だから俺は、こうして転生したんだと思う」
 傷の付いた顔の口元を軽く拭うようにして、アリオスは強い意志を映した金と緑の瞳をレヴィアスに向けた。
「往生際の悪い……!!」
 アリオスは、未だ自分――レヴィアスの存在を認めようとしない。
 あくまで、もう決別したものだと言う。
 アリオスの言葉は、彼にとって所詮綺麗ごとに過ぎない。
 レヴィアスの怒りが更に募り上がった。
「償うために転生しただと? そのような世迷い言が通じるか!!」
 狂気に歪んだレヴィアスが、黒き稲妻を降らせようと手を翳す。
 アリオスは舌打ちをして、何とか動きの悪くなった身体を反転させようとした。
「やめて! 違うわ!」
 水晶の檻の中で、の碧海の瞳から、透明の雫が散る。

「アリオスは辛い運命を乗り越えたの! 今までたくさん苦しんできた……! だから、今度こそ幸せになるために生まれてきたのよ!」

 悲痛な声と共に、少女の身体から白い光が放たれる。
 光はやがて白き翼となり、水晶の檻を砕け散らせた。
 まさに天使となった栗色の髪の少女は、光を纏ったまま、アリオスの前まで羽ばたいて両手を広げた。
 その気高き姿に、レヴィアスは動きを止める。
 しかしそれも一瞬のことで、躊躇の無くなったレヴィアスは黒き衝撃を降らせた。
ッ!!」
 顔色を変えたアリオスの叫びが飛ぶ。
 けれど、レヴィアスの攻撃がを襲うことはなかった。
 新宇宙の女王である少女の身体から放たれる光は、それすらも消し去ってしまったのである。
 双眸を見開いていたアリオスは、「ったく…」と力が抜けるのを感じて、小さく笑った。
 驚いているレヴィアスを見やって、アリオスは口を開く。
「俺は、こいつを……を傷つけ、苦しめ、悲しませた。だからまず、こいつのためになることを……こいつの、手助けをしてやりたい」
 の力と、アリオスの言葉に、レヴィアスは攻撃を止めた。
「……だが、我はこうしてここに存在する」
 レヴィアスは独語のように言葉を紡ぐ。
 ――皇帝としての自分が存在するのは、未だアリオスがそれの運命を終えていないからだと、そう思った。
 しかし当のアリオスが、それを受け入れない。
 レヴィアスは自分の存在意義が判らなくなった。
「そして、これはどう説明するのだ?」
 レヴィアスが手を翳し、アリオスの前に現れたのは、と瓜二つの顔立ちをした女性――エリスだった。
「新宇宙の女王を想っているということは、この娘への――エリスへの想いはどうなったと言うのだ」
 アリオスは、静かな微笑みをたたえたエリスの虚像を見て、彼らしい笑みを浮かべる。
「……それで、全部の説明がつくぜ」
 一つ深い呼吸をして、アリオスの声が言葉を乗せていく。

「エリスへの想いは本物だった。だから、お前が居るんだろうよ」

 その言葉に一番驚いたのは――きっと、レヴィアスだっただろう。
「お前がそうして残ってるのは、俺がお前だった刻、エリスへの本気の想いが在ったからってことなんだろう。だが、もう俺とお前は別の存在だ。お前と決別した俺は……」
 そこで一旦言葉を区切ったアリオスは、栗色の髪の少女へ視線を向けた。

「何もかもが絶望の闇に閉ざされていた、虚しいだけだった世界で、俺に光をくれた……何もかもが愛しく思える、こいつに――に、逢えた」

 アリオスの、心からの想い。
 傷だらけの顔の笑みも、金と緑の瞳も、驚くほど優しかった。
「アリオス……!」
 彼にとって最後の、救いの天使となった少女――は、泣きそうな表情になって、両手を口元に当てる。
 アリオスは彼女らしい反応に、軽く笑って応えた。
「……これで、いい加減わかっただろう?」
 レヴィアスの方に視線を戻すと、今度はアリオスが手を翳す。
 すると、アリオスの前に浮かんでいたエリスの虚像が、レヴィアスの元へふわりと舞い降りる。
「…………そうか……――――」
 黒き髪の青年は、金と緑の瞳を閉じる。
 青い服に身を包んだ、とよく似た顔立ちの女性――エリスごと、自身を覆い隠すように、マントを広げた。
 同時にまた黒い風が吹き荒れる。
 それは竜巻か嵐のように激しいものだったが、現れた刻に比べたら、まだ勢いが凪いでいたようだった。
 ――アリオスとの前から、黒い風が消える。
 まるで霧のように、虚空へと溶けていった。
「アリオス!」
 暫しその虚空を見つめていたは、我に返ったように、アリオスの元へふわりと舞い降りた。
 白き翼が、光の粒となって消えていく。
 座り込んでいたアリオスは、大きな吐息を零して、膝を抱えるようにして俯く。
「アリオス、大丈夫……!?」
 は心配そうに問いかけた。
「……ったく、お前って奴は、普段ぼけっとしてるくせに、変なところでしぶといよな」
 だが彼から返ってきたのは、いつもの声色での、そんな言葉だった。
 は「し、しぶといって…!?」と、瞳を瞬きさせる。
「普通、捕まった女ってのは、男が助けに来るのをおとなしく待ってるもんだろうが? せっかく俺が助けに来てやったってのに、捕まってたところを自力で突破してくるは、あいつの攻撃も弾いちまうは、ったく、見事なもんだったぜ」
 半ば呆れたような台詞だが、その口調は楽しげだった。
 表情にも彼らしい笑みが浮かんでいる。
「だ、だって、私も夢中で……! あれ以上、アリオスが傷つけられるのを見てるなんて、耐えられなかったんだもの……私、本気で……心配したんだから……」
 も、彼が本当に呆れているわけではないことは解っていた。
 けれど、アリオスが攻撃されていたあの刻の思いがよみがえってしまって、再び碧海の双眸が潤み始める。
 両手で顔を覆ったを、アリオスは腕の中に引き寄せ、閉じ込めた。
「……解ってる。悪い、
 彼にしては素直に、謝った。
「ううん、いいの。こうしてちゃんと、どこにも行かないで……帰って来てくれたから」
 は小さく首を横に振り、アリオスの胸に頬を寄せて、しがみつく。
 もしもあのままレヴィアスにやられてしまっていたら、ひょっとしたらの元に二度と戻れなくなっていたかもしれない。
 しかし、彼はちゃんとのそばに居ることを選んでくれた。
 その事実も、そして、彼の確かな想いも、にとってこれ以上ないほど、嬉しいものだった。
 そうして――アリオスは、ちゃんとここに居る。
 抱きしめられたその温もりが、何よりの証。
 は心地よさそうに、アリオスの胸に顔を埋めた。
「……おかげ様で。新宇宙の女王陛下のお力あっての、我が身ゆえ」
「なに言ってるの、アリオスったら……」
 少しおどけたアリオスの言葉に、がくすっと笑う。
 ようやく上がった顔、その微笑み。
 アリオスはの頬に手を添える。
(え……アリオス…?)
 彼と見つめ合うの瞳が、もう一度揺れた刻。
 ふたりの唇が、重なり合った。
「――本当のことだろ?」
 やがて離れたアリオスの唇から、零れた言葉。
「アリオス……」
 ただでさえ潤んでいたの碧海の瞳から、涙があふれ出す。
 心が温かな嬉しさに震えた。
「……帰ろうぜ、
 の涙がおさまるまで、抱きしめて待ってやっていたアリオスが言う。
「うん、帰ろう。アルカディアに」
 瞳に残った雫を拭って、は笑顔を浮かべた。
 紫銀の髪の青年と、栗色の髪の少女は、かの地へと帰る。
 青年はしっかりと少女を抱きしめて、その世界から姿を消した。



 ――過酷な運命を生き抜いた青年に、再び訪れた嵐は去った。
 絶望しか見出せなかった世界の果てに、彼が見つけたものは――光。
 何もかもが愛しく思える、白き翼の天使。
 まったく新しい未来に満ちた、希望のかけらだった。




                end.




 《あとがき》
  水帆:アリオス創作第三作目にして、時空界1周年記念創作でございます!
      コレットちゃんの方はアリオスにしました。いかがでしたでしょうか?
アリオス:いかがでしたでしょうか? じゃ、ねぇだろ!
  水帆:は、はい? 何かお怒りのご様子で……?;
アリオス:何で今頃になってあいつ(レヴィアス)が出て来るんだよ!?
      タイトルだって何なんだ? 『ウテナ』かよ?
      しかもまたを泣かしやがって! 納得のいく説明しやがれ。
  水帆:と言われましても……タイトルはともかく; 内容は夢で見たんです。
アリオス:……お前、本当のこと言った方が身のためだぞ。
  水帆:いえ、嘘じゃありませんって! あの、ツインコレクション5巻でアリオスのミュージッククリップに、
      レヴィアスが出てきたでしょ? 多分、あれが影響したんだと思うんです;
アリオス:……で?
  水帆:で、アリオスの歌『Stay―明日なき世界で―』を聴いててカッコイイなぁと思って、
      書きたいなぁと思って…; そしたらこんなのが出来ました!(笑)
アリオス:……てめぇ(怒)
  水帆:(やばっ!;)でね、1周年として、リモージュちゃんのお話ではお相手をクラヴィス様にしたんだけど、
      コレットちゃんの場合のお相手は、やっぱりアリオスだよなぁと思ったんです!;
アリオス:……。
  水帆:タイトルに『世界の果て』を入れたのも、別にウテナを真似したわけではないのですが、
      レヴィアスやアリオスの世界を、本当の意味で『革命』してあげてほしいなぁという思いが
      あったりもします; それから、アリオスとコレットちゃんの絆が、より深くなってほしいなぁと
      思いながら書きました! 以上です!!
アリオス:……どの辺が納得のいく説明なのか、さっぱり解らんが……仕方ねぇな。
  水帆:ほっ。
アリオス:だが、を泣かしたことは許せねぇ(睨) 今度はもう少しまともな話でも書け。わかったか?
  水帆:は、はぅ〜。あいあいさーです〜(TT)
アリオス:せっかくの1周年記念に、こんなもんですまねぇな、
      こいつの書くもんはせいぜいこんな程度だが、これからも来てやってくれよ。
  水帆:読んで下さって、ありがとうございました。これからもよろしくお願い致します〜(><;)

                                      written by 羽柴水帆



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