アクアマリン‐碧い花‐





 アルカディアで一番、緑があふれた場所。
 流れゆく白い雲を見上げるのに、最高の場所。
「アリオスー!」
 約束の地と呼ばれるそこに、栗色の髪の少女が駆けてくる。
 一面の花畑の中心に立つ樹の下で、待っている青年の元に。
「…やっぱり来やがったな」
 紫銀の髪の青年――アリオスは、ニッと笑ってこちらを振り向いた。
 いつもこんな風に、言葉が乱暴な彼。
 けれど悪気があるわけでなく、本当は喜んでくれているんだということが――素直でないだけだと解っているアンジェリークは、特に怒らなかった。
「お前、いつも走ってくるよな」
 普段おっとりとしている彼女だが、いつもここに来てアリオスを見つけた途端、一目散に走って来る。
 ふと疑問に思って、「何をそんなに急ぐ必要があるんだ?」と訊いてみた。
「だって、アリオスに早く会いたかったんだもの」
 何の汚れも無い、無垢な微笑みで答えるアンジェリーク。
 アリオスは、「なっ…」と一瞬、呆気にとられたように言葉を失う。
「お前なぁ……よくもまぁそんな臆面もなく言えたもんだ」
 まるで頭痛にでも襲われているかのように、アリオスは顔を片手で覆った。
「だ、だって……本当だもん……。アリオス…迷惑だった?」
 少ししゅんとして、アンジェリークは不安げに顔を俯かせる。
「そうじゃねぇよ、勘違いすんなって」
 と、アンジェリークの頭をもう片方の手で軽くぽん、とたたいたアリオスは、必死に笑いを堪えているような状況だった。
「褒めたんだぜ、一応」
「ほ、ほんと?」
「ああ。まったく大した奴だよ、お前は」
 笑う刻にも、前髪をかきあげるくせ。
 彼のその仕草を見ることが出来たアンジェリークは、ほっと安堵の息をついた。
「それに、迷惑じゃねぇよ。むしろその逆」
「え? それって、喜んでくれてるってこと?」
「まぁな。俺を見つけた途端に走ってくるお前って、結構可愛いぜ」
「ほ…ほんと?」
 彼に可愛いなんて言われたのは、初めてだったから。
 アンジェリークの頬が、ぽっと淡く染まる。
「ああ。まるで子犬みたいで笑える」
「あ…アリオスっ!?」
 しかし続けて言われた言葉に、「笑えるって、何よ…!」と言い返す。
 アリオスは変わらず構わず、楽しそうに笑い声を上げた。



「あ、見て、アリオス! あのお花すごく綺麗…!」
「そうだな」
「あ、鳥の巣があるわ! わぁ、ちっちゃいヒナ…可愛い…!」
「よかったな」
 この地の自然を楽しみ、無邪気に喜ぶアンジェリークに、アリオスは、「はいはい」というように簡単な答えを返していた。
「大分機嫌が直ったようだな」
 ことあるごとにからかわれ、さすがに機嫌を損ねていたアンジェリーク。
 だが、暖かい陽射しと緑に包まれたこの地を歩いている内に、怒っていた気持ちはどこかへ行ってしまったようだ。
「うん、もう怒ってないわよ」
「単純で助かるぜ」
「アリオス!」
 まったく悪びれていないアリオスに、アンジェリークは「もう…!」とそっぽを向く。
 しかしその表情は、怒りではなく、困惑だった。

 ――本当は、自分のそんな反応が、彼を楽しませてあげられているなら。
 彼を癒やしてあげられていれば、いいのだけれど。

 でも、アリオスの憎まれ口は多すぎる。
 一向に振り向かないアンジェリークに、アリオスは「やれやれ」というような顔をして。
「おい、アンジェ。見てみろよ」
 ふと見つけたものを指して、呼びかけた。
 アンジェリークは一応「え?」と、振り向いてみる。
 すると、アリオスの指した先に在ったのは――。

 小さく可憐に咲いている、勿忘草だった。

「あ、勿忘草……!」
 アリオスの憎まれ口も忘れて、瞬時に彼のそばに駆け寄ってしゃがむ。
「綺麗ね、とっても」
 素直な言葉を紡ぐアンジェリークの横で、アリオスは暫し、花を見つめる。
「……勿忘草ってやつは、こうして見てると宝石みたいだな」
「宝石…?」
「派手じゃねぇけど、存在感があるっていうか……」
 再び碧の双眸に勿忘草を映してみると、不思議と本当にある宝石に見えてきた。
「……アクアマリンみたいね」
 アンジェリークが思い浮かべた宝石は――アクアマリン。
 碧い海の色を封じ込めた石。
「アクアマリン…か。そうだな。淡いブルーの色が似てる」
 以外とも思えるほど、アリオスは素直に頷く。
「そういえばアクアマリンって、お前にぴったりの石だよな」
 と、アンジェリークの方に金と緑の視線を向けた。
「え? そ、そう?」
「ああ。確か宝石言葉が『勇敢』だったはずだ。ま、お前の場合は『狂暴』かもしれないけどな」
「あっ、アリオス…〜〜っ!?」
 アンジェリークは「もう、また…!」というように再びそっぽを向く。
「冗談だって、怒るなよ」
 アリオスはアンジェリークの顔を両手で包んで、自身の方を振り向かせた。
「それにほら、お前の瞳と同じ色だろ?」
「え…? あ……」
 少し強引に振り向かされたアンジェリークは頬を朱に染め、アクアマリンと同じ色の、碧の瞳を揺らす。
 少しずつ早くなる鼓動を感じ取る。
 そんな素直な反応を示すアンジェリークを見たアリオスは、得意の不敵な笑みを浮かべた。
 アンジェリークはどうしたらいいか解らなくなって、紅く染まった顔を俯かせる。
 アリオスの両手は、彼女の肩に移動した。

 すると――地面の碧い勿忘草達が、再びアンジェリークの双眸に映る。

「……ねぇ、アリオス」
「何だ?」
 俯いたまま、アンジェリークはアリオスの腕に、きゅっと掴まって。
 ゆっくりと顔を上げて、アリオスの金と緑の瞳を見つめた。
 アクアマリンのような彼女の瞳が、微かに潤み始める。
 数瞬の間、アリオスは真顔で見つめ返す。
「……『もう私を忘れないで』…とでも言いてぇんだろ?」
 しかし次の瞬間には、いつもの笑みに戻った。
「ど、どうしてわかったの?」
 心底驚いて、瞬きするアンジェリーク。
「お前の考えそーなことぐらい、わかるってんだよ。『単純』だからな」
 また、からかうような言葉と表情。
「アリオス……! アリオスっ…!!」
 けれど、今度はアンジェリークが怒ってそっぽを向くことは無かった。
 泣きそうだけど微笑んで、アリオスの胸にしがみつく。
「単純でもいい。何て言われてもいい。アリオスと一緒に居られるなら、アリオスのそばに居られるなら、それでいい…!」
 涙ぐみながらしがみついてくるアンジェリークに、アリオスは驚いているのか、「お前…」と呟く。
「もう、忘れないで…。居なくならないでね……アリオス…!」
 アリオスは、今にも泣きそうなアンジェリークの両肩に手を添えたまま――「クッ…」と笑みを零した。
「何ガキみてぇなこと言ってんだよ。――当たり前だろ」
 けれど最後の部分は真剣さを帯びていて、アンジェリークは「え?」と顔を上げる。
 すると――驚くほど優しいキスが、唇に舞い降りた。
「…もう俺はお前を忘れない。どこへも行かない。お前のそばに居る。それが、『約束』だろう?」
「アリオス…」
 心の中に暖かい想いがあふれ出して、視界がぼんやりと霞み始める。
「これ守らねぇと、恨まれそうで怖いしな」
「…もう…!」
 言葉はまた憎まれ口に戻っていても。
 楽しそうに笑いながら、アリオスはアンジェリークを力一杯に抱きしめる。
 アリオスの強く深い『想い』に包まれたアンジェリークも、ぎゅぅっと強く抱きしめ返した。
 ――もう二度と、離れたくない人――。


 ――――風が吹いて。
 草が、樹々の枝葉が、花が揺れる。
 大切そうに互いを抱きしめ合う、紫銀の髪の青年と、栗色の髪の少女の足元で。
 ふたりを見守るように、小さく咲く勿忘草も。
 ただ、碧く、静かに揺れた――――。




                       end.




 《あとがき》
  水帆:アリオス創作第二作目です! この間がアリオスの誕生日だったと思い出して慌てて書き上げました(笑)
アリオス:いい度胸してるじゃねぇか(冷笑)
  水帆:あっ、アリオス先生! お誕生日おめでとうございます〜っ!!
アリオス:アホか。何日前の話だと思ってやがる。
  水帆:ご、ごめんなさい; 実は色々とありまして…;
アリオス:単に忘れてただけじゃねぇか。
  水帆:いえ、一週間前ぐらいまでは覚えてたんですよ!
アリオス:同じことだってんだよ。
  水帆:そ、そうですね;; まことに申し訳ございませんでした(><;)
アリオス:フン。まぁ今回はアンジェを泣かさなかったから、それに免じてやろう。
  水帆:あ、よかった(笑)
アリオス:泣く一歩手前までは行ってたみてぇだけどな(睨)
  水帆:そりゃアリオスのせいでしょ(¬¬)
アリオス:書いたのはお前だろうが。
  水帆:はい、まぁ。えっと、今回のお話はトロワでアリオスと約束の地をデート中、「アクアマリンってお前にぴったりだよな」と
      言われたのが嬉しくて書いたものですv アクアマリンって、水帆の誕生石でもあるんですよv
アリオス:訊いてねぇよ。
  水帆:す、すみません; あ、そういえば私の知ってるアクアマリンの宝石言葉って『知恵、知識、聡明』なんですけど?
アリオス:なるほど。お前に足りねぇもんばっかだな。
  水帆:は、はぁ…;(間違っちゃいませんが) そういえば今回の執筆には、アリオスの新曲を聴いてました♪
      前のもだけど、今回のもカッコイイですね〜v
アリオス:今更おだてても遅すぎだぜ。何も出ねぇぞ。
  水帆:いや〜、超カッコイイですよv さすが成田さんですvv
アリオス:………お前、ほんっといい度胸してるよな(そっちかよ/怒)
  水帆:と、平行線を保ちつつ(笑) 長々とすみません; 読んで下さってありがとうございました〜v(逃っ)

                                                              written by 羽柴水帆